第三十八話 詩恩くん、雪片くんと話し合う
雪片先輩の誕生日当日。授業を終えた僕は彼の教室のある、二階の廊下を歩いていた。目的は誕生会の準備が終わるまで、佐藤家に雪片先輩を近付けさせないためだ。なので鈴蘭さんと桔梗ちゃんは先に帰った。
(まさか僕が上級生の教室を訪れることになるとは思ってもみませんでしたが)
当然だがものすごく上級生の方々に見られている。一年生の間ですらまだ僕を見て驚く生徒がいるのだから無理もない。愛想笑いを浮かべつつ一人一人に会釈して目的の教室まで来た。
「すみません。こちらに千島雪片先輩はいらっしゃいますか?」
「千島ならいるぞ。おーい千島、よくわからんが男子の服着た女子が訪ねてきてるぞ?」
「んっ? ああ、今行く」
上級生の教室に堂々と入るのは憚られたので、出入り口付近にいた男の先輩に話しかけ、雪片先輩を呼んで貰った。彼は僕のことを見て女子だと勘違いしていたけど、ここで否定しても仕方ない。
「なんだ千島、浮気か?」
「ただの後輩だ。それにコイツは鈴蘭とも友達だから問題ない。そうだろう?」
「ええ、むしろその鈴蘭先輩からどうしてもと頼まれまして。それでは行きましょうか。皆さんお騒がせしました」
「そうだな」
そうして僕は先輩方に会釈し、雪片先輩と共に二年生の教室を離れた。靴を履き替えて外で合流した際、僕が上級生の教室を訪問した理由を尋ねられた。
「詩恩、鈴蘭から頼まれたって言ってたが、誕生日のことか?」
「ええ。誕生会の準備が完了するまで、雪片先輩と時間潰ししてと頼まれましたので」
雛菊さん達と知り合った日、僕は鈴蘭さんから重要な役目を任された。その役目というのが、誕生会の準備が完了するまで、雪片先輩を佐藤家に近付けさせないように時間稼ぎをするというものだった。
「なあ、普通はこういうとき鈴蘭が俺と一緒にいて、お前や桔梗が準備するものじゃないのか?」
「僕もそう思うんですけど......鈴蘭さん、雪片先輩の誕生会はわたしが準備したいって言ってましたから」
誰しも思う疑問を口にした雪片先輩に、鈴蘭さんから伝えられた反論を返した。何故そこまでして準備したいのか本人に聞いたところ『雪片くんはご両親と死別して、その後は親戚の元を転々としていて、誕生日を祝われたことが無いんだよ。だから、誰よりも雪片くんのことを想ってるわたしが、祝ってあげないと駄目なんだよ』と理由を告げられた。
(そう言われて、協力しないなんてあり得ないですよね)
雪片先輩が生まれてきた日に自分に出来る精一杯のおめでとうを伝えるため、敢えて傍にいないことを選んだ鈴蘭さん。見返りのない愛情を目の当たりにして、何もしない選択など僕には出来なかった。そしてその愛情は、しっかりと雪片先輩にも伝わったみたいだ。
「そうか......アイツらしいな。だったらその間、お前と時間を潰さないとだな」
「はい。ではこのまま学校で時間潰ししますか? それとも僕か雪片先輩の部屋に場所を移しますか?」
「普通に俺の部屋でいいだろ。学校だと帰るまでに時間かかるからな」
「わかりました。では話でもしながらアパートに帰りましょうか」
「ああ」
桔梗ちゃん宛てに雪片先輩の部屋で時間つぶししておきますとメッセージを送り、雪片先輩と二人で下校する。普段口数の多くない雪片先輩だったけど、誕生日を祝われるのが嬉しかったのか、帰宅するまでの間話が途切れることは無かった。
「それでは、着替えてからお部屋に向かいますね」
「ああ」
一度別れ、部屋で私服に着替え、雪片先輩へのプレゼントを持って彼の部屋を訪ねる。
「失礼しますね」
「ああ。ところでその手に持ってるものはなんだ?」
「雪片先輩への誕生日プレゼントです。誕生会で渡すと嵩張りますからね」
僕が用意したのは携帯用担架だった。雪片先輩が救命士を目指していることや、実用的なものを好むことから選んでみた。高校生の男子に渡すプレゼントとしては、実用的すぎると思わなくも無いけど。
「確かにな。役に立ちそうだからありがたく使わせて貰う」
「喜んでいただけてよかったです」
「ああ。それと時間潰しの件だが、お前に相談したいことがある」
「相談事ですか? 僕に出来ることなら引き受けますよ」
「すまんな。実は鈴蘭の誕生日について、俺主導で企画したい」
雪片先輩からの頼みを聞いて、二人はお互いに愛し合っているんだなと、心が暖かくなるのを感じた。ただ一方、その提案を聞いて一つの問題点が浮かび上がった。
「いいと思いますよ。ですけど確か雪片先輩って、誕生会の経験全然無いですよね?」
「ああ。だからお前に頼んでるんだ」
「頼りにしていただけるのはありがたいですけど、僕も雪片先輩と同じでそういう経験ほとんどありませんよ?」
そう、雪片先輩は家庭の事情、僕は持病が原因で、誕生日会に参加した経験が無い。そんな僕達にまともな誕生会が企画出来るとは思えない。
「構わない。とりあえず今日の誕生会でやったことを覚えていてくれ。それで俺とお前の両方が印象に残ったことをすればいい」
「わかりました」
「あとは、経験者に頼ればいい」
「......そうですね」
そうだ、何も僕達だけで考える必要なんて無い。わからないことは素直に誰かを頼ればいいのだ。なんだったら祝われる予定の鈴蘭さんに聞いたっていい。最終的に当人が喜んでくれればいいのだから。そう考えながら、桔梗ちゃんに呼ばれるまでの間僕達は半月後の誕生会の企画を検討したのだった。
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