第百三十三話 桔梗ちゃん、鈴蘭ちゃんとサプライズを計画する
桔梗視点です。
お夕飯を食べたあとでアパートに帰るしーちゃん達を見送って、自分のお部屋に戻りました。ここ数日、朝起きてから夜眠るまでほとんどしーちゃんと一緒にいたためでしょうか、彼と離れて急に寂しさがこみ上げてきて、今からでもしーちゃんのお部屋に行きたい衝動に駆られました。
(寂しいですけど、ここは我慢です)
しかし、その衝動を感じた寂しさごとグッと堪えます。もしも今お部屋に行ってしまうと、私はきっと時間を忘れてお話しするでしょう。そして限界を迎え眠ってしまい、彼にも私の家族にもご迷惑をおかけすることが容易に想像出来ますので、行くわけにはいきません。
(ですけど、せめてお電話して声を聞くくらいは、いいですよね?)
そう思って携帯を手に取りましたが、ちょうど彼から今から入浴しますというメッセージが来てしまったため、そちらも断念せざるを得ませんでした。
(はぅぅ、タイミング悪いです)
自身の間の悪さに落ち込みます。もう少し早く電話していたら、声くらいは聞けましたのに。とはいえ、お風呂に入っているのなら諦めもつきました。出るのを待ってからお話しするにしても、しーちゃんは男性としてはお風呂が長めですので、それなりに時間が空くのは変わりませんから。
(でしたら、鈴蘭お姉ちゃんのお部屋に遊びに行きましょうか?)
手持ち無沙汰になった私は、鈴蘭お姉ちゃんのお部屋に行こうと思い至りました。もしかしたら迷惑かもしれませんけど、雪片お兄ちゃんがアルバイトに出ていて、私と同じで寂しい思いをしているでしょうから。そう考えドアを開けたところでちょうど鈴蘭お姉ちゃんと鉢合わせしました。
「きゃっ!」
「桔梗ちゃん? どこかへ用事かな?」
「その、お話ししようと鈴蘭お姉ちゃんのお部屋に」
「だったらわたしと同じだね。出ようとしてたところ悪いけど、この部屋で話そっか」
そう言って鈴蘭お姉ちゃんがお部屋に入ってドアを閉めました。やはり鈴蘭お姉ちゃんも雪片お兄ちゃんと離れて寂しさを感じていたみたいで、好きな人が出来てもこういう寂しがり屋なところは、やっぱり姉妹なのだと実感します。
「あの、鈴蘭お姉ちゃん。今日は一緒に寝ませんか?」
「いいよ。わたしも同じこと考えてたから。桔梗ちゃん、雪片くんや詩恩さんのお泊まりが、どうして毎日じゃなくて二日に一度なのか理解したよね?」
「はい......私達が甘えすぎないようにするためですよね?」
今回みたいに何日も一緒にお泊まりが続くと、その分離れたときの寂しさが強くなって、結果的にしーちゃんにより甘えて依存してしまうようになるのだと知ることが出来ました。だからそうならないように、しーちゃん達は毎日は泊まらないと決めているのでしょう。
「うん。だけど好きな人と一緒にいたい気持ちと、将来同棲したときに備えて、二日に一度にしてるそうだよ。婚約者冥利に尽きるよね」
「はい。しーちゃんのこと、惚れ直しちゃいます」
「まあそれで、代わりに桔梗ちゃんに甘えたら台無しなんだけど。でも今回は別の用事もあったし例外ってことで」
「別の用事ですか?」
苦笑しながらそう話す鈴蘭お姉ちゃん。お泊まり以外の用事がなんなのか気になって聞き返す私に、彼女は一度頷いてから話し始めました。
「実は詩恩さんの誕生日なんだけど、二人がデートから帰ったあとでお祝いをしようって考えてるんだよ。あんまり二人の時間を取るのも悪いから、こぢんまりとしたものになると思うけど」
「それ、すごくいいと思います!」
鈴蘭お姉ちゃんからされたお話を聞いて、私はすぐさま賛同しました。お誕生日のお祝いは私と一緒にして当日は彼とデートすると決まっていましたけど、一方でしーちゃんのお誕生日を正式にお祝いしたいという気持ちも私の中にありましたから。
「桔梗ちゃんなら同意してくれると思ってたよ。と言ってもこの話をしたの、桔梗ちゃんが初めてなんだけどね」
「そうなんですか? てっきりパパ達に先にお話ししてるかと思ったのですが」
「だって詩恩さんが一番祝って欲しいだろう桔梗ちゃんの許可を取らないと、ただの自己満足にしかならないし。それにきっととと様達なら先に桔梗ちゃんに聞いて、同意を得てからだって言うと思うよ」
「言われてみればそうですね」
確かにパパ達でしたらそう仰るでしょうから、私に一番最初に相談した鈴蘭お姉ちゃんの判断は正しいと思います。それに祝われる側の気持ちを汲み取り自己満足にならないようにとの考えを明かされ、賛同してよかったと改めて思いました。
「だよね。じゃあ桔梗ちゃんの許可も得られたし、早速意見持って行こうか」
「あの、ちょっと待っていただけますか?」
「どうしたの? やっぱり反対?」
「いえその、賛成は賛成なんですけど、しーちゃんって昨日のお祝いで充分だと思っているところがありまして......」
そうなのです。しーちゃんは昨日私とお誕生日をお祝いしたことで、既に今年のお誕生日祝いは済んでいると思っているみたいです。そのため、お誕生日会を開いても喜ぶよりも先にどうして一度お祝いしたはずなのにと考え、首を傾げることになるでしょう。
「じゃあ、桔梗ちゃんはどうすればいいと思う?」
「その、別の名目を用意すればいいと思います。たとえば日頃の感謝をお伝えするとか」
「なるほど、表向きは日頃の労をねぎらう感じで実際は誕生日祝いをすると。わかったよ。それでとと様達に話を通しておくよ」
「お願いします。それで、私に何か出来ることはありますか?」
名目は感謝を伝えるためでも、誕生日デートの終わりにサプライズを仕掛けることに変わりは無いため、当然私にもするべき仕事があるはずです。そう考えて尋ねたところ、鈴蘭お姉ちゃんからこんなことを頼まれました。
「とりあえず今のところは当日学校から帰ったあと詩恩さんをうちに上げないことと、デート帰りに何時に戻るかのメッセージをわたしに送ることかな?」
「えっと、それだけですか?」
「それだけって、かなり大事な役目だよ? 準備を見られたり帰りの時間がわからないと、色々どうしようもないから。それに事前準備は手伝って貰うつもりだし、当日は桔梗ちゃんにもデートを楽しんで貰わないと本末転倒だからね」
「わ、わかりました」
一番重要な当日にすることがほとんどないのは引っかかりますけど、サプライズのためにデート中気もそぞろになるのはしーちゃんに失礼ですので、準備を手伝うことで納得することにします。
(しーちゃんの驚く顔が、楽しみです)
普段驚かされてばかりいますので、たまには仕返ししてみたいと思います。そうしてしーちゃんには内緒で準備が進められ、当日を迎えました。私自身を筆頭にパパ達や鈴蘭お姉ちゃん達、それに鈴菜さん達や理良さん達、更にクラスメートや先生など、誰かに会う度に祝福され照れ臭そうにしているしーちゃんを見て、サプライズは絶対に成功すると確信を抱いたのでした。
お読みいただき、ありがとうございます。




