第二話 詩恩くん、桔梗ちゃんとお話しする
桔梗ちゃんが泣き止む頃には僕達を囲んでいた野次馬も散っていたので、当初の目的通り買い物袋を持って彼女の家へと向かうことにした。先ほどまでとの違いは、桔梗ちゃんが僕の隣を歩いていることだろう。
(こうして近くで見ると桔梗ちゃんって、顔立ちがかなり整ってるんですよね)
大きな漆黒の瞳に整った眉、形の綺麗な鼻や唇。美少女と呼ばれる素養は充分すぎるほどに備えている。さらに長く真っ直ぐな黒髪は艶があり、全体的に見て愛らしい日本人形のような印象を受ける。と、桔梗ちゃんの容姿を観察していて、一つ大事なことを桔梗ちゃんに言ってなかったことを思い出す。
「そういえば桔梗ちゃんに言い忘れてたことがありました」
「なんでしょう?」
「昔も可愛かったんですけど、今はもっと可愛くなりましたね」
「は、はぅぅ!!」
容姿を褒められてトマトのように顔を赤くし狼狽える桔梗ちゃん。こういうシャイなところは昔と変わってないみたいだ。たったこれだけの言葉ですら可愛らしい反応をするのに、もっと褒めてあげたらどんな反応をしてくれるのかなと、個人的に興味が湧いた。
「その、しーちゃんも綺麗に、格好良くなりました」
「えっ?」
だけど続いて桔梗ちゃんが発した言葉で、不意を突かれてしまった。僕は見た目が極端に女の子っぽくて、可愛いだとか美人だと言われることはあっても、格好いいと言われたことがほとんどなかったからだ。それが嬉しくて、危うく涙ぐみそうになりながらお礼を返す。
「ありがとう、ございます」
「しーちゃん?」
「......何でもありません。それより桔梗ちゃん、どうして僕が一人でここにいると思いますか?」
感動を誤魔化すためにかなり強引に話題を変えたが、我ながら妙な質問を投げかけてしまった。しかし問われた桔梗ちゃんは真剣に考えていて、やがて正しい解を導き出した。
「もしかしてしーちゃん、一人暮らしを始めたんですか?」
「正解です。手紙では秘密にしてましたけど。ほら、あそこに見えるアパートです」
「ええっ!?」
僕が住んでいるアパートのある場所を指さしで教えると、何故だか桔梗ちゃんはとても驚いた顔をしていた。思った以上に近所に住んでいるから驚いたのだろうか。
「そんな驚かなくても。こうして出会えた時点で、そう遠くない場所に住んでるってわかりますよね?」
「確かにそれもありますけど、あのアパートに私の知り合いが住んでいまして」
「なるほど」
理由を聞いて納得した。元々知り合いが住んでいた場所に、偶然別の知り合いが引っ越してきたのなら、ビックリするのも当然だ。
「ちなみにその知り合いって、どなたでしょうか?」
「住んでいる方全員です」
「本当ですか!?」
今度は僕が驚く番だった。まさか全員と親交があるとは思わなかった。僕の知っている桔梗ちゃんは人見知りで、病院で僕以外の入院患者と話している姿を見たことがなかったので、とても意外に感じた。
(まあ、僕だって日常生活を何とか送れるようになったんですから、桔梗ちゃんだって成長くらいしますよね)
僕が故郷を離れている間に、桔梗ちゃんは精神的にも大きく成長していた。それを感慨深く思う僕をよそに、桔梗ちゃんは楽しそうに話を続けていた。
「アパートに住んでる人には、私が四月から通う高校の先輩もいるんですよ」
「あっ、それ聞いてます。確か千島先輩ですよね?」
頷く桔梗ちゃん。ということはイコール桔梗ちゃんも受かっているみたいで安心した。再会したけど高校は別という状況もあり得なくは無かったから。そして遅れること数秒後、桔梗ちゃんの方も僕が同じ高校に通うことになるという事実に気付いたようだった。
「あの、しーちゃんもしかして私と同じ高校に」
「はい。ちゃんと受かりましたよ。ご近所さんみたいですし、始まったら一緒に登校しましょうか」
「はい!」
桔梗ちゃんは嬉しそうに返事をした。僕としても新天地で孤立せずに済みそうで安心した。同じクラスならば言うこと無しだけど、そこまでは期待しすぎだろう。
(同じ学校ってだけでもありがたいですね。それに桔梗ちゃんへの恩返しもやりやすくなりましたし)
病気していた頃の僕を、桔梗ちゃんは手紙を送り続け励ましてくれた。そのお礼をするためにこっちに戻ってきたわけだけど、接点が無いとお礼も何もない。元幼馴染やただのご近所さんでは何かするのは難しくても、同級生ならたとえば学校生活で助け合ったり、勉強を教えたりすることだって出来る。桔梗ちゃんは特に小柄なので僕程度でも役に立てるはずだ。
「今さらですけど、お米重くないですか?」
「このくらい大丈夫です。それなりに鍛えてますし」
「しーちゃん、すごいです。長い間入院してましたのに」
まあ、あくまでもそれなりなんだけど。それでも桔梗ちゃんからすると驚くべきことのようだ。まあ、過去に重い病気を患っていた相手と久し振りに再会してみたら、今の自分よりも元気になっていたら驚くのも無理はないか。
「昔のことですし、リハビリ頑張りましたからね。あそこで頑張らなかったらこうして故郷に帰ることも認められなかった可能性ありますし」
「そうなんですね......しーちゃん、お疲れさまでした」
ずっと影ながら僕のことを支えてくれた桔梗ちゃんに面と向かって労われ、ようやくリハビリ生活の苦労が報われた気がした。そうしてここで僕は完全に病気を抱えていた自分とお別れし、新たな人生のスタートラインに立つこととなった。
「頑張れたのは桔梗ちゃんが手紙を送ってくれたおかげです。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「その、私こそよろしくお願いします」
そんな始まりの瞬間に桔梗ちゃんが僕の隣にいることを嬉しく思いながら、彼女の家へと二人並んで歩いていったのだった。
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