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第一話 詩恩くん、桔梗ちゃんと再会する

 引っ越し業者の人が、アパートの一室に引っ越しの荷物を運んでいる。その荷物を僕、桜庭詩恩(さくらばしおん)は受け取って一つずつ開封していく。カーペットを敷いたり家具を配置し、無機質な部屋を自分なりの色に染める。中々に重労働だったけど苦には思わなかった。


(何しろ、ずっと戻りたいと思っていた故郷に戻れたわけですからね。それも一人暮らし、楽しみに思わないわけがないです)


 幼い頃の僕はこの町で暮らしていた。だけど、一身上の都合で遠くの町へと引っ越すことになった。そこでの生活も楽しかったけれど、僕にはどうしてもこっちに戻りたい理由があった。


(僕のことをずっと支えてくれた女の子を探して、恩返しがしたい)


 それが僕が戻ってきた理由であり、両親を説得する言葉となった。実は僕は体が弱くて、子供の頃はずっと入院していた。その際、ここの病院で一人の少女と出会い、友達になった。その後病気の本格的な治療のため遠くの病院に移ることが決まり故郷を離れたのだけど、その少女は引っ越したあとも僕に手紙を送り続けてくれた。


(長い闘病生活やリハビリも、彼女からの励ましの手紙があったから乗りきれたんです)


 そのことを両親も知っていたからこそ、病弱な僕が故郷に戻ることを許可してくれた。あるいは、離れても一途に思い続けてくれた少女の、ささやかなお礼も兼ねているのかもしれない。


(その代わり、ちゃんと暮らせているか定期的に写真を送らないといけませんけど)


 写真を送るほかに、だらしない生活を送っていたら親戚の家に引っ越すという条件もあるため、こうして荷物の整理をしているわけだ。ちなみに、手紙を送ってくれた少女には毎回返事を書いている。今回は数日前に書いて出したので、今頃彼女はその手紙を読んでいる頃だろう。


(返事を出す前に僕が現れたらあの子、どんな顔するでしょうか?)


 その顔を楽しみにしながら、僕は慣れない肉体労働に従事した。昼過ぎから作業を始めて、終わったのは夕方近くになったのだけど、その分満足のいく仕上がりになったと思う。


「さてと、掃除も終わったことですし、そろそろ夕飯を食べに行きますか」


 独りごち、ハンガーに掛けてあるコートを羽織る。両親や親戚との約束を考えれば外食は控えて自炊したいところだけど、初めての食事くらいはちょっと贅沢しても罰は当たらないだろう。


(それに、食材を買いに行く目的もありますし)


 賃貸契約したときに大家さんと、その補佐をしているお姉さんから聞いた話だと、この近くにコンビニは無いらしく、何か食べるなら徒歩二十分ほどの距離にある繁華街まで足を伸ばさないといけないそうだ。少々不便だけど、説明されて借りたのだから文句は言えない。


(その分いい運動になりますね。せっかくですし他の部屋の方に挨拶もしておきましょうか)


 そう考え自室を出て、まずは隣の部屋を訪ねた。お姉さん曰く、この部屋には僕の通う高校の先輩が住んでいるらしいけど、残念ながら不在だった。次いで下の階にある二部屋に向かったが、そちらも鍵がかかっていた。


(こちらも留守ですか。タイミングが合わないこともありますよね。またあとで訪ねましょう)


 出鼻を挫かれた感はあるが、気を取り直してアパートを出立し、繁華街へと向かうことにした。その道中で、両手で買い物袋を持った十歳くらいの女の子がこちらに向かって歩いてきていた。荷物が重いのかその足取りは危なっかしい。


(さて、どうしましょう?)


 個人的には助けてあげたい。ただこのご時世、高校生が見知らぬ子供に声をかけるのは事案になりかねない。それでもある理由からどうしても無視出来ないと感じた僕は、女の子へなるべく優しい声色で話しかけた。


「その荷物、重いでしょう? 持ちましょうか?」

「えっ!? あっ、その!」

「お困りでしょう?」

「はい......お願いしてもいいですか?」

「ええ」


 突如声をかけられた女の子は困惑していたものの、米袋の入った買い物袋は重かったのか、再度問いかけると素直に差し出してくれた。まだ幼いといっていい年代にもかかわらず遠慮深い性格のようで、僕に何度も頭を下げてきた。


「あの、すみませんわざわざ」

「いえ。困っているときはお互い様ですから」


 歩幅が小さいためか、女の子は僕の三歩ほど後ろを歩いている。これ以上距離を離さないよう、僕は歩く速度を落とした。たださりげなくやったつもりだったけど、当人にあっさりと気付かれてしまう。


「お優しいんですね」

「いえいえ。それに、貴方を見ていると知り合いを思い出すんです」

「お知り合い、ですか?」

「ええ。昔、病院で知り合った女の子に」

「!!」


 そう、僕がこの女の子のことを無視出来ないと感じた一番の理由は、彼女が僕の恩人であるあの子にとてもよく似ていたからだ。それこそ妹か親戚だと思えるほどには。すると、突如後ろから聞こえていた足音が途切れた。


「どうしました?」


 不審に思い振り返ると、女の子は立ち止まって僕をじっと見ていた。僕を見つめる瞳は大きく揺れ、不安と期待の色が入り交じっているように思えた。そして女の子の口から思いもよらない言葉が出て来た。


「あの、もしかして、しーちゃん、ですか?」

「えっ!?」


 それを聞いた僕は頭が真っ白になった。しーちゃんという呼び名は昔あの子から付けられたもので、他の誰からもそう呼ばれた記憶はない。つまり、今僕の目の前にいる少女は――。


「貴方はまさか、佐藤、桔梗ちゃんですか?」

「はい! 桔梗です!!」


 確認のために呼んだ名前に、嬉しそうに女の子は頷いた。昔僕と同じ病院に入院していて、別れたあとも僕宛の手紙を送り続けた心優しい少女、それが目の前にいる佐藤桔梗(さとうききょう)ちゃんだ。そんな桔梗ちゃんだけど、僕がしーちゃんだとわかったからか涙ぐんでいた。


「桔梗ちゃん、泣かないでください」

「無理です。だって......しーちゃんとまた、会えたんですから!!」

「わわっ! 桔梗ちゃん!?」

「わぁぁぁぁぁん!!」


 我慢の限界だったのか、桔梗ちゃんは僕の胸へと飛び込んできて号泣した。僕は困惑しながらも、あやすように桔梗ちゃんの頭を撫でる。偶然ともいえる再会に感謝しつつ、僕は集まってきた野次馬にどう釈明するか頭を悩ませたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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