体育祭編 第三話 詩恩くん、義兄達を応援する
開会式の後まず行われたのは百メートル走だった。体育祭最初の種目ということで、どこのクラスも足の速さに自信のある生徒を出場させ、どのレースでもそこまで差が開かず白熱した展開になっていた。
「お疲れ様です、一華姉さん」
「ありがとう詩恩。出来たら恋人と義弟の前でいいところ見せたかったんだけどね」
「二位でも凄いですって。学業もスポーツも優秀な義姉を持って、僕は誇らしいですよ」
走り終えて戻ってきた一華姉さんを労う。実際彼女が負けた相手は陸上部の先輩で、その人相手に僅差で負けたのなら充分格好いいと思う。
「詩恩は褒め上手だね。あまり長話するのもよくないから、応援に戻ろうか」
「ええ」
一華姉さんと共に団のテントに戻る。普通一年の男子と三年の女子がこういう場で二人きりで話していたら冷やかされそうなものだけど、特に何も言われなかった。
(お互い相手がいるからというのもあるでしょうが、それ以上に僕が男子扱いされてないからだと思いますけど)
何しろ話しかけるだけで赤面する先輩があとを絶たないのだ。身長の関係上どうしても上目遣いになりがちなのと、誰を呼んでいるかわかるように名字プラス先輩呼びしてなるべく柔らかい表情で話しかけているだけなのに。
(まあ僕が男扱いされてないのはどうでもいいとして、あまり芳しい結果ではないみたいですね)
百メートル走が終了し各団の点数が掲示されたのだけど、僕達の団は単独最下位となっていた。確かに基本的に三位か四位がほとんどで、たまに二位がいたくらいだったから、思い返してみるとこの結果に納得しか無かった。
「うわ、単独最下位ってマジかよ」
「毎回いい勝負してたのにね。でも思い出してみたらみんなほとんど三位以下で、一位は一人もいなかったような」
「開始早々これはキッツいな」
周囲の生徒達からはネガティブな意見が上がり、団全体の士気が下がっていくのを肌で感じていた。そんな空気を吹き飛ばそうと、団長に任命された三年生の男子が応援席の最前列に立ち、パァンと一回大きな拍手を打って耳目を集めた。
「全員注目! 確かに今の俺達は最下位に落ち込んでいるが、得点自体は他の団とそこまで差があるわけじゃない。だから順位よりも自分達のすべきことに集中していこう!」
「「「「はい!」」」」
よく通る声で僕達全員に檄を飛ばし鼓舞する団長。彼の言うとおりうちの団は最下位ではあるもののトップとの点差は一桁台であり、このあとの種目で充分逆転可能な程度だった。いきなり最下位に沈んだことで落ち込んでいた雰囲気が上向いてきたところで、次の種目である障害物競走の時間となった。
「鈴蘭姉さん、頑張ってください!」
「ファイトです、鈴蘭お姉ちゃん!」
鈴蘭姉さんは第三レースに出場し、スタート直後の平均台を落ちること無くクリアしたものの、続くハードルでは身長とハードルの高さの兼ね合いで跳び越えるのに苦戦し順位を落とした。
「ああっ!」
「いやまだだ! 鈴蘭、そのまま全速力で走り抜けろ!」
雪片兄さんの応援が聞こえたのかはわからないけど、鈴蘭姉さんはハードルを跳び越えたあとでも、速度を落とすこと無く最後の網くぐりに挑み、小柄な体軀を活かして走り抜け、最終的に一着でゴールした。
「やったな、鈴蘭!!」
「勝ちましたね!!」
「凄いです、鈴蘭お姉ちゃん!!」
「みんな、ありがとう」
自身のレースが終わり、ヘトヘトになりながらも笑顔で戻ってきた鈴蘭姉さんを全員で祝った。うちの団で最初に一着を取ったのが小柄な鈴蘭姉さんだったからか、その後のレースの参加者が奮起し障害物競走が終わる頃には最下位を脱していた。そんな中、次の種目のアナウンスが流れ雪片兄さんが席を立ったのだけど、聞いたことのない種目に僕は首を傾げていた。
「俵運び競走って、なんですか?」
「えっと、米俵を担いで走る種目みたいだよ」
「米俵って、まさか本物じゃないですよね?」
ちなみに本物なら一俵で六十キロだそうだ。そんな重い物持ち上げるだけでも難しいのに走って競うなんて一部の人間以外には無理でしかないだろう。そのためか、重さは半分の三十キロにしてあるとアナウンスが入った。いやそれでもキツいよね。
「どう考えてもこの種目、屈強な男子しか出られませんよね」
「そもそも男子限定だからね。あっ、始まるみたいだよ」
「怪我無く終わればいいのですが」
そんな心配をよそに、出場選手達は皆揃って米俵を片手で一つずつ、つまり両肩で六十キロを担いでからスタートを切った。だったら最初から一俵でよかったのではと思ったけど、どうやら重心の取りやすさを重視してのことらしい。
「皆さん速いです!」
「あんな重い物担いで走れるなんて凄いよね」
「ですが、雪片兄さん以上に安定してる人はいないみたいですね」
米俵を担いで走る男達の中でも雪片兄さんの走りは特に安定していて、冷凍倉庫でアルバイトを続けていた経験が表れていた。そして危なげなくトップでゴールテープを切り、ゆっくりと担いだ米俵を下ろした。
「雪片くん、格好いいよ!!」
「はぅぅ、凄かったです」
「同じ男として憧れますね。それにレース中は敵同士でも終われば互いの健闘を称える、とてもいい競技でした」
人によっては暑苦しいと感じる筋肉質な男達のレースは、非常にさわやかに終わった。ただ、即興でボディービルのポージング大会を開いてたのはどうかと思ったけど。ちなみに大量の米俵は屈強な男達により所定の位置に戻され、出場した人達の体力に驚かされることとなったのだった。
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