表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/156

閑話 詩恩くん、楓花ちゃんと勉強会する

 色々あった文化祭から二週間が過ぎた日曜日の午後、僕は桔梗ちゃんを連れて日比谷家を訪れていた。目的はもちろん受験生である楓花さんに勉強を教えるためだ。玄関の呼び鈴を鳴らすと楓花さんの母親である桃花さんが僕達を出迎える。

 

「こんにちは、桃花さん」

「いらっしゃい詩恩君。そっちの子ははじめましてよね?」

「は、はい。しーちゃんの婚約者の佐藤桔梗です」

「そうなの、こんやく......婚約者!? えっ、この子が!?」

 

 たおやかな笑みを浮かべていた桃花さんだったが、婚約者と聞いて驚いていた。付き合ってる子がいること自体は伝えてたけど、細かい部分は言ってなかったのでこういう反応になるのも当然か。

 

「ええ。僕の幼馴染であり、大恩人の婚約者です。こういう見た目ですけど僕と同い年なんですよ?」

「いえ、見た目にも驚いたけど婚約者って、二人とも高校生よね?」

「むしろ高校生だからこそ、家族と相談して婚約という形にしているんです。それに婚約者と言っても手は出してませんし、学生らしい健全なお付き合いをしています」

 

 自分で言ってて嘘くさい発言だなと思うけど、実際キス以上のことはしてないので学生らしい交際の範疇は超えてないはずだ。二日に一度彼女の部屋で堂々と同衾している事実からは全力で目をそらすけど。

 

「佐藤さん、そうなの?」

「は、はい。私、極度に緊張すると気絶する体質でして、お付き合いしてからキスするだけでも苦労しましたので」

「変わった体質してるのね。さてと、あんまり長話しててもあれだし娘の部屋に案内するわね。靴見て貰ったらわかるけど、友達と勉強会してるのよ」

 

 そう言われて視線を下に向けると、女性もののパンプスが一足とスニーカーが二足並んでいた。日比谷家の家族構成は両親と娘一人だったはずなので、どちらかのスニーカーがその友達のものだろう。

 

「ご友人と勉強会、ですか?」

「そうなのよ。あの子が言うには親しくなった相手が同じ志望校で、このままだと成績的にちょっと危なそうだったから面倒を見ることにしたそうよ」

「なるほど。でしたらその子も含めて教えるとしましょうか。ね、桔梗ちゃん?」

「そうですね。私も少しはお役に立てるかなって思います」

 

 元々、年頃の女の子の家に親戚とはいえ男が上がり込むのはどうなのかという理由で桔梗ちゃんを連れて来たんだけど、勉強を教える対象が二人なら桔梗ちゃんにも役目はあるだろう。

 

「助かるわ。あれでいてあの子友達作るの苦手だから、受かってもその後で孤立しないか心配だったのよ。この部屋がそうだから、あとはお願いね二人とも」

 

 そう言って楓花さんの部屋の前まで案内し、桃花さんは戻っていった。とりあえずドアをノックすると『はーい』という返事の後、

 

「詩恩さん、勉強会に来てくださってありがとうございます。それに桔梗お姉ちゃんも」

「はい。私も来ちゃいました♪」

「サプライズのつもりで連れて来ましたが、構いませんか?」

「大丈夫ですよ。むしろ詩恩さんだけで来てたら怒るところでした。婚約者がいるのに女の子の家に一人で来るなって」

「楓花さんに怒られなくてよかったです。あまりご友人を待たせても悪いですし、早速部屋に上がらせて貰いますね」

「そうですね。お二人とも、どうぞ」

 

 楓花さんに促され部屋に入る。大体桔梗ちゃんの部屋と同じくらいの広さで、全体的に落ち着いた雰囲気でありながら女の子らしさも感じられた。部屋の中心には小さなテーブルがあり、そこには一人の女の子が力尽きたように突っ伏していた。

 

「楓花~、お客さん来たなら休憩しようよ~」

「花梨、疲れてるのはわかるけどはしたないよ?」

「いいじゃんこんくらい......んんっ、楓花が二人いる~~~っ!?」

 

 テーブルの天板に頬をくっつけ突っ伏していた彼女は、僕と楓花さんを見ると驚きのあまり飛び起き僕達を二度見した。花梨と呼ばれた少女は明るい色の髪に少し日焼けした肌を持っていて、どことなくギャルっぽい印象を受けた。

 

「似てるけど別人よ。花梨、この人が今日の助っ人で私のはとこの桜庭詩恩さんだよ。詩恩さん、この子は私の友達の名城花梨です」

「桜庭詩恩です。名城さん、でいいですか?」

「花梨でいいって詩恩パイセン。つかこんだけ楓花と似てて姉妹じゃないん?」

「ええ。それどころか楓花さんと知り合ったのもごく最近なんですよ?」

「そうなん? だったら詩恩パイセンもあーしと同じだね」

 

 そう言って人懐っこい笑みを浮かべる花梨さん。どうやら彼女は知り合って早々にグイグイ距離を詰めてくるタイプのようで、それに楓花さんが絆されて今の関係になったのだろう。

 

「花梨、いくら私のはとこだからって勉強教えてくれる先輩なんだし、敬語くらい使おうよ?」

「あっ、そうだった。詩恩パイセンすみませんでした!」

「別に構いませんよ。これから長い付き合いになるでしょうから、フランクに接していただいた方が気が楽です」

「あざっす詩恩パイセン」

「もう、花梨ったら調子いいんだから」

 

 軽い返事をする花梨さんに呆れた様子の楓花さん。二人ともいつもこんな感じなんだろうなと思いつつ何となくドアに目を向けると、未だに部屋の外で突っ立っている桔梗ちゃんの姿が目に入り、思わずため息をついた。

 

「桔梗ちゃん、初対面の相手に緊張するのはわかりますけど、いい加減こちらに入って来てください」

「わ、わかりました。し、失礼します」

「何々、もう一人先輩いる―――って、ええええ~~~~~っ!!」

 

 花梨さんは部屋に入ってきた桔梗ちゃんの姿を目の当たりにして、先程以上に驚いていた。無理もない、もう一人先輩がいると聞かされて出て来たのがどう見ても年下の女の子だったのだから。

 

「花梨、うっさい」

「だだだだだって、どっからどう見てもガチロリっ子じゃん!? えっマジでこの子先輩なん?」

「は、はい......これでも高校一年生、です」

 

 消え入りそうな声で花梨さんにそう答える桔梗ちゃん。僕も楓花さんも初めて会ったときに桔梗ちゃんを子供扱いしてしまったため何も言えなかった。

 

「す、すみませんでした~~~~!!」

「い、いえ。慣れてますから......ふーちゃんのお友達さん、ですよね? 私は佐藤桔梗です」

「そうです桔梗パイセン。あーしは名城花梨。呼ぶときは花梨でいいですよ?」

「わかりました。あとその花梨ちゃん、敬語じゃなくていいですよ? 私のこれは癖みたいなものですから」

「じゃあ普通に話すわ。これからよろしくっす、桔梗パイセン」

「は、はい」

 

 握手を求める花梨さんに応じ、手を握る桔梗ちゃん。こういうタイプは苦手だと思ってたけど、意外と早く仲良くなれたようだ。

 

「ふふっ、とりあえず自己紹介も終わりましたし、そろそろ家庭教師の仕事を始めるとしますか」

「え~、もうちょい話しようよ桜庭パイセン」

「今回は花梨に同意。それに詩恩さん、花梨にまだ話してないことありますよね?」

「話してないこと......ああ、僕が男だとか桔梗ちゃんと婚約してることですか?」

「ぷっ、あははっ!! 桜庭パイセンその顔とスタイルで男は無理あるっしょ!」

 

 正直に話したのに散々な言われようだった。まあ僕が花梨さんの立場なら同じこと思ったかもしれないから文句は言わないけど。

 

「見た目がそうなのは否定しませんが、これでもちゃんとした男ですよ。ね、桔梗ちゃん?」

「は、はい。しーちゃんが男性なのも私と婚約者なのも本当です」

「......マジなん? あーしを騙してるとかじゃなくて?」

「信じられないと思うけど事実よ花梨。というか嘘つくなら自分と同じ顔の人を男だなんて言わないし」

「は、はあぁぁぁぁぁっ!? こんな美少女なのに男だなんて、世の中理不尽すぎじゃん!!」

 

 僕が男だと信じていなかった花梨さんだったが、楓花さんのひと言でようやく理解してくれたようで、世の不条理を嘆いていた。いやたかが僕の容姿一つで話大きくなりすぎじゃない?

 

「わかる。私なんて自分と同じ顔の人がいると思ったら男の人だったんだから」

「だよね!! これで美容にまったく気を遣ってないとかだったら有罪だけど、その辺どうなん?」

「ひとり暮らしする前は母さんに言われて気を付けてたんですが、日々のケアすらサボってたせいで桔梗ちゃんに怒られました」

「髪の毛大分傷んでましたからね」

 

 化粧っ気のない桔梗ちゃんですらケア自体はしているとの話なので、女子って大変だなって心の底から思う。

 

「努力して綺麗を保ってるなら許せるっす。つか詩恩パイセン、メイクしていい?」

「今度時間が空いたときならいいですが、今は家庭教師の時間なので駄目です」

「じゃあ、あーしが真面目にやって無事に合格出来たら、詩恩パイセンのこと好きに弄ってもいい?」

「それでやる気が出るのなら構いませんよ」

「だったら私は桔梗お姉ちゃんを着せ替えさせよっかな」

「は、はい。いいですよ」

 

 僕と桔梗ちゃんを着せ替えさせるだけで、二人が頑張るのなら安いものだと思う。この数ヶ月後、合格した二人に僕と桔梗ちゃんは着せ替え人形にさせられることになるのだが、それはまた別のお話。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ