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第十一話 詩恩くん、従兄に報告する

詩恩の従兄登場です。

 アパートに戻ると、二階にある二部屋にのみ明かりがついていた。僕が外出していて千島先輩がバイトに行っているのだから当然といえば当然か。外階段を上がり、部屋に戻って時計を確認すると夜の七時半で、他にすることもないので入浴の準備をしようと思う。


(水道代を考えたらシャワーなのですが、せっかく浴槽もありますし使わないのも損ですよね)


 僕はどちらかというと風呂好きなので、せっかく入浴するのならじっくり浸かりたい。とはいえ仕送りで生活することを考えるとさすがに毎日湯を張るのは厳しいため、二日に一度はシャワーで済ませる予定だ。


(お風呂に使ったお湯は、明日の洗濯に使いましょう)


 溜めていたお湯がちょうどいい深さになったので、そのまま服を脱ぎいざ入浴というタイミングで携帯が鳴った。メールやメッセージアプリだったら放置したのだけど、生憎と通話なので無視は出来ない。


(もう、こんなときに誰ですか)


 すでに全裸になっていたので、僕は仕方なくバスタオルを胸元から腰を隠すように巻き付け、テーブルに置いてある携帯を手に取った。画面には久遠兄さんの名前が表示されている。


(久遠兄さんですか。無視は出来ませんけど、かけ直して貰いましょう)


 僕が一人暮らしをするための条件の一つ、だらしない生活を送っていたら親戚の家に引っ越すというものがあるが、その審判を務めるのが久遠兄さんだ。彼とのテレビ電話で部屋の様子を見せて、問題ありと判断されたら両親や伯父さんに連絡が行き、アパートの賃貸契約が解除される仕組みだ。


「もしもし久遠兄さん」

『詩恩!? お前それどういう格好だ!?』

「久遠兄さんが悪いんですからね。僕がお風呂に入るタイミングで電話してきたんですから」


 通話が繋がった途端、久遠兄さんが僕の姿を見て動揺していた。胸元を隠してもそうなるのかと、僕はため息をつきながら応じる。


『ああ、悪い。すまんがあとでかけ直す』

「それなら僕の方からかけ直します。お風呂中にかかってきても困りますから」

『わかった。ではあとでな』


 一旦通話が切れたので、僕は改めて入浴することにした。久遠兄さんも恩人の一人なので、待たせないように出来るだけ手早く体を洗い、ある程度温まってから風呂を出て、こちらから電話をかけた。


「久遠兄さん。もう大丈夫ですよ」

『詩恩、もう少しゆっくりしてもよかったと思うぞ。まあお前がそれでいいならいいが』

「それより、何の用ですか?」

『わかっているだろう。お前の両親に様子を報告するためだ。詩恩、一人暮らしを初めた気分はどうだ?』

「いいですよ。久遠兄さんだってそうじゃないんですか?」


 久遠兄さんは久遠兄さんで、僕と似たような時期に一人暮らしを始めたそうで、実は今の彼の実家には両親しか住んでいない。それもあってこちらに進学するとき、その家で暮らす案もあった。


『そうだな。家事は苦労するが、この開放感はいいものだ。だからこそ俺はお前の意向を汲んでやったんだ。俺の両親もお前が肩身の狭い思いをするくらいならと、一人暮らしを認めたわけだ』


 しかし、久遠兄さんや伯父さんが一人暮らしを容認してくれたから、僕はこうしてここにいる。理由は彼が話したとおりだ。


「わかってます」

『ならいい。くれぐれも俺達の信頼を裏切らないことだ。さて、説教臭い話はこのくらいにして、お前の今日の行動について、簡単でいいから話してくれ』

「僕の行動ですか?」

『ああ。疚しくなければ話せるだろう?』


 確かに正論だ。疚しいことはないので話す分には問題ないのだけど、外出先で幼馴染と偶然再会し家に招かれ、そこで僕の住むアパートの住人も交えた歓迎会が行われ、さらにその後幼馴染の両親にも挨拶したという内容を、果たして久遠兄さんは信じてくれるだろうか。


「わかりました。実は――」

『......』


 正直に話すと、電話の向こうからため息が聞こえてくる。作り話かと思われたのではないかと懸念していたのだが、久遠兄さんから放たれたのは別の言葉だった。


『一つ聞く、その家は佐藤鈴蘭の家だったか?』

「そうですけど、どうかしました?」

『だったらお前の言ってることは真実だな。俺の後輩が、ナンパから守ってくれたお礼として、家に連れて来られ手料理を振る舞われたらしいからな。今もお前と同じアパートに住んでるらしいが』

「あの、その後輩ってまさか」


 アパートの住人で久遠兄さんより年下なのは、僕を除くとたった一人しかいない。


『お前の恩人の千島のことだ。よかったな無事に会えて』

「やっぱりそうでしたか。千島先輩から、久遠兄さんと知り合いだと聞きましたよ」

『お前に知らせてもよかったんだが、どうせなら現地で再会した方が面白いだろう?』

「そこは、素直に感謝したいですけど」


 むしろ事前に知らされていたら、アパートから出て外食しようという考えに至らなかった。そうなると桔梗ちゃんよりも千島先輩と会うことになり、僕を男と知らない鈴蘭さんと険悪になる未来もあり得た。


『そうだろう。しかもお前は、もう一つの再会も為し得たようだしな』

「ええ。しかもその幼馴染、家事が得意だそうで、今度教えて貰う約束をしました」

『そうか。だったら生活面でお前の心配しなくてもいいか。そろそろ切るぞ?』

「はい。久遠兄さん、お休みなさい」

『ああ、お休み』


 通話を終えてから携帯を再びテーブルに置こうとすると、今度はメールが届く。どうやら桔梗ちゃんからで、明日の買い出しを手伝いたいという内容が書かれていた。


(願ったり叶ったりですね)


 桔梗ちゃんにも予定があるだろうと思い言い出せなかったが、彼女からお願いされたら断る理由は無い。承諾の返事を桔梗ちゃんへと送り、僕は明日を楽しみに待ったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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