第二十八話 詩恩くん、桔梗ちゃんと弁当を食べる
なんやかんやで午前中の授業を終え、昼休みとなった。クラスメート達が購買に行ったり学食に行ったり、弁当をどこで食べるのか相談している中、僕は隣の桔梗ちゃんと机をくっつけていた。歓迎会の日に、桔梗ちゃんと隣の席同士になったら、一緒に昼を食べると約束したためだ。
「しーちゃん、お弁当は持ってきてますよね?」
「もちろんです。桔梗ちゃんは?」
「大丈夫です」
机の上に弁当箱を広げる。これが僕が初めて自分で用意した弁当だ。中身はほとんど冷凍食品だけど、いずれ手作りの具材で埋められるよう、これから努力していくつもりだ。一方桔梗ちゃんの弁当は小ぶりながら、すべて手作りで手が込んでいた。二つの弁当を見比べると、料理経験の差が如実に表れている。
「手作りするなんてすごいですね。僕なんてお米と卵焼き以外全部冷凍食品ですよ?」
「えっと、慣れてますから。しーちゃんだって手作りと冷凍食品の具材、区別を付けられるようになってますよね?」
「そのくらいはわかりますよ。桔梗ちゃんの料理を毎日食べてるんですから」
「はぅぅ、ありがとうございます」
むしろ毎日食べているのに、見分けが付かないのならそれはそれで問題だろう。そんな会話を繰り広げている僕達を横目に、クラスメート達がひそひそと話しているのが聞こえてくる。
「ねえ、毎日料理を食べてるって、どういうことだと思う?」
「普通に考えたら付き合ってるどころか同棲してるレベルだよね?」
「もう完全に新婚夫婦じゃん」
「そこ、煩いですよ?」
僕達の会話を聞き、揶揄してきたクラスメート達を注意する。昼休みまでの間で彼らと大分打ち解けたのはよかったけど、こうやってからかわれるのは考えものだった。あくまでも桔梗ちゃんは純粋な善意で、僕の家に料理を作りに来ているのだから。
「とりあえず食べましょう。いただきます」
「いただきます」
なおも周囲からの視線を感じるが、気にせず自分の弁当に入れたミニコロッケを口にする。冷凍食品とはいえ普通に美味しかった。ただ、桔梗ちゃんが作ってくれたコロッケの方が美味しいと感じ、目の前の少女に対し自然と賞賛の言葉が出て来る。
「桔梗ちゃんはすごいですね」
「しーちゃん、突然どうされました?」
「冷凍食品よりも、桔梗ちゃんが作った料理の方が美味しかったですから」
「はぅぅ、その、お料理に慣れてるだけです///」
褒められた桔梗ちゃんはすっかり照れてしまい、顔を真っ赤にしながら謙遜していた。そんな彼女の可愛らしい反応を間近に見ながら、僕は自問自答する。
(料理に慣れたら、いつか桔梗ちゃんみたいに作れるのでしょうか? いえ、たとえ冷凍食品は越えられたとしても、そちらは難しいでしょうね)
こちらに越してきてずっと桔梗ちゃんの手料理を食べているけど、同じ味を自分で再現出来る自信はない。一人で敗北を認めつつ弁当を食べ進めていると、顔の赤みが引いた桔梗ちゃんからこんなことを聞かれた。
「そ、そういえば、鈴菜さんと冬木くん、戻ってきませんよね?」
「言われてみればそうですね。昼休みになった直後、御影さんは学食に、冬木くんは購買に行くと言ってましたけど」
今は昼休みになって大体十五分ほど経過している。御影さんが戻らないのはまだわかるけど、パンを買いに行っただけの冬木くんは明らかに遅い。
「お二人とも何かあったのでしょうか?」
「御影さんは多分学食でお昼食べている途中でしょう。冬木くんは恐らく、買い終わった後どこかでパンを食べているのでしょう。ほら、今メッセージ来ましたよ」
机の端に置いてある携帯から通知音がしたので、アプリを開いて確認すると御影さんは今ランチセットが出来たところと、冬木くんは食べ終わったからもう戻ると送ってきていた。
「冬木くんが戻ってきたら購買の、御影さんが戻られたら学食の感想をそれぞれ聞いてみましょうか」
「そうですね。しーちゃんはこれから利用されるのですか?」
「今のところは考えてないですけど、一応は」
現状昼は弁当を用意する前提だけど、もしものときのために学食や購買の使い勝手だけでも聞いておきたい。もしかしたら学食に弁当を持参し、御影さん達と一緒に食事する機会もあるかもしれないし。
「ということは、しーちゃんのお昼は基本的にお弁当ですよね?」
「そうなりますね。冷凍食品も買い込みましたから、少なくともそれらを使い切るまでは弁当ですね。それが何か?」
「あの、お昼のお弁当ですけど、冷凍食品を使い終わったらでいいので、私に用意させてください。駄目でしょうか?」
昼食を弁当にすると答えたところ、桔梗ちゃんから弁当を用意したいと申し出られた。正直嬉しいしありがたいと思うのだけど、普段から桔梗ちゃんに食事を作って貰ってるのに、弁当まで用意させてしまうのは申し訳ない。それに弁当を用意するなら桔梗ちゃんの家にある食材を使わないといけないから、ご家族の許可も必要だ。
「駄目じゃないですけど、そこまで甘えるのはちょっとどうかと」
「大丈夫ですよ。全然苦でもないですし、元々五人分のお弁当を三人で作ってますから、六人分になってもそこまで変わりません。それでもいけませんか?」
しかし、僕が遠慮している理由を事前に想定していたのか、話す前に桔梗ちゃんから否定されてしまった。ここまで言われて断るのは逆に失礼だと思い、結局僕から折れることとなった。
「わかりました。ただ毎日だと色々と申し訳ないので、何日かに一度にしましょう」
「私は別に毎日でもいいですけど、しーちゃんがそう仰られるのでしたら二日に一度にします」
「はい。お願いします」
こうして僕は二日に一度、桔梗ちゃんにお昼を用意して貰うこととなった。なお、この一連の流れを聞いていたクラスメート達から散々冷やかされ、戻ってきた冬木くんから呆れられたのは言うまでもない。
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