第十四話 詩恩くん、桔梗ちゃんとご飯を食べる
桔梗ちゃんとのスーパーでの買い物は、僕にとって大変参考になることがいくつもあった。陳列されている商品の位置から効率的な買い物の仕方を考えたり、色や形で食材の善し悪しを見分けたりなどだ。
(本当、桔梗ちゃんっていいお嫁さんになりそうですよね)
思い返しながら心の中でそんな感想を抱いた。もちろん本人に言ったら真っ赤になって照れてしまうのはわかりきっているので言わないけど。というか今言ったら大惨事になる。
(何しろ、桔梗ちゃんは今料理中ですからね)
町の案内と家事を教えて貰うという話だったので、今日はこれから部屋で昼食にして再度出かけることになっている。そこまではいい。問題はどうして家事を教えて貰うべき僕が居間にいて、桔梗ちゃんがキッチンにいるかというと、
『あの、今からお料理作りますから、しーちゃんは居間で待っていてください』
『えっ、手伝いとか見たりするのも駄目ですか?』
『......お手伝いはお夕飯のときにお願いします。見られるのも緊張しますから、今回はちょっと』
というわけで、桔梗ちゃんにすべてを任せて僕は一人待つこととなった。もっとも、昨日の鍋のこともあり、桔梗ちゃんの料理に不安は一切感じていないのだけど。
(とはいえ、何もしないのは申し訳ないですね。せめて皿とかの準備はしましょうか)
ふすまの向こうから聞こえる音が止んだら、手伝いを申し入れようと思う。今のところ聞こえてくるのは何かを油で揚げる音なので、揚げ物の最中なのだろう。
(揚げ物ですか。唐揚げなら最高ですけど、天ぷらやエビフライ、コロッケなんかも好きなので楽しみですね)
スーパーで買っていた食材から考えると、エビフライ以外は可能性がある。揚げ物という僕の好物を女の子が作ってくれるのだ。楽しみにならない理由が無い。
(ちょっと見るくらいなら......って、駄目ですよ!!)
僕は無意識にふすまに指をかけ開けようとしていた。だが料理中に下手に顔を出して、驚いた桔梗ちゃんが変な失敗をしかねないと考え、すんでの所で思い留まった。
(危なかったですね)
桔梗ちゃんは普段何も無いところで転ぶような子なのだから、料理中特に揚げ物の途中で驚かせるような行動は禁物だ。とにかく揚げる音が止むまで大人しくしていよう。しばらくボンヤリしていると音が止んだのでふすまを開け、皿に盛り付け中の桔梗ちゃんへと話しかける。
「桔梗ちゃん、運ぶくらいはしますよ」
「はぅぅ、しーちゃん。見てたんですか?」
「音が止んだのでそろそろかなと思いまして。作ってたのは唐揚げだったんですね♪」
ここでようやく、桔梗ちゃんが作っていたものが何なのか判明し、自然と声が弾んだ。
「好物だと昨日伺いましたから。ですけど、本当に嬉しそうですね」
「当然ですよ。久し振りに再会した幼馴染が、僕のために用意してくれたんですから」
そもそも女の子が自分の家に来て料理を作ってくれるというシチュエーションで、喜ばない男子はいないだろう。日頃から女子扱いされる僕だけど、こういうところは男なんだとあらためて自覚する。
「そんなに喜んでいただけてると、お口に合うか不安になります」
「大丈夫ですって。ささ、桔梗ちゃんも居間に来て一緒に食べましょう。そのためにスーパーで予備の箸と茶碗を買ったんですからね」
桔梗ちゃんに料理を教えて貰う関係上、彼女にも食べて貰った方が上達が早くなると思い買っておいたが、早速役に立った。桔梗ちゃんの分も用意しつつ、料理をテーブルに運んだ。
「はぅぅ、しーちゃん強引です」
「ふふっ、僕は元々こうなんです。幻滅しました?」
「いえ、そういえば昔のしーちゃんもそうだったなと思い出しました」
居直る僕を見て遠慮がちに笑う桔梗ちゃん。確かに昔の僕はいつ死ぬかわからないと思っていたから、その不安の裏返しで特に強引でワガママだった。
(だけど、そういう部分をわかった上で再会を望んでいた桔梗ちゃんは、どれだけ優しいんでしょうか?)
心の中で桔梗ちゃんの株がまた上がる。とはいえ恩人として扱うと逆に迷惑になるのは千島先輩に諭され自覚したので、なるべく普通に桔梗ちゃんに接しようと思う。
「なら何の問題もないですね。では、冷めないうちに食べましょう」
「はい。その、しーちゃん」
「「いただきます」」
手を合わせ、いただきますと挨拶をした直後から、桔梗ちゃんは箸を動かすことなくじっと僕を見つめている。うん、どう考えても最初に唐揚げを食べないと駄目だよね。
「~~~!!」
桔梗ちゃん特製の唐揚げを口にした僕は、一瞬言葉を失った。美味しいことはわかっていたのだけど、僕の想像を超えるほどに美味であり、好みのど真ん中の味だったのだ。
「あ、あの......しーちゃん? もしかしてお口に合いませんでした?」
「......美味しい」
「はぅ?」
「美味しいですよ、桔梗ちゃんの唐揚げ。僕が今まで食べた中でも一番に」
「は、はぅぅぅぅ!!」
ほとんど語彙が消滅した僕の言葉に、文字通り跳び上がるように喜ぶ桔梗ちゃん。伝わったのならよかったと、僕は胸を撫で下ろした。
「桔梗ちゃんも、食べてみてください」
「はい。あっ......これまでで最高の出来です♪」
「そうですか。ならもっと食べませんとね」
自信が無い桔梗ちゃんが絶賛するほどの唐揚げを僕は味わって食べ、無くなる頃には満腹になっていた。
「桔梗ちゃん、ごちそうさまでした」
「お粗末様です。お片付けしますね」
「あっ、一緒に片付けますよ。揚げ物したあとの油の処理とか知りたいですし」
「わかりました。でしたら動けるようになったらお教えください」
僕が身動き取れるようになってから片付けをして、再び二人で外に出掛け、桔梗ちゃんの行きつけのお店などを教えて貰ったのだった。
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