第四十一話 詩恩くん、雪片くんと打ち合わせする
雪片先輩の誕生日会の翌日。外から聞こえる鳥の声でいつもより早い時間に目が覚めた。二度寝するのもどうかと思う時間なので素直に蒲団から出て身支度をした。早起きのおかげで時間があまりボンヤリしていると、雪片先輩が訪ねてきた。登校するには少しばかり早すぎるので、何か別の用事があるようだ。
「雪片先輩、何かご用ですか?」
「ああ。昨日のことで言い忘れていたことがあってな」
「言い忘れですか?」
昨日の夜、雪片先輩と一緒に、五月一日にある鈴蘭さんの誕生会についての打ち合わせを行った。その件で伝え忘れていたことがあるらしいけど、それを鈴蘭さんの目の前で話すわけにもいかず、こうして早くから来たとのことだ。
「ああ。実は鈴蘭の誕生日と一緒に、彩芽さんの誕生日も合同で祝って、五月五日当日は何もしないということを言い忘れていた」
「そうなんですか?」
彩芽さんの誕生日が鈴蘭さんの誕生日と近いことは聞いていたが、僕としては別々に祝うつもりだったので、雪片先輩からそう言われ素直に驚いた。
「ああ。それで彩芽さんの誕生日プレゼントは必要ないから、用意するのは鈴蘭の分だけでいいと、彩芽さん本人からそう聞いた」
「僕としてはありがたいですけど、何も用意しないのもちょっと」
正直にいうと、金銭的に厳しいのでそう言っていただけるのはありがたい。だからといって彩芽さんの言葉に甘え、何もしないというのも憚られる。
「そこは気にしなくていい。代わりにその日一日は、彩芽さんと楓さんに家のことを考えさせないようにする。つまり二人水入らずでデートして貰うのが、俺達一同からのプレゼントだ」
しかし、雪片先輩から言われた、夫婦水入らずで一日過ごして貰うための時間を贈るという意見で、僕の悩みは吹き飛んだ。何も形のあるものを贈るだけがプレゼントではないのだと気付かされ、僕は感銘を受けた。
「雪片先輩、それすごくいいと思います!」
「だろう? 両親のいない俺でも、こういうのが親孝行だって感じるぞ」
「そうですね」
僕も次の両親の誕生日には家のことを一人で受け持ち、二人きりで出かけて貰おうか。父さんは冬休み、母さんは夏休みの期間中に誕生日があるからちょうどいい。
「ですけど、そうなると僕達で佐藤家の留守を預かることになるんですよね?」
「ああ、それと彩芽さん達への日々の感謝を表すべく、隅々まで家の掃除をするつもりだが、協力してくれるか?」
「もちろん、微力ながらお手伝いします」
僕だって桔梗ちゃんをはじめとした佐藤家の人々にはお世話になっているのだ。恩返しする機会があるのならそうしたい。
「ああ。お前ならそう言ってくれると思ってた。話は以上だ。少し早い時間だが、アイツらを迎えに行くぞ」
「ですね」
二人で佐藤家に向かい、呼び鈴を鳴らすと、困り顔の鈴蘭さんが一人玄関から出てきた。いつもなら桔梗ちゃんも一緒に出て来るのだけど、どうしたのだろうか。
「あー、その、わざわざ来てくれたのに申し訳ないけど、今日は雪片くんと詩恩さんの二人で登校してくれないかな?」
「それは構わないが、桔梗は?」
「もしかして桔梗ちゃんの調子が悪いとかですか?」
「ちょっとね。でも体調は大丈夫だから心配しないで」
頬を掻きながら苦笑いをする鈴蘭さん。桔梗ちゃんに何かあったみたいだけど、姉である鈴蘭さんの様子や体調不良じゃないと断言したことから、差し迫った状況でもなさそうだ。
「わかりました。でしたら桔梗ちゃんに、駄目そうなら休んでくださいと伝えておいてください」
「うん。でも多分学校には行けると思うよ。でももし桔梗ちゃんが行けなさそうなら、詩恩さんにメッセージ送るから」
「了解です。雪片先輩、行きましょうか」
「ああ」
心配ではあったけど、いつまでも玄関で話していると鈴蘭さんにも迷惑がかかるので、僕は雪片先輩と一緒に学校へと向かった。
「桔梗ちゃん、本当に大丈夫でしょうか?」
「さあな。アイツはお前と同じかそれ以上に体弱いから、疲れが溜まってたりしたんじゃないか?」
「それ、どう考えても僕のせいですよね?」
家の家事手伝いに加え、僕のご飯を用意したり二日に一度僕に弁当を作ったりと、一般的な高校生女子と比べたら負担が大きいだろう。やはり桔梗ちゃんの好きにさせず断るべきだったかと考えていると、雪片先輩から否定の言葉が出てきた。
「いいや、お前が責任を感じることじゃない。鈴蘭がいつか言ってたことだが『作りに来るのは好きでしてることだから、断られた方がショックを受けるんだよ』だとさ」
「それは、鈴蘭さんと雪片先輩が恋人同士だからで」
「生憎だが、これは付き合うよりずっと前に言われたことだ。だから桔梗だって同じで本人が好きでやってるんだ。今回桔梗に何があったのか、その原因がハッキリしない以上、安易に断ろうとか考えるな」
「わかり、ました」
「わかればいい。この話は終わりにして、せっかくだ、アイツの誕生日の打ち合わせでもするか」
そうして、学校に着くまでの間ずっと雪片先輩と打ち合わせしながら歩いたのだった。
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