第四十二話 詩恩くん、自身の無力さを知る
雪片先輩と昇降口で別れ、下駄箱で靴を履き替える。いつもなら桔梗ちゃんと並び仲良く履き替えるのだけど、今日は一人なので新鮮さと寂しさを感じた。
(そういえば学校ではほとんどの時間、桔梗ちゃんと行動を共にしていましたね)
最近では明日太や他の男子とも絡むようになり多少時間は減ったものの、それでも学校にいる時間の内の九割は桔梗ちゃんと一緒だった。廊下を歩く早さも、いつもは桔梗ちゃんの歩幅に合わせているため、自分で思ってたよりも早く教室に着いてしまった。
(さてと、今日の日直はどなたでしたっけ?)
先週はクラス委員の二人がしていたけど、今週からは出席番号順で交代となっている。ちなみに僕と桔梗ちゃんの出席番号は一緒で、クラスの人数もちょうど男女半々なため、日直も一緒だったりする。教室のドアを開けると、岡添さんが花の水替えを、江波くんは窓拭きをしていた。
「おはようございます」
「お、おう。一人なのか?」
「桜庭さん、おはよう。桔梗ちゃんは?」
二人とも日直でもないのに早く来た僕を見てキョトンとした顔をして、隣に桔梗ちゃんがいないことを不思議に感じた様子だった。
「事情があって今日は別々で登校してます。せっかくですし、お手伝いしますよ」
「助かる」
「倦怠期?」
「違いますから」
どうしてうちのクラスの女性陣は僕と桔梗ちゃんの関係を夫婦に例えたがるのか。まるで母さんが何人にも増えたように思えてきて、ちょっとだけうんざりしながら日直の仕事を手伝った。終わったあとは特にすることも無いので、教科書とノートを開いて自習していた。
「珍しいね、桜庭くんが一人だなんて。桔梗ちゃんはお休み?」
「いえ、来ると思いますよ。今日はちょっと別行動なんです」
次々と教室へとやって来るクラスメート達が、一人でいる僕を見て驚き、二言目には桔梗ちゃんの所在を訪ねてくる。
(僕と桔梗ちゃん、大体セットでいるのが当たり前と、皆さんから思われているわけですね)
今のところ来た人間全員から聞かれたので間違いない。そうして遅刻ギリギリの時間になってようやく桔梗ちゃんが来たのだけど、見てわかるレベルに顔が赤く、動きもぎこちない。手足を同時に出し一歩ずつゆっくりと自分の席へと歩き、椅子に座った。
「桔梗ちゃん、おはようございます」
「はぅぅ!! おおおおおおはようございますすす!!」
僕に声をかけられた桔梗ちゃんはビックリして飛び上がり、震えながら挨拶を返した。うん、もう様子がおかしいのは誰が見てもわかるよね。よく見ると目の下に隈が出来ているので、寝られていないのかもしれない。
「体調は大丈夫だと鈴蘭さんから聞きましたけど、熱あるんじゃないですか?」
「いいいいえっ! いつも通り私は元気です!!」
「そう見えないから言ってるんです。ちょっとじっとしててください」
「は、はぅ」
桔梗ちゃんの熱を測ろうと考え彼女へと手を伸ばすが、肌に触れるギリギリのところでチャイムが鳴り、天野先生が教室へと入ってきた。
「皆さんおはよう――あの、桜庭さんに佐藤さん、どうされたんですか?」
「いえ、なんでもないです」
「そうですか。それはそうと佐藤さん、顔色赤いですけどもしかして体調不良ですか?」
「いえ、全然大丈夫ですから!」
やはり天野先生が見てもそう見えるようだった。桔梗ちゃんは否定しているけど、どうみても大丈夫じゃない。
「うーん......鈴菜ちゃん。悪いですけど佐藤さんを保健室に連れて行ってあげてください」
天野先生もそう考えたのか、御影さんに桔梗ちゃんを保健室に連れて行くよう指示していた。
「それなら隣の席ですし、僕が」
「こういうのは女の子同士がいいんですよ。構いませんよね、鈴菜ちゃん?」
「いいよ。さ、行こうか桔梗ちゃん」
「はぅぅ~」
女子同士の方がいいと言われた僕は引き下がり、それを確認した御影さんが桔梗ちゃんを連れ教室から出て行く。それからは天野先生から連絡事項を告げられたので、あとで二人に伝えるためメモを取った。そして御影さんが戻ってきたのは、一限目が始まるちょっと前だった。
「御影さん、桔梗ちゃんは大丈夫でした?」
「心配ないよ。寝不足と、あと微熱気味だから保健室で休んで貰うことになったよ」
「やっぱりそうでしたか。鈴蘭さんには報告しました?」
「来る途中にしてきたよ。携帯ってこういうとき便利だよね」
そう言いつつ携帯を取り出し、鈴蘭さんとのメッセージのやり取りを僕に見せてきた。それを読むと鈴蘭さんのクラスは一限目は体育で二限目が移動教室のため、御影さんに桔梗ちゃんのことを頼んだことがわかった。
「一応休み時間ごとに様子を見に行くつもりだけど、桜庭くんは来たら駄目だよ?」
「どうしてですか?」
「ごめん、理由は言えないけどそれが桔梗ちゃんのためだから」
「......わかりました。桔梗ちゃんに無理しないでと伝えておいてください」
「了解だよ」
桔梗ちゃんのためだと言われると、無理は言えなかった。僕に出来ることは桔梗ちゃんが休んでいる間のノートを取っておくくらいだ。自分の無力さに歯がみしながら、僕は授業に臨むのだった。
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