第百三十一話 詩恩くん、桔梗ちゃんとお風呂に入る。その三
四月三日、前に書いたネタを忘れ、重複していたので内容を修正しました。
誕生日会が終わったあと、桔梗ちゃんの部屋に上がり二人きりで過ごした。その際、誕生日だしせっかくだから桔梗ちゃんの望みを何でも聞いてあげると発言したところ、彼女は顔を真っ赤にしながら、小さな声で僕と一緒にお風呂に入りたいと呟いた。
「えっと、確か前にも一緒に入りましたよね?」
「その、駄目ですか?」
「いいえ、むしろ大歓迎です」
以前は二人とも雨に降られた上、アパートの風呂が壊れたという事故みたいな状況だったので一緒に入ったわけだけど、今回は彼女からの希望だ。嬉しくないわけが無い。
「よかったです」
「ただ、今回僕が着る水着を海水パンツにしようかなと思います。以前入ったときと比べて、どこまで気絶癖が改善しているか確かめておきたいですし」
前に一緒に入ったときは、競泳水着の上を脱いだ状態の僕を見て動揺し、湯船で後ろから抱きしめられ気絶する寸前まで鼓動が早くなっていた桔梗ちゃん。あのときから二ヶ月以上経って僕達の関係も恋人同士から婚約者へとランクアップしているため、気絶癖だってよくなっているはずだ。
「ということは、最初からしーちゃんは上半身裸なんですよね?」
「そうなりますね。問題あるのなら競泳水着にしますけど」
「いえ! 海水パンツでお願いします!!」
力強くお願いされてしまった。そんなわけで夕飯を食べたあと桔梗ちゃんとお風呂に入ることが決まった。なお、事前に彩芽さん達に話を通して許可も得ているので問題ない。水着を取りに一旦アパートに戻ってから脱衣所に入り、水着に着替えて浴室へと足を踏み入れた。
「桔梗ちゃん、お待たせしました」
「しーちゃ、はぅぅ!!」
「桔梗ちゃん!?」
桔梗ちゃんは髪を洗っていた最中だったらしく、長い黒髪に絡みつく白い泡を流そうとシャワーを浴びていたところで僕に声をかけられ、手元が狂って泡が目に入ってしまったみたいだった。顔を洗ってから、改めて僕に向き直る桔梗ちゃん。
「お、お騒がせしました」
「いえ、僕も間が悪かったですから。シャワー持ってますから、先に髪を洗っちゃいましょう」
「すみません、お願いします」
彼女の髪は非常に長く、少し水で流した程度では泡は落ちない。シャワーを浴びせながら撫でるように入念に泡を洗い流し、邪魔にならないようタオルで纏めてあげた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。では桔梗ちゃん、背中の流し合いをしましょうか」
「あの、その前にしーちゃんの傷痕、触ってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
桔梗ちゃんの正面に座り、傷痕を見せる。たまに服の上から傷痕を撫でられることはあったけど、こうして直に触られるのは初めてで、結構くすぐったい。そうしてひとしきり触れたあと、こんな質問を投げかけられた。
「しーちゃん、この傷って手術のあと何回か開いたりしてませんか?」
「ええ。退院するまで何度も服が血塗れになりましたが、退院してからは一度しか開いてませんよ?」
「私、そのお話初耳なんですけど」
「言ってなかったですからね。あれは確か小学六年生のときだったと思います」
退院して半年以上が経った頃、昼休みにリハビリも兼ねてグラウンドを歩いていたら、同じくグラウンドで野球をしていた同級生が打ったボールが飛んできて、ちょうど僕のお腹に直撃して傷が開いたことがあったのだ。
「それで、しーちゃん大丈夫だったんですか?」
「開いたといっても数ミリ裂けただけですから、保健室に常備されてるガーゼと包帯で処置して貰って、数日で塞がりましたよ」
「はぅぅ、よかったです」
ことの顛末を聞いて安心する桔梗ちゃん。実はこの話には続きがあって、出血を見た先生が患部の確認のため服を脱がしたのだけど、その際少なくない同級生に僕の傷痕を目撃されてしまい、虫が這っているみたいだと気味悪がられた。
(まあ、続きは言わなくてもいいですね)
確かに言われた当時は気にしていたけど、自分ではとっくの昔に吹っ切っている。そんな終わった話を、また傷痕を撫でるのを再開した桔梗ちゃんにしても仕方ない。
「桔梗ちゃん、傷痕を撫でてくれるのは嬉しいですけど、そろそろ体洗いませんか?」
「そ、そうですね! ではしーちゃん、洗ってあげますから後ろ向いててください」
「わかりました」
どうやら桔梗ちゃんは僕が入る前に一通り済ませていたらしい。考えてみればスクール水着(旧型)を着た女の子の背中を洗うには上を脱がさなければならないため普通にアウトだった。僕の背中を、桔梗ちゃんが弱い力でゴシゴシと洗う。
「もっと強くてもいいですよ?」
「いえ、これで精一杯なんですけど」
「そうでしたか」
洗う力は弱かったが非常に丁寧で、そのまま髪も洗って貰ったのだけど、枝毛が多かったからなのか、珍しく桔梗ちゃんから普段の僕の髪の洗い方にダメ出しが入り、泡を流し終えるまでの間桔梗ちゃんのヘアケア講座を受ける羽目になった。
「桔梗ちゃんの髪の毛の触り心地がいいのは、それだけ努力してるからなんですね」
「はい。お化粧はまだ子供ですし出来ませんから、せめて髪だけでもと」
「そうですか」
これからはもっとありがたがって髪を撫でようと思いつつ湯船に浸かり、桔梗ちゃんを膝に乗るよう誘った。彼女は恥ずかしがりながらも膝に乗って背中を預けてきたので、僕はその背を覆うように抱きしめた。
「はぅぅ///」
「気絶癖、出そうですか?」
「だ、大丈夫です」
抱きしめられて鼓動が早くなったのを肌で感じたけど、受け答えや目の焦点はハッキリしているため、どうやら心配はなさそうだった。じっくり暖まってから、先に桔梗ちゃんに出るよう促し、彼女の着替えが終わったあとで僕も湯船から出て、部屋に向かった。
「しーちゃん、今日も一緒に寝てくれますか?」
「ええ。桔梗ちゃんが眠っても誕生日は続いてますからね。あなたが明日目を覚ますまで、僕はここにいますよ」
「嬉しいです♪」
誕生日が始まった瞬間から傍にいたのだ、これで終わる瞬間まで待たずに帰るなんてあり得ない。桔梗ちゃんが眠るそのときまでとりとめのない話をして、その後は桔梗ちゃんと同じベッドで彼女に抱き枕にされながら、とても心地よく眠ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
また話のストックが尽きましたので、しばらくお休みします。




