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第百三十二話 詩恩くん、誕生日のお礼をする

久し振りの更新です。

 桔梗ちゃんの誕生日から一夜明け、頬を撫でる温かく柔らかな手の心地いい感触で僕は目を覚ました。どうやら先に起きた桔梗ちゃんが僕の頬を触っていたみたいで、僕が目を覚ましたのを確認すると撫でていた手を止め、こちらに優しい微笑みを向けてきた。


「しーちゃん、おはようございます」

「おはようございます桔梗ちゃん。朝から僕の頬を触ってたみたいですけど、もしかして頬に何か付いてましたか?」

「いえ、しーちゃんの寝顔を見ていたら、段々と胸がポカポカしてきまして、気付いたら頬を撫でていました」


 挨拶を返しつつ頬を撫でていた理由を尋ねると、桔梗ちゃんはちょっとだけイタズラっぽく舌を出してそう答えた。僕も愛おしさから桔梗ちゃんの髪や頬を撫でているのでその気持ちはよくわかる。


「ありがとうございます。頬を撫でられるのすごく気持ちよかったので、またいつでもしてくださいね?」

「は、はい!」


 なので僕に撫でられたあとの桔梗ちゃんがいつもしているみたいに、撫でてくれたお礼と感想を言葉にして伝えてみた。正直気恥ずかしさはあるけれど、感謝を伝えられて嬉しそうな桔梗ちゃんを見ると、そういう気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。


「桔梗ちゃん、今度は僕が撫でてもいいですか?」

「は、はい。お願いします」


 そうしてしばらくの間、僕は桔梗ちゃんの頭や頬を撫で続けていたのだけど、いつもの起床時刻を知らせる携帯のアラーム音が鳴り響いたことで、楽しい時間は終わりを迎えたのだった。


「もう時間ですか。名残惜しいですが、もうそろそろ下りなければ皆さんを待たせてしまいますからね」

「今日も学校ですから、遅刻しないようにしませんと」


 お互いに苦笑し合ったあと彼女を連れて一階に下り、すでにダイニングに揃っていた家族全員と挨拶を交わしてから朝食の席に着いた。


「桔梗ちゃん、昨日は充実した誕生日を過ごせたかな?」

「はい。パパやママ、鈴蘭お姉ちゃんはもちろん、雪片お兄ちゃんや鈴菜さんに理良さん、他にも沢山のお友達からもお祝いされて、何よりも大好きなしーちゃんがずっと私の傍にいてくれましたので、今まで生きてきた中で一番のお誕生日でした♪」

「それならよかったよ」


 食卓での話題は昨日の誕生日のことで、彩芽さんから投げかけられた質問に、桔梗ちゃんは満面の笑みを浮かべてそう答えた。彼女にとって最高の誕生日になったのなら彩芽さん達の苦労も報われただろう、そんな風に考えていると、今度は楓さんから感想を聞かれた。


「詩恩くんはどうでした? 桔梗ちゃんと一緒にお祝いしたわけですけど、楽しめましたか?」

「ええ、とても楽しめましたよ。むしろ一緒に祝ったことでより強く桔梗ちゃんと想い出を共有出来ましたから。もしも別々に祝っていたら、こんな貴重な体験は出来なかったと思います」


 あくまでもメインは桔梗ちゃんのお祝いだけど、同時に自分のことも祝って貰えたので、大好きな相手と同じ瞬間に同じ気持ちを共有するという一体感を味わえ、非常に充実した一日を過ごしたと胸を張って言える。


「でしたらよかったです」

「二人とも、誕生日を満喫したみたいで何よりだ。そういえば葵達からもプレゼント届いていたが、お礼の返事はもうしたのか?」

「ええ。他にも両親や久遠兄さん達からも来てましたから、短めですが昨日の夕方電話で伝えました。あとは後ほど誕生日会の写真を送ろうかと考えています」


 というか送らないと絶対に文句を言われる。特に母さんから。それにわざわざ郵送してまでプレゼントを贈ってくれたのだから、電子やメッセージアプリでの返事だけでなく、手紙に写真を添付してから返すのが礼儀だろう。


「そうか。だったらその写真と手紙、書き上げたら俺達に預けてくれないか?」

「構いませんけど、どうしてですか?」

「鈴蘭と桔梗が毎年、誕生日後にあいつら宛に手紙を送ってるそうだから、どうせなら同封しようと思ってな。ただし、今週末が締め切りだが」

「なるほど。でしたらお願いしてもいいですか? 締め切りまでには書き上げますから」


 同じ場所に送るのなら纏めた方が都合がいいし、受け取る側からしても手間が省けるだろう。あとは期限までに手紙を書くだけだが、そちらも今日には終わらせるので問題無い。


「了解だ」

「詩恩さん、ついでに宛名も書いてくれると助かるかな?」

「ええ、そのくらいなら問題ありません」

「ありがとう、助かるよ」


 桔梗ちゃんへの手紙のやりとりで宛名書きは昔から慣れているため、鈴蘭姉さんからの頼みも快諾した。こうして得意分野で頼られるのは悪くないと思いつつ朝食を食べ終え、制服に着替えてから家を出る。


「今日も暑くなるそうですから、なるべく日陰を歩きましょう」

「ですね」


 九月に入ってもまだまだ残暑は厳しいので、桔梗ちゃんの言うとおり日陰を歩きながら登校し、雪片兄さん達と別れてから自分達の教室へと入る。教室内にはいつも通り明日太達の姿があり、ちょうど換気が終わったみたいで二人で窓を閉めていた。


「おはようございます。今日も早いですね」

「おはよう。別に大したことじゃ無い。それよりも、昨日は呼んでくれてありがとう」

「いえいえ。こちらこそ僕のワガママにお付き合いいただいて、ありがとうございました」

「いや、僕達としてはお前達二人の誕生日祝いが一度に済んで助かったくらいだが、本当にお前の誕生日当日は何もしなくていいんだな?」

「いいも何も、そのつもりで頼んだのですから当然です」


 明日太からそう聞かれ、迷うこと無く返事をした。さすがにおめでとうの一言くらいは欲しいけど、誕生日にして欲しいことを望むとすればそのくらいだ。大体もうすでに祝われたのだから、それ以上を望むのは贅沢というものだろう。


「そうか。だったらその分、誕生日デートを楽しんでこい」

「ええ。もちろんです。平日なので時間が短いのは残念ですが」

「そこは仕方ないだろう。サボってデートに出掛けるわけにもいくまい? お前達の場合は特に」

「学校で問題起こしたら婚約破棄になりますからね。その代わり彼女と一緒のベッドで寝泊まりしてるのを黙認して貰ってますから、文句を言うつもりもありませんけど」


 むしろサボりよりもそっちの方がバレたら問題というか、どう考えても一発アウトな案件だろう。だからこそ学校では僕も桔梗ちゃんも真面目に過ごしているわけだ。交際については、担任の天野先生が大らかな人だから助かってる部分はあるけど。


「お前や佐藤の両親って厳しいのか大らかなのかわからないな。まあ、お前達が信頼されてるからこそ、そういう扱いなんだろうな」

「僕もそう思います」

「ねえ、何の話してたの?」

「詩恩達の両親はいい人達だって話だ」

「あー、確かにそうだね。そういえばウチのお母さんに聞いたんだけど、桔梗ちゃんの両親って――」

「は、はぅぅ! 鈴菜さん!!」


 他のクラスメート達が登校してくるまで、鈴菜さんの口から彩芽さんと楓さんの学生時代のエピソードが語られ、その間桔梗ちゃんがずっといたたまれなさそうにしていた。両親の昔話、それも恥ずかしい内容を聞かされたらそうなるのも当然だったが、僕としては尊敬してる二人のそういった話を聞くのが楽しくて、最終的に桔梗ちゃんに拗ねられてしまったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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