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第十六話 詩恩くん、桔梗ちゃんに膝枕する

 こちらで一人暮らしをはじめてから、すでに一週間近くが経った。生活は順調で個人的に心配だった料理も、桔梗ちゃんから教わったおかげで多少は自炊出来るようになった。


(今の調子ならこれからも一人暮らしを続けられそうですね)


 当初から言われていたことだけど僕がだらしない生活を送っていると判断された場合、僕の意見は関係無しに久遠兄さんの実家へ引っ越さなければならなくなる。しかし、その久遠兄さんとの電話でも今のところは問題ないと言われてるし、母さんや伯父さんがいきなり確認しに来ても整頓されているので大丈夫だ。桔梗ちゃんが訪ねてきているタイミングでさえなければだが。


(伯父さんなら普通に友達が遊びに来てるって説明で済みますが、母さんはそれだけじゃ済まないんですよね)


 何しろ僕の母親は、僕がちょっと女の子と仲良くしているのを見ただけでテンションが上がるのだ。そんな母親に昔病院で会った女の子と再会し、懇意にしているなどと知られればどうなるかは言うまでもない。まあその悪癖のおかげで僕がこっちに進学したいという要求が通ったから、痛し痒しだけど。


(とりあえず母さんには抜き打ちで来ないよう、近いうちに釘を刺さないといけませんね)


 もっとも、両親がいるのはかなりの遠方で、さらにうちは共働きの家庭だから来ようと思ってもそうそう来られないとは思う。父さんの方は仕事が忙しいし生活リズムが特殊な人だからまず来ないと思うけど。


(生活リズムといえば、僕のも一人暮らしを始めてそれなりに変化してきましたね)


 元々僕は年相応に夜が遅かったのだけど、桔梗ちゃんからおやすみのメッセージが送られてきて以来、夜更かしは避けるようになった。


(同い年の女の子から九時前におやすみなさいと送られてきて、実際その時間に寝ているとを知ったら、早寝早起きを心掛けたくなりますよね)


 九時はさすがに早すぎて真似しようと思わないけど、実家にいた頃に比べたら三十分は早寝になり、規則正しい生活を送っている。そして朝起きたときにもおはようのメッセージのやり取りも数日前からはじめた。


(それでわかったことですけど、あの家の人って、朝が早いんですよね)


 桔梗ちゃんは六時半に起きているそうだけど、鈴蘭さんや楓さんは朝食の準備をするためさらに早くに起きるらしい。やはり愛する人がいると頑張れるのだろうか。


(ただ、桔梗ちゃんには恋はまだ早そうですけど)


 そう思う理由は彼女が子供っぽいところがある――ではなく、一人暮らしの男の家に上がり込む無警戒な女の子だから。もっとも、僕のことを男扱いしていない可能性もなきにしもあらずだけど。


(そうじゃなかったら、こんな風に人の家でお昼寝しないでしょうからね)


 ふと隣に目を向けると、桔梗ちゃんが畳を枕にしてすやすやと寝息を立てて眠っている。一緒に昼食を食べたあと、僕と話したり持ってきた本を読んで過ごしていたが、いつの間にか睡魔に負けたようだ。


(熟睡してるみたいですし、毛布を掛けてあげましょうか)


 多少暖かくなってきてはいるけど、今はまだ三月の下旬なので何も無しで寝ると風邪を引く。ましてや桔梗ちゃんは僕と同じで体が弱い。そのため体調を崩さないように毛布を上から掛けてあげた。その間もずっと無防備な寝顔を晒していて、その顔を見ていると不思議と心が安らぐ気がした。


(下が畳なので顔にあとが残りそうですよね。ならこうしましょうか)


 そう考え、僕は彼女のすぐ傍で正座して、その頭を少し持ち上げ僕の太股の上に乗せた。所謂膝枕というやつだ。普通は女の子が男の子にしてあげるものだけど、別に男の子が女の子にしたらいけない理由はない。


(そもそも、恋人でもない相手に何やってるんだって思わなくもないですけど)


 しかもされている本人には無許可で。きっと桔梗ちゃんが目を覚ましたら驚いて、こっちが申し訳なくなるくらい謝ってくるだろう。その光景がすぐさま頭に浮かび、僕は苦笑した。


(僕が勝手にしてることで、謝られる理由もないですけど)


 むしろ幼馴染とはいえ、年頃の女の子の頭に触れ、自らの膝に無理矢理乗せたことは謝罪すべき案件だと思われる。そもそも謝って許してくれるかは別問題だろうが。


(しかし、今さら下ろすのもどうかと思いますし、下ろしてるときに起きたら絶対に誤解されるでしょうから、起きるまでこのままにしておきましょう)


 してしまったものは仕方ないと、僕は開き直った。一応桔梗ちゃんほ顔に畳のあとを付けさせないためという理由はあるけど、だったら枕なりクッションなりを用意すればよかったわけで、膝枕を選んだのは完全にその場のノリでしかなかった。


(それにしても、可愛い寝顔ですよね)


 寝顔を見せるのは安心しきっている証拠とはいうけれど、もしそうなら単純に嬉しい。僕達が再会して一週間しか経っていないにもかかわらず、そこまで信じてくれているのだから。だとしたら、この信頼を損なわないようにしないとならない。


(これからもっと、桔梗ちゃんのことを大切にしないとですね)


 そんなことを考えながら、僕は彼女が目覚めるまでの間ずっと寝顔を眺めながら、その長い黒髪を労るように撫でたり、柔らかいほっぺを突いたりして過ごしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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