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第十九話 詩恩くん、母親が襲来する。その二

 桔梗ちゃんと母さんの二人から説明を求められたものの、ドアの前で立ち話すると、隣人である千島先輩に迷惑がかかる。そう判断した僕はひとまず桔梗ちゃんを部屋に上げてから説明することにした。


「桔梗ちゃん。まずは謝らせてください。今日一緒に出かけると約束しましたけど、行けそうにないです」

「その、わかりました。事情があるんですよね」

「ええ。その事情というか、元凶についても説明します。元はといえばこの人のせいですからね」


 母さんがもっと早く、それこそ昨日のうちにでも連絡してくれたら桔梗ちゃんに苦労かけないで済んだのに。僕に恨みがましい目で見られた母さんは、少しばつが悪そうにしていた。


「先約があったのね。それは悪いことをしたわ」

「反省したのなら、今度から前日には連絡してください。桔梗ちゃん、この人は僕の母親の桜庭歌音です」

「えっ!? この方、しーちゃんのお母さんですか!? お若いのでお姉さんだと思いました」


 僕と母さんを見比べ目を丸くする桔梗ちゃん。まあ驚くのも無理はない。桔梗ちゃんの両親ほどではないけど、母さんは年齢より大分若く見られるから。


「あら、まだ小さいのにお上手ね。詩恩、そろそろこの子のこと紹介しなさいよ」

「わかりました。この子は佐藤桔梗ちゃんです」

「えっ、佐藤桔梗ちゃんって、この子があの?」


 桔梗ちゃんの名前のみを母さんへと告げる。たったそれだけで、母さんは目の前にいる女の子の正体を察した様子だった。その上で敢えて僕は桔梗ちゃんとの関係性を口にする。


「ええそうです。僕の幼馴染にして、入院中の僕にずっと手紙を送り続けてくれた大恩人で、僕がここにいたい理由そのものです」

「はぅ?」

「やっぱりそうなのね。大恩人に会ったのなら、あたしとしても認めるしかないし、遥馬さんだって反対出来ないわね」


 一人暮らし以前に、遠方で受験する段階で父さんは反対していたけど、恩人に会って恩返ししたいからという理由を聞いて渋々了承した経緯がある。


「にしても、桔梗ちゃんがこんなに小さな子だとは思わなかったわ――あら、ちょっと待って。確か桔梗ちゃんって、あんたと同い年よね?」

「桔梗ちゃんは正真正銘僕と同い年です。」

「嘘でしょ!! だって、どう考えても計算合わないわよ!?」


 目の前にいる小学生くらいの女の子が僕と同い年と聞かされ、母さんは仰天した。僕も初対面で普通に年下だと思ってたから、気持ちはすごくわかる。


「母さん、いくらなんでもその驚きよう、桔梗ちゃんに失礼ですよ」

「いえ、慣れてますから......」

「本当にごめんなさい! 詩恩の恩人なのに、失礼なことしちゃって」


 どうやら僕の苦言よりも、桔梗ちゃんの悲しそうな顔の方が堪えたらしく、母さんはかなり申し訳なさそうに桔梗ちゃんへ謝罪した。


「いえその、本当に慣れてますから気にしてません。それに恩人というのなら、しーちゃんだって私の恩人ですからおあいこです」


 悪気がなくても容姿や体格といった、自分ではどうしようもない部分をあげつらった相手に怒るどころか、こんな慈愛に満ちた発言が出来る桔梗ちゃんは本当に優しいと思う。


「ねえ詩恩、この子可愛いしすごくいい子ね。あんたがずっと会いたいって言ってて、将来結婚するんだって言い続けてたのもわかるわ」

「はぅぅ!!」

「うぅ!!」


 母さんはしみじみと、僕自身も忘れてるような過去を、よりにも寄って張本人の目の前で掘り起こした。結婚という言葉で僕はもちろん桔梗ちゃんも羞恥で顔が真っ赤に染まる。


「あらあら、詩恩はともかく桔梗ちゃんのこの反応......なるほど面白くなってきたわね」

「何が面白くなってきたんですか?」

「こっちの話よ。ねえ桔梗ちゃん、さっきの失礼のお詫びをさせてちょうだい?」

「お詫び、ですか? 別に私は気にして」

「いいから、ほら何でも言っていいのよ。思い付かないなら詩恩の恥ずかしい写真入りのアルバムを送るけど」

「しーちゃんのアルバム欲しいです」

「桔梗ちゃん!? 母さん!?」


 普段は遠慮深い幼馴染が、母さんの撒いた餌にかかって即落ちした。しかもその餌が僕の恥ずかしい写真入りアルバムなのだから、正直どんな顔していいかわからない。


「なら決まりね。いつ送るか知らせたいから、住所や連絡先も教えて貰えるかしら?」

「わかりました。昔のしーちゃん、すっごく可愛いんでしょうね」

「自慢の息子だからね」


 困惑する僕を無視して、二人の間で取引が進む。桔梗ちゃんが欲しているのが、僕の恥ずかしい写真じゃないところがせめてもの救いだった。具体的には小学校時代に無理矢理女の子の服を着せられたときの写真だ。あれを桔梗ちゃんに知られた恥ずかしすぎるので、あれだけは送らないように言い聞かせておこう。


「あら、桔梗ちゃんこのアパートの近所に住んでるのね」

「はい。近くなのでしーちゃんにお料理を教えるのにすごく便利です」

「詩恩がどこで料理習ったかと思ったら、桔梗ちゃんだったの。これはますますお礼をしないといけないみたいね。詩恩も、わかってるわよね?」

「もちろんです」


 今日だって母さんが来なければ桔梗ちゃんの買い物に一日付き合うつもりだったのだ。ただ桔梗ちゃん自身も母さんと話していて楽しそうなので、出かけるのは別の機会にしようと思う。このあとも桔梗ちゃんと母さんは僕の子供の頃の話で盛り上がったり、一緒にお昼を用意したりしていた。そして、


「そろそろ帰るわね」

「もう帰るんですか?」

「母さん、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「あら、迷惑じゃなかったのかしら?」

「いきなり来られたのはそうですけど、僕は別に母さんは嫌いじゃないですから」


 同年代の男子は母親に反発心はあるだろうけど、僕の場合ずっと病気してたからかそういう感情はあまりなく、恋愛脳な部分以外は素直に尊敬しているくらいだ。父さんに対しては多少思うところはあるが。


「そう。桔梗ちゃん、詩恩のことよろしく頼むわね」

「はい、任せてください♪」

「いい返事ね。今度来る頃には二人ともお付き合いしてるかしら?」

「はぅぅ!!」

「母さん!!」

「うふふ、それじゃあね」


 真っ赤になった僕達を見て、楽しそうに笑いながら母さんは部屋を出ていった。あとに残された僕達の間にはとても気まずい空気が流れ、それに耐えられなくなった桔梗ちゃんは僕にひと言断りを入れ、自宅へと帰ってしまった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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