第四十話 桔梗ちゃん、鈴蘭ちゃんと後片付けする
桔梗視点です。
本日開催された雪片お兄ちゃんのお誕生日会ですが、雪片お兄ちゃんはとても感動していたので、大成功を収めたと言っていいでしょう。そして今、私は鈴蘭お姉ちゃんと一緒にお片付けをしていました。
「飾り付けに使ったものは、わたしやとと様のお誕生日でも使うから、出来るだけ捨てずに取っておこう」
「そうですね。袋に入れてあとで倉庫に持って行きましょう」
もったいないというのもありますけど、鈴蘭お姉ちゃんとパパのお誕生日が五月の初めと近いですから、捨てずに取っておけば準備が早く出来るという理由もあったりします。
「こういう輪っかとか紙のお花はまとめて袋に入れてもいいけど、横断幕はどうしよう?」
「折れたりしたらあれですし、これだけで包みましょう」
「うん。それにしても、これすごい出来だよね」
「はい。しーちゃんの習字を見るのは私も初めてですけど、圧倒されますよね」
鈴蘭お姉ちゃんと二人で、しーちゃんが作ってくださった横断幕を眺めます。シンプルな作りの横断幕ですが、書かれてある文字が非常に綺麗かつ迫力があるため、とても華やかな印象を受けました。お誕生会で雪片お兄ちゃんが言及していたように、書道部の作品に並んでいてもまったく違和感がないほどです。
「こんな綺麗な字が書けるのに、詩恩さん、部活には入らないって何だかもったいないかも」
「そうですね。ですけど、一人暮らしでお忙しいと仰ってましたから、入らないのもわかります」
「まあ、同じ一人暮らししてる雪片くんも助っ人だけで留めてるみたいだし、わたし達にはわからない苦労があるのかも」
お夕飯は私が作ったりお手伝いしていますけど、それでもお掃除や洗濯物のお片付けなど、日が暮れるまでにしなければならないことは多いのでしょう。雪片お兄ちゃんも天気が心配なときなんかは、鍵をしーちゃんに預けて洗濯物を取り込んで欲しいと頼んでいますし。
「そういえば、桔梗ちゃんは部活に入らないの?」
「えっと、私もその、部活動に入ろうとは思ってないです」
「理由を聞いていいかな? わたし達が帰宅部だからって、気を遣ってとかだったら、気にせず入っていいよ。終わるまで待つし」
「いえ......まだクラスメート以外の人と関わるのは怖いですから」
過去のいじめのこともあって、私は知らない人と関わるのを恐れています。しーちゃんや鈴蘭お姉ちゃん達が傍にいるのならまだ頑張れますけど、一人ではきっと逃げだしてしまいます。
「そっか。ごめんね。嫌なこと思い出させちゃったね」
「大丈夫です。鈴蘭お姉ちゃんが私のことを思って言ってるのはわかってますから」
「ありがとう。桔梗ちゃんは本当にいい子だね」
鈴蘭お姉ちゃんが私の頭を優しく撫でてくださったので、とても心が安らぎました。
「部活の話に戻るけど、個人的には詩恩さんが部活に入らないって聞いて安心してるんだ」
「安心ですか?」
「うん。だって詩恩さんってあんまりそういうの好きじゃなさそうだったから」
「それは、そうですね」
しーちゃんは一見人当たりよさそうに思えますけど、親しい間柄の人以外とは深く関わろうとしません。恐らくですけど歌音さんが話していた、しーちゃんが中学一年生の頃に受けたいじめが関係しているのではないでしょうか。その原因は自分が好きになった相手をこっぴどく振ったという、どこかで聞いた覚えのあるものでした。
「やっぱりそっか。詩恩さんって他人と関わるの好きじゃなさそうだし」
「はぅぅ、私のせいでしーちゃんに無理させちゃってますよね?」
「うーん、そこはいいんじゃない? 大体、詩恩さんって嫌ならキッパリと断れるくらいには自分の意思を持ってる人だから、桔梗ちゃんのために無理するのは彼が好きでやってることだろうし」
「はぅぅ///」
私のために無理しているという鈴蘭お姉ちゃんの発言で、胸がキュンとなりました。確かにしーちゃんは私のことをいつも最優先で考えてくれますから、そうお答えしてもおかしくありません。
「桔梗ちゃんもまんざらでもなさそうだね。本当、早く自覚すればいいのに」
「鈴蘭お姉ちゃん? 自覚って何のことでしょう?」
微かに聞こえた、鈴蘭お姉ちゃんの発言を反復します。聞かれたと思っていなかったお姉ちゃんは、ちょっとだけばつが悪そうな顔をしていました。
「......聞こえてたんだね。その、教えてあげたいのはやまやまだけど、自分で気付かないと意味が無いんだよ」
「自分で、ですか?」
「うん。でもまあ、可愛い妹のためにヒントは出すよ。この間わたしと雪片くんが話した、幼馴染のままじゃずっといられないって話だけど、それとこの話は密接に絡んでる」
「幼馴染のままじゃ......あっ!」
鈴蘭お姉ちゃんから出されたヒントを聞いて、数日前からずっと悩んでいた森谷さんの占いの結果が頭をよぎり、私が何を自覚しないといけないか気付きました。しーちゃんとずっと幼馴染のままでいられないのなら、私は――。
「なんとなく気付いたみたいだね」
「はい。私は大好きなしーちゃんと卒業してからもずっと、今みたいに一緒にいたいです」
「......気持ちはハッキリしてるんだね。じゃああとはその好きがどういう意味なのか、考えよっか。残りの片付けはわたしがやっておくからさ」
鈴蘭お姉ちゃんにダイニングから追い出された私は、自分のお部屋でしーちゃんに抱いている、好きという気持ちについて答えを出すため、彼と一緒にいて何を感じたか思い返します。
(しーちゃんに撫でられると気持ちよくて、抱きしめられるとどきどきしました。一度膝枕されたときは、申し訳ない気持ちと一緒に、もっとして欲しいなとも考えてました)
基本的に私は、しーちゃんにされることなら何でも嬉しいみたいです。鈴蘭お姉ちゃんやパパやママに同じことをされても嬉しいと感じるかもしれませんが、何かが違う気がします。
(家族としーちゃん、同じ大好きな人達のはずなのに、一体何が違うのでしょうか?)
もしかしたら好きの種類が違うのかもしれません。そう悩みながら思い浮かべるのは、しーちゃんの優しい笑顔で、それが私に向けられていると思うと、胸がトクンと高鳴ります。他の方のお顔ではそうならなかったので、しーちゃんだけが特別だとわかりました。そして、しーちゃんに抱く特別な好きの意味をようやく理解しました。
(私、しーちゃんに恋してるんですね)
そう自覚すると、どきどきと胸の鼓動がさらに早くなりました。大好きなしーちゃんのことが次々と脳裏に浮かんできて、この日は眠ることが出来ませんでした。
お読みいただき、ありがとうございます。




