第二十三話 詩恩くん、クラスメートに自己紹介する
入学式に向かい、それが終わって戻るまでの間、ずっと後ろから射るような視線を感じていた。考えるまでもなく御影さんからのものだ。他のクラスメートからもそれとなく見られている気がする。
(あんな感じで中断されたら無理もないですね。もっとも、時間ギリギリまで話し込んでいた僕達が悪いんですけど)
そんな居心地のよろしくない空気のまま教室に入ると、早速僕と桔梗ちゃんに御影さんが話しかけてきた。
「さっきの続き、もちろんいいよね?」
「どうぞ。桔梗ちゃんもいいですよね?」
「その、大丈夫です」
何となくだけど、御影さんから聞かれることは想像がつく。桔梗ちゃんも同じみたいで身構えているのが見て取れた。そしてやはり、聞かれた内容は思っていたとおりのものだった。
「じゃあ聞くけど、二人とも付き合ってるの?」
「いえ、僕達は幼馴染で、付き合ってはいません。そうですよね、桔梗ちゃん?」
「はい......しーちゃんとはお家も近くでいつも一緒にいますけど、お付き合いはまだしていません」
「そっか。仲いいから恋人かなって思ってたけど、違うんだね」
僕達の答えを聞いて、御影さんは納得した様子だった。聞いていた他のクラスメート達からの反応は様々で、
「恋人同士ではないんだ。仲がいいのはいいことだけど」
「幼馴染とか、いるだけでリア充じゃねーか!」
男子からは嫉妬と興味を向けられ、
「なら今のところうちのクラスの中で、誰かと付き合ってる人はいないのね」
「幼馴染で家も近くていつも一緒にいるとか、完全にラブコメじゃん」
「「「きゃ~~~!!」」」
女子からは恋バナのネタにされそうな雰囲気だ。どうやら桔梗ちゃんの発言を肴に盛り上がっているみたいで、クラス内がざわつき始めた。女の人がこうなると止められないのは母さんでよくわかっているため、どうしたものかと考えていると、教室のドアが開かれ一人の教師が入ってきた。
「皆さん、はじめまして――」
その人は僕達を引率してきた女性教師で、僕達とそこまで変わらないくらいに若くかなりの美人だった。この人が僕達の担任になるみたいで、改めて自己紹介された。
「私の名前は天野清白です。この春教師になったばかりなので、皆さんと同じ新人になります。至らないところもあると思いますけど、どうかよろしくお願いします」
そう言って少し緊張した面持ちで一礼する天野先生。身長は高い方ではなく顔立ちも優しげで、高校の先生よりも保育士が似合いそうな癒やし系だ。そんな人が担任だったからか、
「よっっしゃぁ! このクラスでよかったぜ!」
「本当だな!」
「担任が美人で、女子も美少女多いよね。眼福眼福」
こんな感じで多くの男子生徒から喜びの声が上がっていた。そんな下心丸出しで騒ぐ彼らを無視して、一部の女子は早速天野先生へと質問していた。
「せんせーって彼氏いるの?」
「いますよ。実は学生の頃に結婚しています。旧姓は御影清白で、そこにいる御影鈴菜さんの実姉なんですよ」
「「「「えっ!?」」」」
天野先生の口から衝撃の告白が、一気に二つも飛び出した。二十代前半くらいなのに結婚していることも驚きだが、クラスメートに妹がいるなんて思わなかった。
(名前的には、同じ春の七草繋がりですけど)
二人を見比べてみても、それほど似ている印象は無かった。ただ姉妹であることは事実なのか、御影さんが恨みがましそうな視線を天野先生へと向けていた。
「もう! お姉ちゃん、何でバラすの?」
「言ったらマズかった?」
「マズくは無いけど、おかげで自己紹介で話すネタが一つ減ったんだよ!」
「ごめんね鈴菜ちゃん!!」
御影さんと言い合う天野先生。実の妹との会話だからか、天野先生はこれまでの緊張していた堅い表情とは違い、自然な顔になっていた。
「清白せんせーって、面白いよね」
「いい意味で親しみやすそうかも。御影さんもあんな顔するんだね」
「結婚してるみたいだし、相談したら聞いてくれるかな?」
天野先生への女子の評価はこんな感じで概ね好評だった。やはり親しみやすくて弄り甲斐のあるお姉さんは、女子からも接しやすいのだろう。巻き込まれた御影さんはちょっと気の毒だけど。
「皆さん、私のことはこのくらいにして、自己紹介を始めてください。出席番号順でと言いたいところですけど、ここはやはり鈴菜ちゃんにお願いします」
「お姉ちゃんそれ職権乱用だよ? まあ引き受けるけど」
天野先生から自己紹介のトップバッターを頼まれ、文句を言いつつも立ち上がって話し始める御影さん。
「ウチは御影鈴菜、このクラスの担任の天野清白先生の妹です。出身中学は北中で趣味は映画鑑賞、特技は人の名前と顔を覚えることです。皆さん、よろしくお願いします」
実の姉の見立ては間違ってなかったらしく、御影さんは一切詰まること無くすらすらと必要なことを語って席に着いた。次の人からは御影さんの紹介を真似ていき、自己紹介は順調に進んでいった。
「次は桜庭さん、お願いします」
「はい。僕の名前は桜庭詩恩。こう見えて歴とした男です。出身校ですけど遠くの県にある学校で、こちらには少し前に越してきました。趣味はまだちょっと探し中で、特技は勉強と習字です。皆さんよろしくお願いします」
「桜庭さんって男子だったんですね。あとで名簿を直さないと」
僕の順番が来たので前例にならいつつ、天野先生と入学式前に教室にいなかった人のために自分の性別も足した自己紹介を行った。終わった瞬間に天野先生から笑えない内容のひとり言が聞こえてきた。
(まさか本当に学校の書類の性別が女子になっていたなんて)
登校時に桔梗ちゃんに冗談っぽく話していたことが現実になっていたことに、僕はため息をついた。その桔梗ちゃんの自己紹介の順番は僕の次だった。
「あの、私は佐藤桔梗です。その、私はこういう見た目ですけど高校生です。えっと、出身校はこの近くの南中学校なんですけど、ずっと保健室登校をしていました。しゅ、趣味はお料理で特技は家事とイラストです。はぅぅ、皆さんよろしくお願いしますです」
これまでの自己紹介をなぞるように答え、着席する桔梗ちゃん。たどたどしかったけど、無事に終えられたので労うように頭を撫でてあげた。
「はぅぅ///」
「よく出来ましたね。あっ、僕達のことは構わず続けてください」
「「「「「出来るか!!」」」」」
「桜庭さん、佐藤さんと仲がいいのはわかりますけど、時と場合を考えてくださいね?」
「「すみません」」
クラスメート全員からツッコまれた上、妙ににこやかな天野先生から苦言を呈されたので、僕は素直に謝罪した。
「見ていて微笑ましかったので、いいですけどね。確か次は杉山君でしたね」
「はい」
そうして自己紹介は進み、最後の人が終わってから、教科書の配布などが行われ、さらに委員長決めも行われた。
「投票の結果、委員長は鈴菜ちゃん、副委員長は冬木くんになりました」
「あはは、やっぱりこうなるんだね。そういうわけだから、みんなよろしくね」
「どうして僕が選ばれたのかよくわからないが、やるからには誠心誠意務めていく所存だ。よろしく頼む」
委員長については本人含め全員が予想していたのでいいとして、副委員長の方は真面目そうだからという理由で冬木明日太という男子が選ばれた。実際に前に出て話しているところを見る限り、その選択は正しかったようだ。そして本日は解散となったのだった。
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