第十三話 詩恩くん、桔梗ちゃんと出かける
家事を終え、何となく携帯を確認すると桔梗ちゃんからメールが届いていた。内容は僕の部屋にある調味料や調理器具がどれだけあるのか教えて欲しいというものだった。確かに必要だなと思った僕は、桔梗ちゃんが来るまでの間にキッチンにあるものの数をメモしておいた。
(こんなものでしょう)
キッチン用品などはすべて両親や伯父さん達が用意してくれたものなので、僕には使い方がわからないものが含まれている。その辺は桔梗ちゃんに聞いてみようと思いつつ彼女を待つ。
「あの、しーちゃんいますか?」
「いますよ。桔梗ちゃん、上がってください」
十分後、訪ねてきた桔梗ちゃんを部屋に上げ、来客用のスリッパを差し出した。大人用サイズだったので、全体的にミニマムサイズの桔梗ちゃんにはブカブカだった。
「動き辛いでしょう? 近いうちに桔梗ちゃん用のスリッパ買いますね」
「はぅぅ、申し訳ないです」
「いえいえ、僕は桔梗ちゃんに家事を教わる立場ですし。それよりお茶を出しますので居間に通しますね」
「その、お茶はお買い物のあとでいいですよ。先にしーちゃんのお部屋に何があるのか把握しておきたいですし」
「でしたら、このメモに書いてあります」
僕から渡されたメモをじっくりと眺める桔梗ちゃん。ひとしきり見てから書かれてあるものがどこにあるのか聞かれたので、一つ一つ教えて確認して貰った。その作業中に、いまいち使い方がわからないものがあったので、この際だから聞いてみることにした。
「あの、これ何に使うんですか?」
「これはピーラーっていって、お野菜の皮むきに使うんです。包丁でも皮むきは出来ますけど、慣れないうちは手を切ってしまいますから」
「なるほど」
僕の質問に桔梗ちゃんは丁寧に答えてくれた。他にも複数ある鍋のそれそれの名称や使い方や、大さじと小さじ、少々とひとつまみの違いについても解説された。
(本当に桔梗ちゃんって、料理上手なんですね)
その知識量に感心している間に確認作業が終わったようで、桔梗ちゃんは静かに頷き、メモを僕に返却した。
「大丈夫ですね。お料理に必要なものは食材以外一通り揃ってます」
「桔梗ちゃんがそう言うのなら安心ですね」
「私も、しーちゃんの家に食材が無いと聞いていたので、最悪お鍋やサラダ油が足りないかもと不安に思ってました」
「あはは......」
実のところそうなる可能性もあり得たので笑って誤魔化しておく。用意してくれた両親や親戚に感謝しないと。ともあれ必要なものが食材だけだというのなら、僕や桔梗ちゃんでも持ち歩けるだろう。
「それでは、そろそろ行きましょう。しーちゃん」
「わかりました。ところで桔梗ちゃん、今日ってどんな感じで町の案内をされるんですか?」
「はぅ?」
「午前中だけ使って買い物のついでに案内するのか、午前中に買い物してお昼から本格的に案内するのかってことです」
「......!!」
キョトンとする桔梗ちゃんに噛み砕いて説明したところ、後者の意見を聞いてハッとした表情を浮かべていた。どうやらその発想が無かったらしく、午前中だけで済ませるつもりだったみたいだ。
「まあ、桔梗ちゃんにも予定はありますし、簡単な案内でも全然」
「予定なんてありませんからしーちゃんと午後からもお出かけしたいですお願いします!!」
僕が言い終わる前に桔梗ちゃんは早口で自身の意向を伝えてきた。そのあまりの必死さに、ちょっと意地悪だったかなと心の中で反省する。
「わかりました。でしたら午前中は買い物に行って、一度お昼ご飯に戻ってからまたお出かけしましょう」
「はい!!」
わかりやすいくらい嬉しそうにしている桔梗ちゃん。そんな彼女を連れて部屋を出る。外は晴天で、早朝に比べて風も弱まり大分暖かくなっていた。
「そういえば土橋さんから聞いたんですけど、この辺ってコンビニやお店は無いんですよね?」
「その、無いですね」
アパートを出発してすぐ、もしかしたら地元民しか知らない個人商店なんかがあるのではという期待を込めて桔梗ちゃんに質問する。しかし、桔梗ちゃんにすぐさま否定されその期待は脆くも崩れ去った。
「そうですか。昔も無かったんですか?」
「はい。この辺りって私が生まれるより前から住宅街だったみたいで、お店が出来ても長く続かなかったらしいですよ」
「そういうものですかね」
古くから住宅街で、店が近くに出来たのならむしろ繁盛しそうなんだけど。その店が住民の需要と合わなかったのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
(つまり、外食や買い食いするにも、ちょっと行ってくるってわけにはいかないんですね)
どおりでこの時期まで部屋が空いていたわけだ。一人暮らしする学生にとってコンビニや外食チェーン店は強い味方であり、それが近くにないアパートは選ばれなくても不思議はない。
(もっとも、僕にとってはありがたかったですけど)
こうして桔梗ちゃんや、千島先輩と再会することが出来たのだ。多少不便なことくらい、大した問題にならない。ましてや、その桔梗ちゃんと親睦を深められると考えれば、逆に不便さに感謝したくなる。
「しーちゃん? 先ほどからどうされました?」
「いえ、こうやって桔梗ちゃんと二人で出かけるの、初めてだなと思いまして」
「はぅぅ、そ、そうですね」
真っ赤になる桔梗ちゃん。僕がここにいた頃は、僕も桔梗ちゃんも体が弱くて病院から出られなかった。だからこそこれからは二人で様々な場所に出かけたい。そう思いながらスーパーへと僕達は向かったのだった。
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