第百二十一話 詩恩くん、姉が出来る
祭りの翌日、一足先に帰る雛菊さんと桐矢さんを見送るため、僕達は朝から駅にいた。僕達は向こうで会えるからいいけど、葵さんとカンナさんはそうもいかない。
「冬にまた来ること、ちゃんと忘れないでね」
「必ず来るから心配ない」
「帰ったら電話してくれないと、許さないし」
「大丈夫よ。夜十時以降に話せる友達は多い方がいいもの」
別れを惜しむ彼らに、桐矢さん達は再会の約束をしていた。僕達も雪片先輩達も別れを経験しているので四人に口を出さず黙って見守っていた。ようやく気が済んだのか、葵さん達が桐矢さん達の背をそっと押した。
「それじゃ、また」
「一足先に帰ってるわね」
そう言ってホームの奥へと消えていった。二人とも両親からお盆には戻ってくるよう言われているのだけど、順調に帰れば十一日の夕方には到着する。リミットよりも一日早く帰ったのには理由があった。
(こっちに連れて来て貰ったお礼に彩芽さんの家を掃除するなんて、お二人とも律儀ですよね)
本来彼らは普通に電車で来てホテルに泊まる予定だったらしい。それを彩芽さんの厚意で連れて来て貰い、更に宿泊先も世話してくれた。そのため旅行の予算がかなり浮いたそうで、その恩返しだそうだ。彩芽さん達からしてみても長期旅行から帰った翌日は掃除で忙しいそうなので、彼らの申し出はありがたかったらしい。
(さすがに家の外だけらしいですけど、それでも助かりますね)
夏場なので庭の草木が育ち、雑草も伸びてくる。そのため外の掃除をしてくれるだけでも大分助かる。門の鍵を桐矢さんに、何かあったときのために家の合い鍵を雛菊さんにそれぞれ預けた彩芽さん。よく知った相手とはいえ、鍵を預けられるくらい信用されるような人間になりたいと僕は密かに思った。
「さて、これからどうする?」
「カンナさん、今から予定とかあったりするかな?」
しばしの別れのあとだからか、鈴蘭さんの質問から気遣っているような雰囲気が感じられた。当の本人達もそう認識したのかバッサリと切り捨てた。
「別に気遣わなくていいよ。でもカンナの宿題をどうにかしないといけないから、予定はあるね」
「別にそんなのいいじゃん!」
「よくないから。ただでさえ成績ギリギリなんだから」
「だったら見過ごせないな」
「二人とも、悪いけどとと様達に言伝頼めるかな?」
どうやらカンナさんの宿題を全員で手伝うつもりらしい。一応二年生の範囲も出来ないことはないけれど、手伝うのもどうかと思ったので桔梗ちゃんと帰宅し宿題を片付けながら一日を過ごした。その翌日は特にすることも無かったから、土産選びや家の掃除をして、夜に桔梗ちゃんが眠ったあとで入浴しようとしたところ鈴蘭さんに話があると言われて呼び止められた。
「詩恩さん、わざわざごめんね?」
「いえ、同じ屋根の下ですし気にしないでください。それよりも桔梗ちゃんが寝たあとで話って、彼女には聞かせられない話ですか?」
「そんなところかな。多分当人が聞いたら恥ずかしがるから」
桔梗ちゃんが恥ずかしがる話とは一体何だろうか。婚約者としては非常に気になるところだ。とりあえず人気の無い部屋に場所を移したところで、鈴蘭さんが話を切り出した。
「お祭りの日、雪片くんと詩恩さんが射的で勝負してたときあったよね?」
「ええ。かなり白熱した勝負になりましたけど、あのときお二人とも近くにいましたよね?」
「うん。実はそのとき、桔梗ちゃんとお話ししててあんまり二人のこと見てないんだ。ごめんね?」
勝負を見られていなかったことは結構ショックだった。とはいえそのとき二人がしていた話の内容も気になるので聞いてみた。不躾かもしれないがそのくらいはしても許されると思う。
「そうですか。ちなみにどういったお話をされてたんですか?」
「お祭りの話から、わたしの受験と卒業後のお話になってね」
「受験と卒業って、かなり真剣な話じゃないですか」
内容を聞いてから仕方ないなと思い直した。こう見えて鈴蘭さんは高校二年生なので、話の中で来年のことに触れればそういった流れになるのはおかしくはない。何なら勝負を中断してでも雪片先輩も話に参加して貰えばよかったのかもしれない。
「あはは、実は志望校を決めるところまで行ってるから、今のところそうでもないんだ」
「何気にすごいこと言ってませんか?」
「わたしも雪片くんも、目標を早いうちに見付けられたからね」
今の時点である程度具体的に考えているのはさすがと言うべきだと思う。だけどこの話のどこに桔梗ちゃんが恥ずかしがる要素があるのだろうか。
「普通に考えれば桔梗ちゃんが恥じ入るような内容だとは思えませんが、まさか鈴蘭さんが遠くに行くと勘違いして大泣きしたとか?」
「ううん、基本的には近場を選ぶつもりだよ。家は出るつもりだけどね」
「では、鈴蘭さんが出て行くことを寂しがって嫌がったとか?」
「話をしたときわたしもそうなるかなって思ってフォロー入れたんだけど、桔梗ちゃん寂しがってても嫌がってなかったんだ」
桔梗ちゃんなら考えられそうな予想を口にするも、鈴蘭さんの口から否定される。泣かなかったり寂しがらないというのはかなり意外に思えたけど、だったら恥ずかしがるようなことはないはずだ。
「では何故?」
「寂しいけど寂しくないって言葉を聞いて、桔梗ちゃんが返してきた話に詩恩さんとの別れのとき大泣きしたときや、わたし達に支えられて立ち直ったときの心情が入ってるからかな?」
なるほど、確かにその辺りの話は桔梗ちゃんにとってあまり掘り返されたくないだろう。僕も自分で語るならまだしも、人に詳しく話されるのはいい気はしないから。
「でしたらどうしてそれを僕に話そうと思ったんですか?」
「その辺りの体験を通じて、たとえお別れしてもいつかまた会えるから、寂しいけど頑張れるって言ってくれたから」
「桔梗ちゃんがそんなことを......」
大体いつも桔梗ちゃんは僕か鈴蘭さんにくっついているので、寂しくないというのもただの強がりかと思ったけど、どうやら違ったらしい。いつも見ているつもりでも、彼女の強さを見落としていた。
「桔梗ちゃんもいつの間にか強くなってたんだよ。詩恩さんと別れた当時は、泣いてばかりいたあの子が」
「きっと優しく支えた鈴蘭さん達のおかげですね」
「詩恩さんからの手紙も、同じくらい支えになったらしいよ?」
「ではお互い様ということで。いいお話を聞けました」
「詩恩さん、桔梗ちゃんには秘密にしておいてね?」
「もちろんです。鈴蘭姉さん」
「はぅぅ!?」
自然と口からそんな呼び方が出てきた。きっと心のどこかでそう呼びたかったのかもしれない。そう自分で納得する一方、いきなり姉さん呼びされた鈴蘭さんは動揺していた。そんな彼女を宥めてから、僕は改めて入浴してから就寝した。
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