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第百三十五話 桔梗ちゃん、詩恩くんとキスする

桔梗視点です。

 しーちゃんのお誕生日会兼日頃の感謝をお伝えする会が終わり、交代でシャワーを浴びたあと彼をお部屋にお招きしました。しーちゃんもシャワーを浴びたあとでしたが、祝われている間ずっと泣きはらしていたためかまだ目が赤かったです。そんな彼に労いの言葉をかけました。


「改めましてしーちゃん、デートお疲れ様でした」

「こちらこそお疲れ様でした。桔梗ちゃん、あまり時間が無かったですけど、デートは楽しめたでしょうか?」

「はい! とても楽しかったです♪」


 体育祭の練習でデートの時間が削られてしまいましたが、それでもいつもとは違う時間のデートは新鮮でしたし、何よりしーちゃんが私のために考えてくださったデートが楽しくないはずがありません。私の返答を聞いて、しーちゃんは胸を撫で下ろしました。


「それを聞いて安心しました。僕も楽しめましたけど、帰宅後にあのようなサプライズがあるとは思いませんでした。何ですか日頃の感謝を伝える会って」

「それはその、しーちゃんのお誕生日は一度お祝いしましたけど、やっぱり当日に何もしないのは寂しいですから」


 だからこそしーちゃんへの感謝をお伝えする会にしましょうと提案したわけですけど、企画を進めていく中で私がどれだけしーちゃんに助けられていたのか改めて実感しました。お手紙のやり取りで救われたのはお互い様だとしーちゃんは考えているみたいですが、そこを除けばほとんど私が助けられてばかりでした。


「ありがとうございます。おかげで忘れられない誕生日になりましたよ」

「よかったです。ですけど、まだお誕生日は終わりじゃないですよ?」

「そうですが、桔梗ちゃんはもう起きていられないですよね?」


 現在の時刻は八時五十分。私が起きていられる時間はたったの十分くらいですが、それでもこのまま何もせずに眠るなんて出来ません。しーちゃんはもちろん私にとっても最高の十分間にしたいと考え、彼に一つの提案をしました。


「はい。ですけど限界まであと少しありますから、その時間でしーちゃんのお願いを何でも叶えたいと思います」

「桔梗ちゃん、女の子がそんなことを言っては駄目ですよ?」

「私のお誕生日にあなたがしてくださったことを、そのままお返ししているだけですよ?」

「うっ!!」


 私の指摘にしーちゃんは言葉を詰まらせました。先に私に対して何でもお願いを聞くと仰ったのは彼の方ですから、お返しをしたら駄目という理屈は通用しません。結局しーちゃんは反論を諦めたようで、


「......わかりました。時間も無いですから、今から僕がもういいですと言うまで、僕の言う通りにしてください」

「えっと、はい」

「では桔梗ちゃん、目を閉じて左手を前に出してください」


 ため息をつきながら出されたお願いは、しばらく彼の指示通りに動いて欲しいというもので、早速言われた通りに左手を少し前に出してから目を閉じました。さらに追加でじっとしているように指示されたため、そのままで待っていますと、彼が両手で私の左手を包み込むように握ってきました。


「し、しーちゃん!?」

「駄目ですよ。動かないでください」

「はぅぅ」


 突然手を握られて驚く私に注意しつつ、しーちゃんは私の左手の薬指に輪っか状の冷たいものを触れさせ、そのまま指の根元まで通しました。


「桔梗ちゃん、もういいですから目を開けてください」

「えっと、はい。わかりました」


 そうして、お願いごとの終わりと同時に、目を開けるよう促されました。そこで私が目に飛び込んで来たのは、左手の薬指に嵌められた、桔梗の花があしらわれた銀の指輪でした。


「あっ、えっ、あのっ!?」

「見ての通り、婚約指輪ですよ」

「はぅぅ♪」


 指輪のデザイン自体は私が持っているウッドリングと全く同じものでしたが、あの指輪はパパが私のために手作りしたもののため、そのデザインを元にアクセサリーショップに特注したものだとすぐにわかりました。世界に一つだけしかないシルバーリングをプレゼントされ、つい嬉しくなり鳴き声を上げます。


「本当なら右手に通すべきでしょうけど、ちょっとした決意も込めて左手に通しました」

「決意、ですか?」

「ええ。あなたと添い遂げるつもりですから、これまで以上にそばにいようと誓います。そしてその後も円満な家庭を作り、一生をかけて幸せにすることもこの場で誓わせていただきます」

「はぅぅ///」

「桔梗ちゃん、どうかそれまで待っていてください」


 素敵なプロポーズを自信満々に言い放ったしーちゃんが格好良すぎて、鼓動が早くなるのを感じました。ただ、気絶癖の前触れのような感じでは無く、内から勇気が湧いてくるような胸の高鳴りでした。


「もちろんです。しーちゃん、私も一つだけ誓いたいことがありますので、目を閉じていただいてもいいですか?」

「ええ、いいですよ」


 その湧いてくる勇気に、私は身を任せます。しーちゃんがここまでしてくださったのですから、私もお返しをしなければ対等とは言えませんから。お願いされて目を閉じるしーちゃんのお顔に自分の顔を少しずつ近付けました。


(しーちゃん、愛しています)


 心の中でそう言って、互いの息がかかるのを感じながら更に距離を縮め、やがてその距離が零になって唇同士が触れ合いました。キスするとほぼ同時に私は目を閉じたのですが、一瞬だけしーちゃんが驚いて目を見開いたお顔が目に映り、胸がキュンとしました。


「んぅ......」

「んっ、んんっ!?」


 ファーストキスはレモンの味とは言いますけど、しーちゃんとのキスは甘いケーキの味がしました。キスの時間は決して長くなかったですが、離れたあともしーちゃんの唇の感覚が残っていて、その感覚を忘れないうちに、彼への誓いを宣言します。


「しーちゃん、あなたに相応しい女の子に、絶対になってみせます」

「それが桔梗ちゃんの誓いですか。ええ、頑張ってください」

「はい、れふはらろうか――」


 しかし、時間になると眠ってしまう体質は勇気でもどうにもならないみたいで、宣言の途中で急に眠気が襲ってきて、呂律が回らなくなりました。


「見.....て、くだ......い」

「ふふっ、おやすみなさい」


 それでも何とか言い切ろうとしましたけど結局抗いきれず、しーちゃんの柔らかな笑みを目にしながら、私は眠りへと落ちていったのでした。はぅぅ、やっぱり私は駄目な子です。

お読みいただきありがとうございます。

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