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第百三十四話 詩恩くん、桔梗ちゃんと誕生日デートする

 誕生日当日、朝から知り合いに会う度におめでとうと言われた。もう放課後なのでこれで打ち止めだと思うけど、僕がこれまで生きてきた中で、今年が一番誕生日を祝われた年になるのは間違いない。


(まさかクラスメート以外からも祝われるとは思ってもみなかったですが)


 知らない人から祝われるのは面食らったけど、それだけ僕が有名人だったということなのだろう。もっとも、有名な一番の理由がこの見た目にあるのは言うまでもないけど。


(まあ、僕の場合顔を知られて悪いことの方が少ないでしょう)


 初めて会った人に性別を間違われたり、最近はほとんど無いけど誤解で告白してくる人が出て来たりするので、僕の概略を知られて損することは少ないはずだ。


(現に先ほどまでしていた体育祭の練習でも、僕をちゃんと男子だと理解してくださいましたし)


 中学時代は僕が男子だと説明するだけで時間取られていたので、わかって貰えるだけでも大きな進歩だった。まあ、その練習のおかげで下校時刻が遅くなり、デートの時間が削れてしまったのだけど。


「桔梗ちゃん、僕の背中に乗って体力を温存してください」

「そんな、悪いですよ」

「いいんです。桔梗ちゃんがデート中に疲れたりするよりは」

「はぅぅ、わかりました」


 桔梗ちゃんを負んぶして下校し、家の近くで彼女を下ろしたあと、私服に着替え部屋で待つ。デートのときは迎えに行くのがほとんどなので、桔梗ちゃんが迎えに来るのは久々だった。


(女の子は着替えに時間かかりますからね。その間に今日のデートでどこに行くか、見直すことにしますか)


 帰りの時間が読めなかったので、それに備えていくつかデートプランを用意していた。その中でも遅くなったときのものをベースにして組み直し決定稿としたのだけど、よくよく行き先を見てみると普段している買い物デートとほぼ変わらないことに気付いて、思わず笑いがこみ上げてきた。


(まったく、我ながらワンパターンですね)


 しかしあまり時間の無い中で僕も桔梗ちゃんも楽しめる場所を選ぶとなると、普段から行っているところが安全牌なのも事実。それに今更考え直そうにも、桔梗ちゃんが桔梗ちゃんが来てしまった以上手遅れだった。


「桔梗ちゃん、早速ストール使っていただいてるんですね。やっぱり名前と同じ花の柄は、清楚で可憐なあなたにとてもよく似合いますね」

「はぅぅ、ありがとうございます」

「それと今日のデートですけど、すみません。せっかくの誕生日デートなのに行き先が普段行くような場所になってしまいますけど、よろしいでしょうか?」


 部屋を訪れた桔梗ちゃんが、この間プレゼントした桔梗柄のストールを肩に羽織っていたので真っ先に褒めつつ、本日のデートコースがいつも行く場所になってしまうことを謝った。


「しーちゃんのお誕生日なんですから、あなたが楽しめる場所でしたら私はそれで」

「ありがとうございます。では早速行くとしましょうか」


 しかし、桔梗ちゃんは文句も言わず受け入れてくれた。彼女の懐の深さに感謝しつつ、これからはもう少し外でデートして目的地の引き出しを増やそうと僕はしみじみと感じ、二人で手を繋いで町へと繰り出した。


「さて、まずは食事にしましょうか」

「そうですね。あのレストランでしたら、それほど待たなくてもいいみたいですよ?」

「ではそこにしましょう。桔梗ちゃん、ありがとうございます」


 町に到着してすぐ、近くにあったレストランに寄っていつもより少し早めの夕食にした。少々値段が高めの店だったけど、今回は値段よりも時間の方が大事だ。そう自分に言い聞かせ、頼んだドリアを口にし、一瞬固まってしまった。


「しーちゃん、どうされました?」

「いえ、つい普段食べてる料理と比べてしまいまして。どちらも美味しいのですが」

「気持ちはわかります。私もこの味を再現出来るかなって食べながら考えてましたから」


 食べる側と作る側の違いはあるものの、二人して家の料理と店の料理を比べていた事実に、どちらともなく笑みがこぼれた。デートの掴みと腹ごしらえを済ませたあと、まずは文具店に立ち寄った。


「あの、しーちゃんどうして文具店に?」

「新しい筆を探したかったのと、少し早いですけど楓さんの誕生日プレゼントを探そうと思いまして」


 まあ、筆はともかくとして、楓さんへのプレゼントはいいものが見つかればいいなという程度だけど。母親とはいえ、デート中に他の女性の名前を出すのはどうかと思ったけど、桔梗ちゃんは気にしてない様子だった。


「しーちゃん、ママのことを考えてくださってありがとうございます。では、私も一緒に探しますね」

「ええ。お願いします」


 しかし、探そうと思ったときに限ってよさそうなものが見つからないのはままあることで目的の筆を買うだけに留め店を出て、次の目的地である花屋に向かった。


「さすが秋といえばの品揃えですね」

「そうですね」


 紅葉シーズンはまだだけど、すでに暦の上では秋になっているためか店頭に楓の特設コーナーが設けられ、手帳やハンカチ、栞などの関連商品が置いてあった。


「もう持ってそうですけど、ハンカチとかどうでしょう?」

「いいと思いますよ。消耗品ならあって困ることも無いでしょうから」

「それもそうですね。では楓さんと、桔梗ちゃんの分を買いましょうか」

「でしたら私も、しーちゃんの分を買いますね」


 最終的に楓さんに赤と橙色の楓柄のハンカチを二枚と、お互いへのプレゼントとして紫色の紫苑柄と青色の桔梗柄のハンカチを購入し、店を出た直後に交換し合った。


「ありがとうございます。早速使わせていただきますね」

「こちらこそありがとうございます。では次はいつもの靴下店です。ほら、行きましょう」

「あっ、わ、わかりました」


 桔梗ちゃんの手を引いてそのまま行きつけの靴下店に入る。僕に引き摺られるようにしていた彼女だけど、店に入ってお気に入りの靴下が置いてある売り場に足を踏み入れた途端、楽しそうに靴下の生地の触り心地や長さなどを吟味し始めた。


(あの様子ならしばらくは放置しても問題ないでしょうね)


 そう思い顔見知りの店員さんに桔梗ちゃんのことを頼み店を出て、ちょっとした用事を済ませてから戻ると、レジの近くで桔梗ちゃんが店員さんと待っていた。


「しーちゃん、どちらに行かれてたのでしょうか?」

「ただの野暮用ですよ。それより桔梗ちゃん、買い物は終わったんですか?」

「いえ、鈴蘭お姉ちゃんやママの分も買おうか悩んでまして」

「でしたら僕が桔梗ちゃんのも含めて買ってあげますから持ってきてください。デートですし遠慮なんてしないでくださいね?」

「は、はい! わかりました!」


 僕がこう言うと、桔梗ちゃんは敬礼してから売り場へと走って行った。それなりに値段の張る靴下だけど、どこに行ってたか聞かれるくらいならこの程度安いものだ。支払いを済ませたあと、桔梗ちゃんをおんぶし帰宅の途につく。


「はぅぅ、すみません......」

「いいんですよ。あまり遅くなって、楓さん達に心配をかけてもいけませんし」


 桔梗ちゃんと楓さんは午後九時に、鈴蘭姉さんは午後十時に眠ってしまう体質なので、彼女達が起きている内に帰らないと余計な心配をかけることになる。そのため八時前に佐藤家に戻り、桔梗ちゃんを下ろして玄関のドアを開けた。


「「「「詩恩(詩恩くん、詩恩さん)、いつもありがとう!!」」」」

「えっ!? えぇぇぇぇっ!!」


 家の中に足を踏み入れると同時に、彩芽さん達四人から突然感謝の言葉を伝えられ、僕は驚きのあまり大声を上げた。そんな僕を見た彼らは、まるでイタズラが成功した子供のように楽しそうに笑い合っていた。


「驚いてくれて何よりだよ。早く帰って準備した甲斐があったというものだね」

「そうですね。ですけど詩恩くん、驚くのはまだ早いですよ?」

「かか様の言うとおりだよ。ほら、二人とも着いてきて。時間も無いことだしさ」


 そう言いながら移動する鈴蘭姉さん達の後を追い玄関を離れ、ダイニングに向かうと、誕生日会の時と同じように部屋中が飾り付けられ、テーブルの上には詩恩いつもありがとうとメッセージカードが添えられたケーキが鎮座していた。


「あの、これって!?」

「見ての通りだ。お前への日頃の感謝を、全員で示そうという話が上がってな。バレないように桔梗とのデート中に準備していたというわけだ」

「日頃の感謝って、そんな特段お礼を言われるようなことは何もしてないですよ?」


 桔梗ちゃんのことを気にかけるのは婚約者として当然だし、家事の手伝いも普段お世話になっているお礼に過ぎないわけで、特に感謝される理由は無いと思う。しかし、僕の言い分を鈴蘭姉さんがバッサリと切り捨てた。


「そう思ってるのは詩恩さんだけだよ。大体、わたし達は桔梗ちゃんのことであなたに返しきれないほどの恩があるんだから」

「返しきれないなんて、いくら何でも大袈裟ですよ」

「ううん。お手紙の件はもちろんだけど、小さい頃病院の階段から落ちた桔梗ちゃんを助けてくれたって本人から聞いたよ? それも仲良くするよりも前の、あなたが桔梗ちゃんのことを嫌ってた時期に」


 いつの間に話したのだろうか、以前桔梗ちゃんと検査入院したときに語った想い出話が鈴蘭姉さんの口から語られた。確かに割と上の段から落ちていたので当たり所が悪かったら怪我じゃ済まなかったかもしれない。


「だから、何度も家族の命を救ってくれた詩恩さんに恩返ししたいんだよ」

「もしも桔梗がいなかったら、多分ここまで暖かく優しい家になってなかっただろうから、鈴蘭達に救われた俺のことも、お前は間接的に救ってるんだ」

「そういうことだよ詩恩。素直に僕達の気持ち受け取りなよ」

「ですから、お誕生日祝いは桔梗ちゃんと一緒に行って、詩恩くんのお誕生日には毎年ありがとうをお伝えしたいと思います」

「み、皆さん......」


 どうしよう、感動して泣きたくなってきた。何とか涙を堪えながら席に着く僕の耳元に、桔梗ちゃんがこう囁きかけた。


「しーちゃん、お誕生日おめでとうございます。そして、生まれてきてありがとうございます」


 この言葉で限界を迎えた僕は、子供のように泣きじゃくったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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