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第二十一話 詩恩くん、桔梗ちゃんと登校する

 母さんが襲来してからしばらく経ち、入学式の日となった。桔梗ちゃんを誘って二人で通学路を歩き、僕の運命を大きく変えた坂道まで辿り着いた。式が始まるまでまだ時間はあるため、ゆっくりと坂を歩きながら、隣にいる桔梗ちゃんに話しかける。


「桔梗ちゃん、この坂ですが、最後まで歩けますか?」

「何とかですけど、大丈夫です」

「なら安心ですね。けどもし駄目そうなら言ってください。ちゃんと遅刻させずに上りきりますから」


 僕自身体力が無いことはわかっているが、それでも荷物を持ったり手を引いたり、肩を貸したりすることは出来る。現に桔梗ちゃんよりも重いお爺さんに肩を貸しながら歩いて病院まで連れて行った実績があるのだ。


「しーちゃん、お気遣いありがとうございます」

「いえいえ。それと、桜の花びらがいくらか落ちてますから、踏んで転ばないよう気をつけてくださいね」

「わかりました。そういえばしーちゃん、受験の日に転んで足を痛めたと言ってましたね」

「ええ。試験中は痛くて仕方なかったですけど」


 思い返すと受験直前に転んで怪我するなんて、縁起が悪いにもほどがあった。試験が始まってからも足の痛みを感じながらだったし、我ながらよく受かったものだと思う。


「あの、大丈夫だったんですか?」

「大丈夫でしたけど、担当してた先生に、全教科の試験が終わったあとに怪我してると話したら、保健室に連れて行かれた上こっぴどく叱られましたけど」


 何故こんなに腫れ上がるまで放置したとか、休憩時間で保健室に行けとか、最初の教科の時点でもちゃんと話せば足の治療をしてから試験を受けられるように取り計らったとか、そんな内容をずっと説教された。


「それは、全部終わるまで怪我を放置していたしーちゃんが悪いと思います」

「それはそうなんですけど、下手に動かすと悪化しそうだと思いまして。おかげで試験に集中しきれませんでした」

「だからってそれはどうかと思います」

「すみません。以後気をつけます」


 大人しくて引っ込み思案な桔梗ちゃんにしては珍しく、僕に咎めるような視線を向けてくる。どう考えても彼女が正しいので僕は素直に謝った。


「わかっていただけたならいいです。ところで集中出来なかったって言いましたけど、受験の点数ってどうだったんですか?」

「自己採点の話になりますけど、回答欄さえズレてなければ結構いい点数でした。桔梗ちゃんは?」

「私はその、自己採点の結果を見た鈴蘭お姉ちゃん達から全教科合格ラインを越えてるから大丈夫だろうと言われました」

「すごいじゃないですか」


 考えてみれば保健室登校という、成績でも内申でも不利になる条件を抱えていてなお合格出来たのだから、割といい結果だったのだろう。


「しーちゃんに褒めていただいたので、猛勉強したかいがありました」

「僕でよければいくらでも褒めてあげますよ。可愛くて優しい、僕の自慢の幼馴染ですからね」

「はぅぅ、あまり持ち上げられると恥ずかしいです///」


 桔梗ちゃんをちょっと褒めただけで照れてしまった。こういう奥ゆかしいところも魅力の一つだと思うけど、それを口にすると桔梗ちゃんがこの場で気絶しかねない。


(話題、変えましょうか)


 そう思い何となく目線を上げる。少し前までは坂と桜並木が続いていたのだけど、ようやく校舎が見えてきた。この感じだともう数分で到着するだろう。


「桔梗ちゃん。そろそろ着きますよ。それとクラス分けを見る時間もじっくり取れそうですよ」

「本当ですか!?」


 本日のメインイベントの一つを楽しむ時間があると知らされ、桔梗ちゃんの声が弾んだ。そんな彼女に触発されてか、最近は僕も桔梗ちゃんと同じクラスで勉強したいと思うようになった。


「ええ。勘違いとかしないように、しっかり見たいですね」

「そうですね。私の名字って多いですから」

「桔梗って名前がかなり珍しいから、すぐわかると思いますよ?」

「だといいですけど」


 人生経験豊富な方じゃない僕だけど、これまで出会った人の中で桔梗という名前を持つのはこの子だけだ。家紋にされてたり万葉集で詠まれていたりと古来から日本人にはなじみのある花だけど、その分格調高くて名前に使いにくいのかもしれない。


「僕は名前を探すのに苦労しなさそうですけど、一つだけ心配事が」

「心配事ですか?」

「ええ。名前の字や願書の顔写真を見て女子として認識されていたりしないかと」

「......ソ、ソンナコトナイトオモイマスヨ?」


 口では否定していたけれど、桔梗ちゃんの目はあからさまに泳いでいた。何年も僕を女子だと勘違いしていたのだから、こんな態度になるのも仕方ない。


「桔梗ちゃんって本当に嘘がつけませんね」

「すみません......」

「いいですよ。それよりもうすぐ着きますから、せっかくですからせーので入りませんか?」


 我ながら子供っぽい提案だと思うけど、幼少期まともに学校生活を送れなかったので、一度くらいはこういうことをしてみたかったのだ。


「はぅぅ、いいですよ。しーちゃんと一緒の学校に入学するの、初めてですし」

「よかった。では早速」

「「せーのっ!!」」


 こうして僕と桔梗ちゃんは、同時に新たな一歩を踏み出したのだった。なお、門の周辺にいた新入生の保護者の人達にこの光景を見られてしまった。


「はぅぅ///」

「あはは......とりあえず逃げましょうか」


 大勢の大人達から生温かい視線を受け、いたたまれなくなったのでその場を去り、そのままクラス分けが貼られている掲示板の近くまで逃げてきた。


「おっ、俺はこの組か」

「うわっ、一番遠いクラスじゃん!」

「同じ中学のやつがいませんように」

「私達、同じクラスだったね!」

「高校でも一緒だね!」


 掲示板の前には自分のクラスを確認する新入生がそれなりの数いて、クラス分けに悲喜交々となっていた。その中でも同じクラスだとはしゃいでいる女子二人が印象に残った。僕達も一緒だったらいいなと思い、桔梗ちゃんに確認する。


「さて、クラス分けを一緒に見ますか? それとも別れて見ますか?」

「あの、別れる意味ありますか?」

「聞いてみただけです。では見ていきましょうか」


 二人で全クラス見るため、迷惑にならないよう人が捌けるのを待ってから一つ一つ名前を確かめていく。


「あっ、佐藤ってありますね。ですけど私じゃなさそうです」

「よかったです。このクラス、桜庭って名字がなかったのでひやひやしました。次を見ましょう」


 そうしてあと二クラスとなった辺りで、桜庭という名字を見付け、すぐ近くに佐藤もあった。念のため名前も見たが、自分達のもので間違いない。


(ありました。一緒みたい――いえ、確率は低いですけど、同姓同名もいないとも限りません)


 一瞬喜びそうになるが、ぬか喜びになる恐れもあると思い冷静になる。隣で見ている桔梗ちゃんも同じ考えなのか、無理矢理喜びを抑えつけたような顔をしている。そして、最後のクラスの確認を終え、掲示板から少し離れた。


「桔梗ちゃん」

「しーちゃん」

「「僕達(私達)、同じクラスでしたね!!」」


 そこで嬉しさを堪えきれず、僕は桔梗ちゃんを抱き締めた。桔梗ちゃんの方もよほど喜んでいたのか、しがみつくように抱き付いてくる。再会したときよりも強く抱き合ったためか、彼女の鼓動が感じられる。


「偶然再会して、家がご近所さんで、クラスも一緒なんて奇跡です!!」

「そうですね。ですけどまだ奇跡と呼ぶには早いですよ。僕達のクラスに行って席順を見ましょう」

「そ、そうですね。席が離れてる可能性も――はぅぅ!!」


 はしゃいでいた桔梗ちゃんが少し落ち着き、一瞬で顔が真っ赤になった。言うまでもないけど僕の顔も同じくらい赤い。抱き合っているのが同い年の女の子だと、今さら気付いたからだ。


「と、とりあえず離れましょう!」

「はぅぅ、た、確かにこれじゃ教室まで行けませんよね!?」

「昇降口はあっちみたいですよ! 遅刻しないうちに行きましょう!!」

「あ、ありがとうございます!」


 示し合わせたかのように同時に離れ、お互いそっぽを向きながら会話する。そうして自分達の教室まで僕達は気まずい空気のまま向かったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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