体育祭編 第六話 桔梗ちゃん、詩恩くんの仮装を見る
桔梗視点です。体育祭編を書いた理由ですが、単に詩恩にコスプレさせたかっただけだったりします。。
お昼休みが終わって体育祭の午後の部が始まり、私達は午前中と同じく鈴蘭お姉ちゃんや鈴菜さん達、一華お姉さんと固まって座り、男子限定仮装競走のルール説明を聞いていました。走る距離は四百メートルトラック一周分、着替える場所はコース上に設置された仮設の更衣室、仮装するタイミングは第一走者の方はスタート直後、第二走者以降は前の走者からタスキを受け取ってからになるそうです。
「この競技の勝負の分かれ目は足の速さよりも着替えの早さと正確さ、あとはコスプレへの抵抗感の無さになるだろうな」
「前二つはともかく、最後のは限定的な気がするけど。あっ、うちの団長が第一走者みたいだよ!」
「早速更衣室に入りましたけど、どんな仮装をするのでしょうか?」
レースが始まり、第一走者の方達はほぼ横並びの状態で更衣室に辿り着きその中で着替え、一分もしないうちに最初に着替え終わった男子が更衣室から飛び出しました。彼が着ていたのは上下黒の長袖長ズボンの、学生服でした。
「所謂学ランだな。着替えにかかった時間的に体操服の上から着てると思うが、動きやすいし仮装としては当たりの部類だろうな」
「団長さんも出て来たけど、あれは警察官かな?」
「他にも消防士や軍人さん、あとお医者さんもいますね」
最初の方以外も着替え終え、続々と更衣室から出て走り出しました。この仮装競走には走者ごとにテーマが決められているそうで、第一走者の方達の仮装のテーマは実際にある職業になるのでしょう。
「仮装競走と聞いてどんなコスプレが出て来るかと思ったけど、案外まともなチョイスだね」
「そうっすね。ただ学生を警察官や軍人が追いかけてる姿は、シュールではあるっすけど」
「医者と消防士の人は、ちょっと運がなかったね」
服装や履いている靴が走りやすいものであるためか、団長さんは軍人さんのコスプレをした方に少し遅れて三位、その後ろを消防士とお医者様が追う展開となり、そのままの順位で第二走者へとタスキを繋ぎました。
「一位から少し離されてはいたが、着替えの時間も含めれば誤差の範囲だろうな」
「そうですね。そうなると問題は第二走者ですけど千島先輩、穂村先輩の足の速さと着替えの早さはどんな感じなんですか?」
「どっちも普通だ。強みがあるとすればコスプレに抵抗が無いところだな」
「なるほど。でしたら問題無いですね」
冬木くんからの質問に答える雪片お兄ちゃん。第二走者の穂村先輩は中学生くらいに見える童顔で小柄な男子で、しーちゃんとは違う方向で可愛らしい方です。コスプレに抵抗が無いのも本当らしく、最も早く着替え終わって更衣室から出て来ました。
「穂村くんが一番早かったね。だけどあの格好って」
「引きずりそうなくらい裾が長いローブなんて、どう考えても走り辛いよな」
「RPGの登場人物って中々に面白いテーマだと思いますけど、こうして見ると当たり外れが大きいですよね」
穂村先輩は地面に裾が付きそうなローブと木製の杖を装備した、魔法使いの仮装をしていました。続く生徒は神父のような格好の僧侶、さらに鎧を着た戦士や豪華なマントを羽織った王様、そして身軽そうな盗賊といった、RPGの世界から出て来たような人達が運動場を走っていました。
「魔法使いと王様が明らかに不利、僧侶や戦士はそれなり、盗賊有利ってところか」
「実際ゲームでも魔法使いは僧侶より肉弾戦弱かったり鈍かったりしますからね」
「言われてみれば、僧侶の人の方が動きやすそうだね」
「でも穂村先輩、順位キープしてますよ。何とか一位でタスキを桜庭くんに繋ぎましたし」
鈴菜さんの言葉通り、魔法使い姿の穂村先輩は二位の盗賊さんとほぼ同時にタスキを最終走者に渡し、見事役目を終えました。そうして更衣室からしーちゃんが出て来るのを待ちますが、中々出て来ません。二位で更衣室に入った方も出て来ませんし、何かトラブルでもあったのでしょうか。
「全員着替えに手間取っている可能性が高いですね」
「誰か一人でも出て来ればテーマもわかるんだが」
「あっ、出て来ましたよ。ですけどあの格好は」
最初に出てきた方は天狗のお面をつけ高下駄を履いていました。もう一目でテーマが妖怪だと分かりますが、次に出て来た方がオオカミのフェイスマスクを被っていましたので、洋の東西は関係ないみたいでした。
「何か一足早いハロウィンみたいですね。デフォルメした見た目だから、そんなに怖くないのも個人的にはポイント高いかな」
「あはは、三人目は一つ目小僧みたいだよ。というかあれ前見えてるの?」
「......ふらついてますし変な方向に行ってますから、ちょっとしか見えてないと思います」
おかげでまともなレースになっておらず、各所から笑い声が聞こえてくる始末でした。そんな中、四番目に出て来た人のコスプレはマントや装飾でごてごてしているものの比較的まともな吸血鬼姿で、何とかレースに復帰しようとしていた三名を抜き、トップに躍り出ました。
「これは、勝負決まったみたいですね」
「まだわからんぞ? 詩恩が未だに出て来ない――」
「「「「うおおおおおおっ!!!」」」」
雪片お兄ちゃんの言葉の途中で更衣室のドアが勢いよく開け放たれ真っ白な着物を着たしーちゃんが飛び出してきたかと思えば、その格好を見た観客全員から大きな歓声が上がりました。
「やっと出て来......なんだあの格好!?」
「はぅぅ、しーちゃん綺麗です!!」
白い着物を着た妖怪といえば雪女になるでしょうけど、彼が着ていたのは裾が短すぎて肩も露出していて着物と呼ぶにはかなり際どいもので、しーちゃんの美少女ぶりも相まって見ている人全員の視線をくぎ付けにしていました。
「可愛すぎだよ詩恩さん!」
「アイツ、見事に最大のハズレ衣装引きやがったな」
「何だろう、男子の桜庭くんがあの格好してるのはおかしいはずなのに何の違和感も無いんだけど」
「着替えに時間かかってたのも納得だよね。そもそもあれどうやって一人で着付けしたのかな?」
「それより詩恩のやつ、何であんな服着せられて普通に走れてるんでしょうね?」
しーちゃんの雪女姿に私達が様々な感想を抱く中、当の本人は露出の多い着物姿を恥ずかしがることも無く平然とゴールを目指していました。そのあまりにも自然すぎる振る舞いに、他の妖怪さん達は走るのを忘れ呆然としていました。
「まあ、いきなり女装させられたのに一切動じること無く振る舞われたら、見てる側の方が困惑するよな」
「それともう一つ、あの服を自分が着なくてよかったという安堵もあるかもです。他の参加者からしてみれば一歩間違えたら自分が着ることになってたわけですからね」
しーちゃんを凝視して露骨に胸を撫で下ろした方もいましたので、雪片お兄ちゃんと冬木くんの推測は当たっているのでしょう。ただそれでもレース中だということを思い出したみたいで、全員先を行くしーちゃんを猛追します。吸血鬼さんは言わずもがな、他のお三方も目が慣れてきたみたいで先程までとは打って変わって熾烈な争いが繰り広げられていました。
「はぅぅ、しーちゃん頑張ってください!」
「そのまま走れ詩恩!!」
「桜庭くんもう少しだから!!」
ただでさえしーちゃんは運動が得意で無い上、走りにくい格好をしているわけですから、まともに競走すれば差を詰められるのは自明の理でした。しかし、しーちゃんは何とか逃げ切って一位でゴールしました。
「やりましたね、しーちゃん!!」
「あと一秒あったら危なかったけど、よく頑張ったよ!!」
「ナイスファイト、詩恩!!」
「おや、実行委員がマイク持って走っていったけど、ヒーローインタビューでもするのかな?」
実行委員の腕章をした女生徒がゴールしたしーちゃんにマイクを向けます。突然のことでしーちゃんは最初は戸惑っていましたが、言いたいことがあったみたいで呼吸を整えた上で応じました。
『それでは桜庭詩恩さん、今回の競技を振り返ってどうでしたか?』
『では一つ、男子限定仮装競走でハズレ枠として女装を用意するのはわかりますけど、せめてもっとサイズの大きい服を用意してください』
『言いたいことそこなの!?』
『当然です。これ丈が短すぎて下着が見えないように走るの大変だったんですからね?』
しーちゃんはそう言いながら着物の裾を押さえていました。男子としては小柄で女子の平均くらいの体格のしーちゃんですらギリギリですので、恐らくですけどあの衣装は私や鈴蘭お姉ちゃんくらいの体格の子供が着るのがちょうどいいのでしょう。言ってて自分で悲しくなってきました。
『あー、小柄な桜庭さんでもギリギリだったんですね。しかも肩や腋も出てる服だから下手な男子が着てたら地獄絵図になってましたね。今後衣装を選ぶ際はサイズに気を付けて選ぶよう、担当者に伝えておきますね』
『ありがとうございます』
最後はニッコリ笑顔でインタビューを終え、次の種目が行われている最中に体操服に着替えたしーちゃんが戻ってきました。ただ先程までと違いジャージを穿かず生足を晒していたのですごく目のやり場に困りました。
お読みいただき、ありがとうございました。




