第百二十八話 詩恩くん、夏休み最終日を過ごす
夏休み最終日。佐藤家での夕飯を終え、明日の始業式の準備のためアパートへ帰ろうとしたところ、玄関で彩芽さんに呼び止められた。
「彩芽さん、何かご用ですか?」
「うん。大事な話があるから、あとでこっちに戻ってきてくれないかな? 多分長くなるし、泊まる用意をして来て欲しい」
どうやら重要な話があるそうで、明日の準備を終えたら佐藤家に戻らないとならないらしい。何の話か気になるけど、それよりも今日泊まる許可が彩芽さんから下りたことで、桔梗ちゃんの誕生日を誰よりも早く祝えるのは非常にありがたかった。
「いいですよ。桔梗ちゃんと一秒でも長くいられますからね。雪片兄さんはどうですか?」
「俺も夏休み最後の夜を鈴蘭と過ごしたいと思ってたから、大歓迎っす」
彼女と一緒に過ごしたいという本音を隠すことなく父親に堂々と言える辺り、僕と雪片兄さんは似た者同士なのかもしれない。そんな僕達に苦笑しながらも、どこか嬉しそうな彩芽さんも、ある意味同類だろうけど。
「君達ならそう言ってくれると思ってたよ。じゃあなるべく早く戻って来てくれないかい?」
「「わかりました」」
泊まることが決まったので、アパートに戻ってしたことは着替えと制服、それと通学鞄と旅先のお土産を取りに行くくらいで、数分もかからなかった。ほとんどトンボ返りで戻ったわけだけど、その間に話を通してくれていたのか、女性陣は嬉しそうに僕達を出迎えてくれた。
「しーちゃん、今日もいっぱいお話ししましょう♪」
「雪片くんも、寝るまで一緒にいようね♪」
「雪片くんと詩恩くんがいてくださると、わたしもすごく助かります」
「みんな、はしゃぐのはわかるけど、その前に大切な話があるから、まずはそっちからだよ。雪片も詩恩も、適当に座ってよ。なるべく手短に済ますからさ」
全員を後片付けの済んだダイニングに集め、座るよう促す彩芽さん。
「それはありがたいですけど、一体何の話をなさるつもりでしょうか?」
「しかも鈴蘭や桔梗まで同席させるなんて、かなり重要な要件なんっすね」
「まあね。まずは急ぎの、明日の誕生日会の話をするよ」
彩芽さんが最初に議題に乗せたのは、明日に迫った桔梗ちゃんと僕の誕生日会についてだった。それなら急ぎだというのもわかるけど、僕と桔梗ちゃんがいてもいいのだろうか。
「あの、僕達は外した方がいいのではないでしょうか?」
「大丈夫だよ。今から話すのは当日の予定についてだから、むしろいてくれた方が助かる」
「当日の予定と言いますと、僕達は遅く帰宅した方がいいとかですか?」
雪片兄さんや鈴蘭姉さんのときみたいに、誕生日会の準備が済むまで帰らなければいいのだろうか。その間桔梗ちゃんとどう過ごすかぼんやり考えていると、彩芽さんから意外な答えが返ってきた。
「確かに時間潰して帰ってきてくれれば助かるけど、それほど気にしなくてもいいよ」
「準備とかいいんすか?」
「いいも何も、いつもは僕とかえちゃんでしていることだからね。大人としても親としても、そのくらいのことはさせて欲しい」
「なら、お言葉に甘えて普通に帰るっす」
「でしたら僕達は気持ち遅めに帰ればいいですね」
いくら気にしなくていいといっても、祝う側の鈴蘭姉さん達よりも早く帰っても仕方ない。とはいえ逆にのんびりしすぎてもみんなを待たせてしまうので、ちょっと遅めに帰るくらいに考えておけばいいか。
「助かるよ。それと誕生日といえばだけど、本当に詩恩の誕生日会はしなくていいんだね?」
「ええ。祝われるなら桔梗ちゃんと一緒がいいですし、僕の誕生日当日は桔梗ちゃんとデートしたいですから」
始業式で半日授業の明日と違い、僕の誕生日は平日なのでデートと誕生会の両方を行うのは厳しく、それならばデートしようと桔梗ちゃんと相談して決めたのだ。
「そっか。なら明日は友達や家族と過ごす誕生日として楽しんでくれたらいいよ」
「詩恩くんの誕生日は、その分桔梗ちゃんと過ごす時間を大事にしてくださいね?」
「もちろんそのつもりです。それと夕飯は外で食べますけど、帰りはそれほど遅くならないはずなのでご安心ください」
一応当日の下校時刻によって多少ずれ込むことはあると思うけど、それでも高校生として健全な時間に帰るつもりだ。まあ下手に遅くまで外出すると途中で桔梗ちゃんが眠ってしまい、せっかくの誕生日デートが苦い想い出になってしまうという理由もあるが。
「了解だよ。とりあえずこれで誕生日関連の話は終わりだよ」
「誕生日関連ということは、他にも話あるんですか?」
「うん。明日から学校が始まるから、みんなにちょっと注意喚起をしようと思ってね」
「注意喚起って、何をでしょうか? これといって問題ある生活を送っていたつもりは無いんですけど」
僕の反論に桔梗ちゃん達が頷いて同意した。実際規則正しい生活を心がけ、夏休みの宿題の合間に予習復習もしていたので、夏休みボケや成績への影響は無いはずで、注意されるようなことに心当たりがなかった。
「そっちじゃなくて、桔梗ちゃんや鈴蘭ちゃんとの距離感についてだよ」
「わたしとあやくんがそうだったから言うんですけど、長い休みの間好きな人と一緒に居続けると、休み前に学校でどういう距離感で接していたのか忘れるんです」
「「「「あっ!」」」」
二人から指摘され、僕達はようやく問題点に気が付いた。ここのところ桔梗ちゃんを膝の上に乗せながら勉強するのが当たり前になっていて、部屋で一人自習していると物足りなく感じている。そんな状態で新学期を迎えるとどうなるかは想像に難くない。残りの三人も僕と似たような状況らしく、大人二人は苦笑していた。
「やっぱりか。もし注意しなかったらどうなってたか」
「クラスメートや理解ある先生の前ならいいのですけど、そうじゃない人に見られたら問題ですから、学校では我慢しましょうね?」
「「「「はい......」」」」
二人の言う通りだ。休みが終わる前に問題意識を持ててよかった。さらに彩芽さん達は、自分達が行った対処法について語り始めた。
「もし我慢出来なさそうなら、行く前に思う存分いちゃついて発散しておくといいよ」
「今日雪片くんと詩恩くんを夕食後にお呼びしたのはそのためです。ですので、今日は眠るまでの間、思う存分ラブラブしてくださいね♪」
それで正解なのかと一瞬思ったが、彩芽さん達が嘘をつく理由も無いし何より経験談なので信じてみようと思い、この日は眠るまで桔梗ちゃんといちゃついて、一緒の蒲団で眠ったのだった。
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