第百二十話 桔梗ちゃん、お祭りを楽しむ
桔梗視点です。
屋台の列に並んで買った食べ物を持ち寄り、公園の広場で皆さんと一緒に食べました。量を見て多いかなと思いましたけどそこは男子が四人もいたので、すべて残さず完食しました。ただ、私と鈴蘭お姉ちゃん、しーちゃんの三人は満腹になりましたけど。
「まあ、お前達にしては食べた方だと思うぞ? 俺は余裕だが桐矢や葵はどうだ?」
「おれは八分目くらい。食べようと思えばまだ食べられる」
「こっちも似たようなものだけど、お祭りだし食べてばかりも面白くないから、君達と遊びたいね。カンナと雛菊はどうかな?」
「ウチは九分目ってとこで、葵と同じ意見だよ」
「あたしもカンナと同じよ」
「そうか」
全員のお腹の具合を聞いて、雪片お兄ちゃんは私達の方を見て考え込み、
「だったらお前ら四人は先に遊んでくるといい。コイツらが動けるようになったら、俺らも適当に楽しむつもりだ」
「わかった。じゃあまたあとで」
動けない私達のことを引き受け、遊びに出る雛菊お姉ちゃん達を送り出しました。元々あまり食べられない私や鈴蘭お姉ちゃんはともかく、しーちゃんが動けなくなるまで食べたのは意外でした。雪片お兄ちゃんもそう感じたみたいで、
「詩恩、慎重なお前にしては珍しいな。祭りの熱気に中てられたか?」
「......そうかもしれません。不甲斐ないですね」
「そう思うなら、あとで俺に付き合え。あと鈴蘭達も着いてこい。小柄なお前らを一度見失ったら見付けるのが困難だからな」
「うん、わかってるよ」
「はい」
お祭りみたいに人の多い場所では結構な確率で人波に飲まれてしまうため、私はしーちゃんの、鈴蘭お姉ちゃんは雪片お兄ちゃんの手をそれぞれ握り、四人で行動することになりました。いつも通りといえばそうなのですが、ある意味これもダブルデートになるのでしょう。
「雪片先輩、どちらに向かっているのでしょうか?」
「射的の屋台だ。たまにはお前と勝負するのも悪くないと思ってな」
「いいですね。先輩といえども手加減はしませんよ?」
「それはこっちの台詞だ」
どちらもお祭りで気分が高揚しているのか、しーちゃんと雪片お兄ちゃんが射的で勝負することになりました。邪魔にならないよう二人から少し離れ、鈴蘭お姉ちゃんとお互いの手を握りながら彼らの勇姿を見守ります。
「しーちゃんも雪片お兄ちゃんも、頑張ってください」
「ええ。すみません、この方と的当て勝負をしたいのですが、いくらで受け付けていますか?」
「先に言っておくが純粋に勝負したいだけで景品は必要ない」
「だったら五発勝負で千円、負けた方が支払うのでどうだ?」
「「乗った(乗りました)!」」
屋台の店主さんがニヤリと笑いながら、普通に射的をするよりも高い料金を提示しました。お二人ともその方が勝負が盛り上がると感じたのか、条件を聞いて即座に承諾しました。
「そうこなっくっちゃな。若えのも嬢ちゃんも祭りの粋ってものをわかってるな! それと若えのも嬢ちゃんも、身を乗り出して撃つのは無しだぞ?」
「ええ、問題ありません」
「俺も大丈夫だ」
「なら、こっちの五丁が若えの、そっちが嬢ちゃんのだ」
コルク銃を受け取り、しーちゃんと雪片お兄ちゃんの射的勝負が始まりました。先攻は雪片お兄ちゃんで、レモン飴の箱の右上に当てて落としました。後攻のしーちゃんもキャラメルの箱の中心に当て、これで一対一です。
「お二人とも格好いいです」
「そうだね。どっちもお祭りに来るの初めてに近いのに上手だよね。でも雪片くんはともかく、詩恩さんがあそこまで射的上手なんて思わなかったよ」
「前にゲームセンターの射撃ゲームで、新記録出してましたよ?」
スコアが一番上に出ていましたし、ギャラリーの方達がどよめいていましたから、間違いないと思います。
「それって、ゾンビ撃つあれだよね? あのゲーム、確か桐矢くんが難しかったって言ってたと思うけど、新記録って凄いんだね」
「しーちゃん、運動は苦手でも的当ては得意らしいですから」
冬木くんや江波くんから聞いた話ですが、体力がある間はバスケやサッカーのシュート練習でもほとんど的を外さないそうです。ですのでしーちゃんと敵対したときは体力を使わせるのがセオリーになっているそうです。
「そう考えると詩恩さんと雪片くんが対等の立場で戦える、数少ない機会なのかもね。二人ともまた当てて、今三対三みたい」
「互角すぎてビックリです。勝負がつかなかったら、延長戦になるのでしょうか?」
「どっちかっていうと次に持ち越しになると思うよ。二人とも負けず嫌いだけど、決着急がないタイプだし」
そういえばしーちゃん、理良さんとの勝負を持ち越していましたね。子供の頃満足に遊べなかった過去が二人に共通してあるので、きっと勝ち負け以上に互角の相手との勝負を出来るだけ長く楽しみたいのかもしれません。
「でしたら来年の初詣や、夏祭りでも勝負してるかもですね」
「決着がつかなかったらね。でも、初詣はともかく、夏祭りはどうかな?」
「えっ?」
「だって来年はわたし達受験だから」
「あっ、そうでしたね」
すっかり忘れていました。こうして鈴蘭お姉ちゃん達と遊べるのも、長くても来年の夏から秋までなんですよね。来年のママのお誕生日を過ぎれば、鈴蘭お姉ちゃん達も本格的に受験勉強を始めるでしょう。そう思うと、少し寂しくなってきました。
「そうそう、受験の話が出たからこの際言っておこうと思うけど、大学入学出来たら、思い切って家を出ようと思ってるんだ」
「えっ!?」
鈴蘭お姉ちゃんが卒業したら遠くの学校に行くかもしれないとは心の片隅で考え覚悟していましたが、実際に聞かされると思っていた以上にショックでした。それでも――。
「ほら、いつまでもとと様達に頼ってもいられないしさ。それに一人で、ううん、好きな人と生きていきたいから」
「好きな人と生きる......」
「うん。だからお別れを思うと寂しいけど、寂しくないんだよ。桔梗ちゃんもわかるよね?」
「は、はい。私は――」
私の考えを伝え、それを聞いた鈴蘭お姉ちゃんは満足そうなお顔をして「桔梗ちゃん、強くなったんだね」と呟きました。もしそうなら、きっと鈴蘭お姉ちゃんのおかげでもあります。
「勝負、結局引き分けだったみたいだね。二人にお疲れ様を言いに行こっか♪」
「はい♪」
お話をしている間にしーちゃんの勝負は終わったみたいで、どちらも全部当てて勝負がつきませんでした。このあと雛菊お姉ちゃん達と合流してお祭りを楽しみ、花火を全員で見ました。その直後に私と鈴蘭お姉ちゃんが眠ってしまったのですけど。
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