第三十七話 詩恩くん、友達に助けられる
昼まで桔梗ちゃん達と遊んだあと、僕は雪片先輩の誕生日プレゼントを買いに繁華街へと向かった。ちょうどよさそうなものが見つかったので購入して、それを持って店を出たところで運悪くナンパ男に出くわした。
「お姉さん美人だからきっとモデルに向いてるって。ちょっと協力して貰うだけでいいからさ」
「目立ちたくありませんので、早く目の前から消えてください」
「そう言わずに、何なら夕食も奢るからさ」
「必要ありません。迷惑です」
最初の頃は下手に出ていたのだけど、しつこく絡んできて一向に立ち去ろうともしないため、断り方を容赦なくバッサリと切り捨てる方向にシフトした。しかしそれでも食い下がってくる男に、内心辟易する。
(もう五分くらいこうしてますよ。一体どうしてくれましょうか?)
男がこちらに触れてきたら痴漢扱いしてやるのだけど、警察沙汰は嫌なのか中々手を出してこない。周囲の通行人も関わりたくないのか見て見ぬ振りをしている。いっそのこと僕が男だと暴露して、衆人環視の中で大恥をかかせてやろうかと考えていたら、視界の端に見知った顔が映った。
「あっ、明日太! 遅いですよ!」
「んっ? ああ桜――」
「今から遊びに行きましょう。そういうわけですので、失礼しますね!」
「よくわからんが、急ぐなら走るぞ」
「お、おい!」
冬木くんを見付けた僕は、わざとらしいくらいの笑みを作り、彼の元へと駆け寄り、そのまま手を繋いで走りナンパ野郎を置き去りにしていった。そして男が見えなくなった辺りで立ち止まって、冬木くんに事情を説明した。
「なるほどな。僕はナンパしたこともされたこともないが、お前も苦労しているんだな」
「まったくです」
男にナンパされるのはたまにあったけど、ここまでしつこいのは久し振りだった。睨みつけても毒を吐いても堪える様子が無かったので、出来たら二度と会いたくない。苦い顔をしている僕に、冬木くんが思い出したように質問してくる。
「ところで、さっき僕の名前を呼び捨てにしていたが」
「すみません。ああした方が待ち合わせしてるっぽいと思いまして。もちろん呼ぶのは今回だけですけど」
友達かつ緊急事態だったとはいえ、いきなり名前を呼び捨てにしたのは踏み込みすぎた。そう思い謝罪する僕を冬木くんは許してくれた。
「別にこれからも呼び捨てで構わないぞ。代わりに僕も詩恩と呼ぶが」
「でしたら、改めてお願いしますね、明日太」
「ああ、詩恩」
お互いの名前を呼び合い、握手を交わした。僕の小さな手と比べて明日太の手は大きくて男らしかった。明日太の方は何だか複雑そうな表情を浮かべ、何かを払拭するように頭を振り話題を変えた。
「そういえば詩恩、繁華街で何してたんだ?」
「雪片先輩の誕生日プレゼントを買いに来たんです。ちょうどいいものが見つかった帰りで、アレに遭遇したわけです」
「災難だったな」
本当に、せっかくいいものが買えて上機嫌で帰宅しようとしていたのに、あの男のせいで台無しになった。こうして友達と会えたのは怪我の功名だけど。
「しかし、千島先輩の誕生日か」
「どうされました?」
「いや、僕からも祝いたいと伝えてくれると助かる」
「わかりました。必ず本人にお伝えしますね」
たとえ誕生会に参加出来なくても、他にも祝ってくれる人がいるのはいいことなので、明日太の頼みを二つ返事で受け入れた。
「ところで明日太は何してたんです?」
「普通に買い物だ。両親が遅いから、せめて買い出しくらいはしておかないとな」
「立派ですね」
僕達くらいの年代なら親に反発してもおかしくないだろうに、何の臆面も無しに親孝行を口にした明日太に敬意を表したい。
「料理が出来たらそうするが、生憎出来ないのでな」
「それでもですよ。それに料理だって、誰かに食べさせるならまだしも、作るだけならそこまで難しくないですよ」
家事初心者の僕にだって食べられる程度の料理は作れるのだ、明日太に作れない道理は無いだろう。
「いや、僕だけならそうするが、弟達に作らないとならないからな」
「そうでしたか......弟達?」
「ああ。僕は長男で下に五人ほどいる」
「大家族じゃないですか」
明日太が予想以上に辛い人生を送っていることに、戦慄を覚えた。大家族の長男で親孝行者で勉強熱心だなんて、完全に聖人の類だ。思わず彼を拝んでしまいたくなる。
「いや、拝まれても何も出せないぞ?」
「何となくですよ。それに、出すのは僕の側です。助けてくださったお礼も兼ねて、弟さん達のためにお菓子くらいは買ってあげますけど?」
「いや、甘やかすのもよくないから気持ちだけ受け取っておく。それに、生鮮食品も買っているからあまり長話は出来ない」
「すみません。配慮が足りませんでしたね」
食材を買った帰りならば、野菜はもちろん肉や魚など日持ちしないものも購入したことくらい予想出来たはずだ。自らの至らなさを反省する。
「構わない。僕も詩恩と話せて楽しかった」
「そう言っていただけると幸いです。それでは、また明日学校で」
「ああ、またな」
明日太と別れ、僕は帰宅した。部屋に入るまでの間、雪片先輩と遭遇しないかヒヤヒヤしていた。包装してあるといっても、誕生日前にプレゼントを渡す本人に見られるのは避けたかったから。
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