第十七話 詩恩くん、桔梗ちゃんを宥める
桔梗ちゃんに膝枕をしてから、そろそろ一時間になる。たまに膝の上で桔梗ちゃんがもぞもぞと動いているので、もう起きてもおかしくない。一方、その間ずっと正座し続けていた僕は足のしびれを感じていた。
(これは、桔梗ちゃんが起きたときに身動き取れませんね)
逆に動かない方が醜態を晒さなくて済むかもしれない。こうなったら桔梗ちゃんが部屋を去るまで正座を続けてやろうと心に決め、目覚めるのを待つ。
「はぅ、あれ?」
「起きましたか?」
「えっと、どうしてしーちゃんが......はぅぅぅぅっ!!!」
膝枕から起きた桔梗ちゃんは、少しの間ボンヤリしていたけど、やがて自分の置かれた状況に気付き、鳴き声を上げながら飛び起き、すぐさま土下座の体勢に移り、
「すみませんすみません! 私しーちゃんに何てことを!!」
予想していた通りに何度も頭を下げ続けた。僕としては別に気にしてないのだけど、そう言っても動揺している桔梗ちゃんには届かなさそうだ。
「いいですよ。それより深呼吸して、落ち着いてください」
「ですけど」
「いいから吸って」
「すぅー」
「吐いて」
「はぅー」
なので彼女を落ち着かせることを優先し、深呼吸するように指示した。素直に聞いてくれたので助かった。
「落ち着きました?」
「はぅぅ、何とか」
「そうですか。ではさっきの膝枕ですけど、僕が勝手にしたことですから、気にしないでください」
桔梗ちゃんの可愛らしい寝顔を堪能出来たし、むしろ僕としては役得だった。後で確実に訪れる足のしびれを含めても余裕でお釣りが来る。
「その、それでもしーちゃんのお家で眠ってしまったのはよくないことですから、お詫びしたいです」
「お詫びと言われましても、日頃お世話になっている件で桔梗ちゃんにはお礼をしないといけないくらいですし」
家事を教わった今でも、夕食だけは桔梗ちゃんが作ってくれている。その恩を幼馴染だからという理由で返さず甘えるのはよくない。
「日頃のお世話って、それは別にお返しされなくても」
「でしたら僕もお詫びは必要ありませんよ」
「それは申し訳ないです。お礼は要りませんけど、お詫びはさせてください」
桔梗ちゃんは中々頑固で、このままでは堂々巡りになることを予測した僕は禁じ手を解放することを決めた。
「わかりました。どうしてもお詫びしたいというのなら、いつもお世話になっているお礼を返す機会を僕に与えてください」
「しーちゃん、そんな言い方はずるいです」
「わかってます。ですけど僕はこれ以外のお詫びを受け付けるつもりはありませんからね?」
「......わかりました」
最終的に桔梗ちゃんが折れてくれたが、こんな風に相手の善意を利用するのはあまりよろしくないので、今後この手段は封印しようと思う。幼馴染に嫌われたくないからね。
「桔梗ちゃんの了解も得られたことですし、いつお出かけしますか? 別に今からでもいいですけど」
「それはちょっと......しーちゃんとのお出かけは準備してから行きたいですから」
「そうですか。でしたら桔梗ちゃんの都合のいい日で構いませんよ。ただ、もう学校も始まりますから、出来たら準備が忙しくなる前で」
別に入学式以降の暇な日でも構わないといえば構わないけど、二人で出かけているところを見られて、噂になると色々面倒だ。
「ですね。あの、明日なんてどうですか?」
「いいですね。でしたら明日一日、僕に桔梗ちゃんの時間をください」
「はぅぅ///」
ちょっと気取った言い方をしてしまったためか、桔梗ちゃんが照れてしまった。正座しながら言ったのも拍車をかけたのかもしれない。赤い顔のまま、桔梗ちゃんは勢いよく立ち上がり、
「あ、あの! 明日を楽しみにしてますね」
「はい」
「そ、それではちょっと家に戻りますね! 眠って髪も乱れてますから」
そう言い残し、桔梗ちゃんは逃げるように部屋を退出していった。ドアの向こうから外階段を下りる音が聞こえてきて、僕はようやく足を崩した。
「お、おぉぉぉっ!!」
その瞬間、これまでに蓄積された足のしびれが僕を襲った。ただ正座していただけでなく、小さくとも人の頭を乗せ続けたことによるすねから足首に至るまでのダメージは大きかった。
「あぁぁぁぁ!」
足を抑えながら悶え苦しむこのザマを、桔梗ちゃんに見られなくて本当によかったと思う。よく見られたいとか格好悪いところを見せたくないとかじゃなくて、桔梗ちゃんが僕のこんな姿を見たらきっと罪悪感で落ち込んでしまうだろうから。
(そう考えれば、我慢したかいがあるというものです)
そうしてしばらく足のしびれに苦しんだのだけど、桔梗ちゃんが戻る頃にはすっかり取れていた。
「あの、今日のお夕飯は何がいいですか?」
「冷蔵庫に残ってる食材で作れるものなら、何でも」
戻ってきた桔梗ちゃんに夕飯のメニューを聞かれたので無茶振りしてみた。料理初心者の僕では、冷蔵庫の食材を見て何を作れるか判断するのは難しいから。
「それが一番困るんですけど......肉じゃがにします」
「ありがとうございます。手伝いましょうか?」
「......いいですけど、味付けは絶対に私がします」
最近、彼女と一緒に料理を作るときは、必ずこう言われるようになった。原因は僕が隠し味と称して変なアレンジしようと画策するからである。
「大丈夫ですよ。次は」
「しーちゃんはまず基本から覚えましょう。せっかくレシピ通り作れるんですから」
「残念です」
いつか桔梗ちゃんを驚かす料理を作ってみたいと思いながら、二人で肉じゃがを作ったのだった。
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