体育祭編 第七話 詩恩くん、体育祭を終える
仮装競走が終わったあと、僕は応援に専念した。暑かったのでジャージを脱いだのだけど、どうせなら雪女姿で応援して欲しいというリクエストを何度かされた。もちろん丁重にお断りして、ついさっき最後の種目となる団対抗男女混合リレーが終わった。
「最終結果はまだ出てないが、何だかんだで僕達頑張った方じゃないか?」
「そうですね。特に明日太は二人三脚で目立ちましたし」
「あれは状況に助けられただけだ。それを言うなら詩恩の方こそ、玉入れや仮装競走で目立ってただろう?」
閉会式が始まるまでの間、それなりに暇だったので明日太と駄弁りながら今日の体育祭について感想を語り合う。ちなみに桔梗ちゃんは鈴蘭姉さんと一緒に三年の女子に文字通り可愛がられていて、御影さんはそれを何とか止めようとしていた。
「玉入れはともかく、仮装競走は悪目立ちしてただけですよ」
「そうでもないと思うが。というか詩恩、入学してすぐの頃女装に抵抗あるって中宮達に言ってなかったか?」
「直接聞いたわけでも無いのによく覚えてますね。まあ今でこそどんな格好をしていても僕は僕って考え持ってますけど、当時は違いましたからね」
あの頃というか桔梗ちゃんへの恋心を自覚するまでの僕にとって男物の服は自らの性自認を守る最後の砦であり、たとえ女物の服の方が体に合っていたとしても男物の服を着なければ精神が服に引っ張られて自分を見失うという、一種の強迫観念に支配されていたのだ。
「なるほど。確かにお前みたいな外見で女装なんてしてたら、自分の性別がわからなくなるのも無理はないよな」
「ええ。昔母さんのお店の宣伝で女装した後、しばらくの間鏡の前で僕は男だとひたすら自分に言い聞かせてましたから」
母さん達が選んだ服が女物だとわかりやすかったのと、自分の中で『女装は仕事で一時的にしてるだけだからセーフ』みたいな折り合いをつけられなかったら危なかった。
「そうか。だとしたらどんな格好をしていても自分は自分なんて考えられるようになったのは、間違いなく成長だな」
「ええ。おかげで色々楽になりました」
「話を戻すが目立ってたといえば千島先輩も大概だったよな」
「大分戻りましたね!? 確かにそうでしたけど」
ツッコみつつも明日太の話に同意する。雪片兄さんが俵運びで見せたパワーは綱引きでも通用し勝利に大きく貢献していた。さらに最後の団対抗リレーでは足の速さを見せつけ、身体能力の高さを遺憾なく発揮し瞬間的にだがトップに躍り出た。
「ただそれでも一番目立ったのは、最後逆転勝ちした三年の武藤先輩でしょうけど」
「そうだな。あまりに劇的だったし今年のMVPになるだろうな」
バトンミスで最下位に落ち込んでからの逆転勝利という、文句のつけようのない大活躍だったので、武藤先輩がMVPでも誰からも異論は出ないと思う。
「そうだな。もう閉会式が始まるみたいだから、そろそろ行くぞ」
「ええ。疲れましたし閉会式と掃除を早く終わらせて休みたいです」
もう終わりだと意識すると、競技中は感じていなかった疲労感がどっと押し寄せてきた。多分明日は筋肉痛になるなとちょっとだけ憂鬱になりながら閉会式に参加し、来賓の挨拶やら何やらの後に各団の成績が発表された。
(僕達は三位ですか。個人的にも頑張った方ですよね)
うちの団の成績は総合三位とちょうど真ん中で、思い返してみるとそんなものかなと納得のいく結果だった。僕個人としては最後までやり切ったと胸を張って言える体育祭だった。
『さて今年のMVPですが、三年の武藤恭二くんでした! 個人成績も高かったですが、やはり最後のリレーでの逆転劇が決め手になりましたね』
ひとり心の中で満足している中結果発表は続き、個人賞として各学年男女別の成績トップの生徒の名前が挙げられ、さらに新人賞やMVPも選出され壇上で表彰された。
『武藤くん、本日の体育祭を振り返って如何でしたか?』
『今年の体育祭は俺達三年にとって最後の体育祭で、その一番最後の種目でこんな大活躍するとは俺自身でも思わなかった。多分一生自慢出来る想い出になると思う』
『最後の逆転勝ちは格好良かったですからね。それでは武藤くん、ありがとうございました!』
表彰の後司会者からインタビューを受け感想を述べる武藤先輩。彼含む本日活躍した人達へと盛大な拍手が湧き起こり閉会式は幕を閉じた。後は最低限の片付けだけ行って解散となる予定だったのだが、実行委員の人達の「後片付けを休み明けにやるよりも今終わらせた方が面倒無くていいよね?」という発言に多くの賛同の声が上がったため、全校生徒で後片付けを行うことになり夕暮れの中いつもの四人で帰ることとなった。
「ようやく終わりましたね。皆さんお疲れ様です」
「一番お疲れなのはしーちゃんだと思います」
「だよね。女装くらいなら予想してたけど、あんな際どい格好で出て来るなんて思わなかったよ」
「よくもまああんな服で学校側の許可が下りたな」
「実はアウトだったみたいで、実行委員の人達が怒られてました」
事前の話では貸衣装屋からレンタルした衣装を使うと説明していたけど、ハズレ衣装はインパクトを重視して服飾部から借りたと実行委員が供述していた。だからあんなパンチラ上等な雪女コスプレを用意出来たのかと妙に納得したくらいだ。
「やっぱり駄目だったんだね。というか服飾部の手作りなんだあれ」
「遠目ですけど肩が出ていて丈が短い以外はちゃんとした作りに見えましたけど」
「ええ。コスプレ衣裳としてもかなり本格的で、着心地も悪くなかったですよ」
本格的な着物だったからこそ帯を締めるのにかなり苦戦して着替え終わるまでに時間かかったし、着替えたあとも下着が見えないよう気を付けて走らないといけなかったけど、それはあくまでも仮装競走で着ることになったから出た不満で、普通に着ると考えるなら下着関連以外に不満は無かったりする。
「詩恩、そんなこと言っているとまた女装させられるぞ?」
「大丈夫ですよ。しばらくそういったイベントは無いですから」
「だといいがな」
仮に女装するイベントがあるとすればハロウィンや文化祭、それとクリスマスくらいだろう。ただハロウィンは文化祭の準備期間と被っているしクリスマスは冬休みなので学校で何かすることは無い。唯一ありそうなのは文化祭だけど、うちの学校の一年生が文化祭でする出し物はほぼほぼクラス展示で固定されているため、少なくとも今年はコスプレをするような事態にはならないだろう。しかしこの数日後、新聞部の取材でコスプレ姿を披露する羽目になることになるのだが、それはまた別のお話。
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