第百二十七話 詩恩くん、友達と暴露し合う
かき氷パーティー終了後、片付けを行った。実験のために用意した氷やシロップも、あとからやって来た明日太の母親と弟達に振る舞うことで何とか使い切れた。
(かき氷機さん、あなたもお疲れ様でした)
今日もっとも働いたかき氷機を丁寧に洗い終え、心の中で労いの言葉をかけて居間に戻ると、明日太と近衛くんがトランプで何か勝負していた。
「お二人とも、何してるんですか?」
「ブラックジャックだ。悪いな詩恩、トランプ勝手に借りて」
「三番勝負で、負けた方がちょい恥ずかしい秘密を暴露するんや。桜庭もやるか?」
「構いませんけど、今してる勝負が終わってから参戦します」
僕があとから参戦するからといって、これまでの試合が無効になるのは面白くない。返答を聞いた近衛くんは苦い顔をして、明日太は口角を上げた。
「んな殺生な!」
「そういうわけでブラックジャックだ、近衛」
「......ワイの負けや」
明日太の出した手札は十とエース、対する近衛くんは八とクイーンだった。どうやら今の勝負が三本目だったらしく、敗北し罰ゲームが確定し近衛くんはガックリと項垂れた。
「罰ゲームは少し恥ずかしい話の暴露だったな?」
「わかっとるわ――こないだ理良とデートしに駅で待ち合わせしとったんやけど、理良のやつ普段履かへんようなヒールの高い靴履いてきててん、案の定靴擦れ起こしたんや。しゃあないから応急処置したあと、負ぶってデートを続けたんや」
明日太に促され恥ずかしい話を語った近衛くんだけど、聞く限りでは紫宮さんがちょっと迂闊だっただけで恥ずかしいと言えるような内容では無いと思う。
「普通にいい話じゃないですか」
「そうだな。どこに恥ずかしい要素がある?」
「理良を負ぶったときに胸が背中に当たって、そのあとのデートがずっと上の空やったんや。しかも翌日理良が嬉しそうにデートの内容をメイドや友達に語るもんやから、いたたまれへんでな」
そ、それは確かにちょっと恥ずかしいかもしれない。傍から見ると格好よく思える行動でも、内心悶々としていたなら話は変わってくるわけで、ましてやそれを嬉しそうに自慢されると何も言えなくても仕方ない。
「何というか気持ちはわかる。格好付けるなら付けるでもっとスマートにしたかったんだろう?」
「もしくは胸が当たっていると指摘して、いつもの雰囲気に戻してもよかったのでは?」
「あんさんらの言うとおりや。笑うてええで」
「笑いませんよ。僕達だって好きな人の前で余裕でいられる人間じゃないですし」
「僕達男子はもちろん、鈴菜達女子だって同じなんだ」
当然紫宮さんだってそうだ。しっかりしている彼女でもデートとなると慣れない靴を履いて後悔することだってあるのだ。完璧でいられないことを笑うことなんて、神様にだって出来やしないのだから。
「ありがとうな。あんさんらと友達になってよかったわ」
「いえいえ」
「なんだ、泣きそうなのか?」
「アホいえ。ちゅうわけでワイの話は終わりやさかい、次の勝負行くで。明日太にも詩恩にも、ワイ以上に恥ずかしい思いさせたるからの!」
そう高らかに宣言する近衛――柊くん。ちょっと恥ずかしい話のはずが思ったよりも高いハードルの暴露話をされてしまったので、負けられない理由が出来てしまった。
「なら改めて三人で勝負だな」
「勝負はブラックジャックでいいですか?」
「いいや。同じゲームやと盛り上がらへんし、次はポーカーなんてどないや?」
「構いませんよ」
「シャッフルは柊がしてくれ。連敗の言い訳にされたくないからな」
「言うたな明日太、吠え面かかせたる!」
軽い舌戦ののち、ポーカーでの三番勝負が始まった。最初の勝負は僕が役無し明日太がツーペア、柊がストレートフラッシュ。二回目は明日太がストレート、僕がフルハウスで柊がワンペア、最後が明日太は役無し柊がフラッシュ、そして僕がロイヤルストレートフラッシュだった。
「順位だけ見ると全員互角やけど、どないする?」
「でしたら一位で上がったときに出来た役で比べましょうか」
「なら僕の負けだな。禍福は糾える縄の如しと言うし、ここでごねても仕方ない」
「正論やな」
素直に負けを認める明日太に、僕の方を見ながら頷く柊。禍福は糾える縄のごとしとは、幸運と不運はより合わせた縄のように交互にやってくるので、その場の運に一喜一憂すべきでないという意味の言葉だ。うん、ロイヤルストレートフラッシュなんて引いちゃったからとんでもない不運が来ると自覚はしてる。
「まあそれより今は明日太の罰ゲームやな。どないな恥ずかしい秘密を話してくれるんや?」
「あまり期待するな――夏休みの間、僕は鈴菜の家で勉強会をしてたんだが、彼女の家に二人きりというのが落ち着かなくて、うっかり緊張の糸が切れて寝てしまったときがあったんだ」
「えっと、彼女の家って落ち着かないものなんですか?」
「ワイらがおかしいだけで、明日太の感覚が普通やろ」
それもそうか。すっかり慣れて感覚麻痺してるけど、高校生なのにお互いの家を行き来し、生活リズムを完全に把握してるカップルなんて少数派もいいところだし。
「続けるぞ。そんな醜態をさらした僕を鈴菜は膝枕してくれたんだが、その光景を天野先生と御影先生の二人に目撃されてしまったんだ」
「うわぁ、それキッツいな。しかも一人は明日太らの担任なんやろ?」
「ああ。ただ二人とも教師としての立場よりも鈴菜の恋路を応援するのが優先らしく、起きたあと説教されるどころか根掘り葉掘り聞かれた」
僕と桔梗ちゃんの関係に興味津々な天野先生なら容易に想像出来るけど、まさか母親も同系統だったとは思わなかった。それでも反対されるよりはいいと思うけど。
「そういうわけで、柊も油断して身内に見られないよう気を付けろよ」
「肝に銘じとくわ」
「あの、僕には?」
「身内にも積極的に見せた結果、高校生の身で婚約まで行ったお前に言えることなんて一つもないんだが?」
「ある意味誰よりも男らしいことしとるわな。そんな詩恩の恥ずかしい話も聞きたいし、三戦目に行くとするかいな」
三戦目のゲームは運が大きく絡むと面白くないと明日太がババ抜きに決めたのだけど普通に二人とも上手く、三本目を待たずして僕の罰ゲームが決まった。
「どうする? 一応最後までやるか?」
「死体蹴りになるだけやし、止めてもええで?」
「いいえ。せめて一矢報います」
しかし、よほど運に見放されてしまったのか、全敗という散々な結果となった。とはいえ話せるような恥ずかしい話なんてすぐに思い浮かばない――いや、あれならいいか。
「お二人のした話と違い、普通にお恥ずかしい話なのですが、桔梗ちゃんって家の中ではルーズソックスを愛用していますよね?」
「そういえば前に遊びに行ったとき妙なもの履いてたな」
「暑そうやなって思ったわ。ほんで、その靴下がどうかしたんや?」
「実はなんですが、最近あれを桔梗ちゃんに履かせてあげるのが楽しみになってまして」
「なあ柊、異性に靴下履かせるのって珍しくないのか?」
「いや、執事どころかメイドでも普通やらんて」
僕が秘密を暴露したところ、二人にドン引きされてしまった。最初は恥ずかしいですけど、慣れると楽しくなってくるのに。
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