体育祭編 第五話 詩恩くん、家族とお昼を食べる
色々あった午前中の競技が終わったあと、お昼にするため観戦に来ていた彩芽さん達と合流した。本当なら明日太達や一華姉さん、柊も誘おうと思ったのだけど、それぞれ家族と食べるみたいなので遠慮し六人での昼食となり、グラウンドの端の誰もいない場所に移動してピクニックみたいに弁当を広げた。
「さてと、みんなの午前中の活躍とか午後からのこととか話しておきたいことはあるけど、まずは弁当を食べようか」
「そうっすね」
「実は朝から楽しみにしてたんです」
何しろ料理上手な彼女達が僕と雪片兄さんを閉め出してまで作った弁当なのだから、期待するなと言う方が無理だろう。実際弁当の出来について二人揃って自信満々にしてたし。
「期待に応えられるくらいは、美味しく出来たと思うよ」
「そうですね。ママからもお墨付きを得られましたし」
「二人とも、せっかくですし食べさせてあげたら如何でしょう? わたしも昔よくあやくんにしてあげましたから」
「あっ、それいいね。雪片くん、あ~んして♪」
「しーちゃん、あ~んです♪」
楓さんの提案に思いのほか乗り気な様子の二人。この状況で断るのはどうかと思ったので、僕達はそれぞれ差し出されたおかずを口にした。
「んっ、美味しいですね。もしかしてこれ、いつも以上に手間かけてますよね?」
「そうですね。出来れば普段もそうしたいですけど、どうしても時間が足りないですから」
「大変じゃなかったか? いくら普段よりも美味いものを作りたいからと、無理するのはよくないぞ?」
「実際大変だったけど、やっぱり特別な日だし、妥協したくないなって」
鈴蘭姉さんの言葉に桔梗ちゃんも頷く。人によっては重いと感じるかもしれないけど、少なくとも僕は嬉しいと思った。彼女達のこだわりに感謝しながら弁当を食べつつ、午前中の内容についてみんなで振り返った。
「見てて思ったけど、みんな何だかんだで結果残してたよね。中にはいまいちだった種目もあるけど、善戦してたのは見ててよくわかったし」
「鈴蘭ちゃんも桔梗ちゃんも、一位おめでとうございます」
「ありがとうかか様」
「わ、私は運がよかっただけですから」
「運も実力のうちですよ桔梗ちゃん。昔わたしも借り物競走に出たことありますけど、お題が悪くて」
「お題が悪い、ですか?」
「うん。そのときかえちゃんが引いたお題が『自分より背の低い生徒』だったから、ギブアップするしか無かったんだ」
確かにそれはお題が悪かったとしか言いようが無い。桔梗ちゃんとほぼ同じ体格の楓さんより小柄な高校生なんていないだろうし、何なら鈴蘭姉さんですらそのお題を引いたら詰むと思われる。
「よかったです、私のお題がそれじゃなくて」
「もし今回そのお題が出てたとしたら、僕は実行委員に抗議しに行きました。参加者のことを調べてからお題を考えろと」
「ああ、当時の僕も同じ理由で抗議したよ。そのおかげで棄権じゃなくて最下位扱いになったんだよ」
「当然ですね」
その結果、借り物のお題の内容をある程度幅を持たせたものにして参加者が詰まないよう配慮がなされたらしい。それで出て来たのが『美人だと思う人』という幅がありすぎるお題なのもどうかと思うけど。
「まあ僕らの話はいいとして、勝った理由が運だったとしても決められたルールを守った上での結果なんだから気にしないでいいんだよ」
「えっと、わ、わかりました」
「じゃあ話戻すけど、みんな午前中と同じように午後からも頑張ってくれると嬉しいかな。特に詩恩と雪片はまだ出番あるみたいだからね」
「「「「わかりました」」」」
全員声を揃えて返事をする。僕は午後最初の男子限定仮装競走、雪片兄さんは綱引きと団対抗男女混合リレーと、まだまだやることが残っているのだ。弁当を食べ終わった後、鈴蘭姉さんから僕の出場する種目についてこんな質問をされた。
「詩恩さんが出る仮装競走だけど、どのタイミングで衣装に着替えるのかな? 事前に着替えるのなら早めに行かないといけないだろうし」
「そのことなんですがどうも競技中に着替えるみたいで、集合は他の種目と同じ五分前集合でいいそうです」
事前練習の際に実行委員からそう説明され、さらに本番で着る衣装についても触れられ、一人で着られて手間のかからないものを基準に選んだという発言があった。なお一部のハズレを除いてだが。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ時間までのんびり出来るね」
「ええ。おかげでこうして桔梗ちゃん分を補給出来ます♪」
「はぅぅ、しーちゃん///」
鈴蘭姉さんと談笑しながら、膝の上に座っている桔梗ちゃんの頭を撫でる僕。ちなみに鈴蘭姉さんはもちろん楓さんもパートナーの膝に乗り甘えている。うん、明日太達が遠慮した理由も何となくわかる気がする。改善するつもりは無いけれど。
「......しかし競技中に着替えとなると、衣装をしっかり着ないで出て来るやつも出てくるんじゃないか?」
「その場合は即失格になるみたいです」
仮装競走の趣旨を考えれば当然の措置だと思うけど、ハズレの衣装を用意しているあたり運営の中に性格が悪い人間が絶対にいる。そんな運営の考えるハズレがどのような服なのか、想像するだけで寒気がするくらいだ。
「厳しいな。だがまあそれなら着替えずに出て来ることもないか」
「最下位でもポイントは入りますけど失格はゼロですからね。なので参加者全員ハズレを引かないよう祈ってます」
「だろうな。仮装競走に参加すること自体が晒し者にされているようなものだが、出来ることなら誰だってまともな衣装を着たいよな」
「ええ、全く」
僕の場合自身の見た目もあって他の人よりハズレとなる服の基準が低いわけだけど、だからといって自分から望んでハズレを引きたいとは思ってない。たとえ他の人から望まれていても。
「ところで詩恩、そろそろいい時間だが行かなくてもいいのか?」
「そうですね。では、行ってきます」
「「「「行ってらっしゃい」」」」
「しーちゃん、頑張ってくださいね」
時間がそろそろ差し迫っていたので席を立ち、集合場所に向けて歩いている途中でキャスター付きの簡易更衣室を押して走る生徒の姿を見かけた。恐らくはあの中で着替えることになるのだろう。
「おっ、早いじゃない姫」
「姫はやめてください穂村先輩。それに何度も言ってるように僕は男ですよ」
「そんな可愛い顔で言っても説得力ないよ、リアル男の娘ちゃん」
「誰がリアル男の娘ですか! 大体可愛いとか穂村先輩だって人のこと言えませんよね!?」
「生憎僕は君と違って童顔のショタ系だから、可愛いの方向性が違うんだよ」
集合場所に着いたと同時に、すでに到着していた二年の穂村先輩から弄られる。彼と顔を合わせると大体こういったやり取りを繰り広げる羽目になり正直疲れるのだけど、邪険にするわけにもいかず内心ため息をつくと、呆れた顔をしたうちの団長が近付いてきた。
「お前達、せめてもう少し仲良く出来ないのか?」
「してますって。姫が素直じゃないだけで」
「ですから、僕は男ですって!」
「そんなことより衣装を決めるくじ引きがあるから早く座れ」
サラッと僕の性別をそんなこと扱いされたけど、衣装を決めるは大事なので穂村先輩の後ろに座って説明を聞く。衣装に着替える簡易更衣室は五つ部屋が連なっている作りで、それぞれAからEのアルファベットが割り振られている。さらに更衣室内には1~3の番号が振られてある衣装が用意されていて、第一走者なら1の番号の衣装を着ることになるそうだ。
「くじは、E-3でしたか」
つまり僕はアンカーで、Eの更衣室に置いてある3番の服に着替えればいいらしい。責任重大ではあるけれど、どのような衣装を着ることになっても焦らずしっかりと着て転倒に気を付けながら走ればいい。そう考え、僕は仮装競走に臨むのだった。
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