第百十七話 詩恩くん、桔梗ちゃんの祖父母に挨拶する
地元に戻ってからの三日間、午前中は夏休みの宿題を片付け、午後は店の手伝いをして過ごした。接客のため母さんに女装させられたり、桔梗ちゃんがお客さんからもみくちゃにされたりして、大変だったけど楽しかった。
(瀬尾さんも根津さんも、すっかり桔梗ちゃんのこと気に入りましたからね)
おかげで電車に乗るとき、ちょっとした送別会みたいになってしまい、お土産を大量に持たされることとなった。今度は楓さんや鈴蘭さんも連れて行こうと密かに思いつつ、桔梗ちゃんと行程表を確認する。
「今回は飛行機に乗らず電車だけで、三時頃には着く予定です」
「何と言いますか、思ってたよりは時間かからないんですね」
「僕も調べててそう思いましたが、あくまでも乗り換えがスムーズに出来た場合でこれですからね」
飛行機を使えば時間短縮は可能だが、ただでさえ高い旅費がさらに高くなる。いくら父さんや彩芽さんが立て替えてくれるといっても、節約出来る部分はするべきだ。
「でしたら寝過ごしたりしないよう気を付けないとですね」
「ええ。ですが最初のこの路線は寝てても大丈夫ですよ。終点の駅で乗り換えですからね」
「わかりました」
移動中は寝て過ごし、着く前に目を覚まして駅で電車を乗り継ぐ。これを二度繰り返し途中で昼ご飯を食べて、僕達は桔梗ちゃんの実家のある町の駅に辿り着いた。
「はぅぅ、やっと着きましたね」
「ええ。机上では余裕だと思ってましたが、実際に動いてみると意外と時間ギリギリでしたね」
駅に着いた際に降りたホームと、乗りたい電車の入るホームが離れていて、移動に時間を取られてしまったのが原因だ。とはいえ道順も覚えたので、次に利用する機会があればもう少し楽になると思う。
「さて、雪片先輩達は......」
「あっ、あそこです!」
「本当ですね。鈴蘭さん、雪片先輩、こっちです!」
駅に降り立ち、僕達の到着を待っていた雪片先輩達を探す。すぐに桔梗ちゃんが彼らの姿を見付けてくれたので、僕は二人に向かって大声で呼び掛けた。
「鈴蘭お姉ちゃん、お久しぶりです♪」
「桔梗ちゃん、頑張ったね♪」
「二人とも迷わずに来られたんだな」
「何とか、ですね。おかげで疲れました」
「そうか。タクシー呼んであるから乗っていくといい。このまま炎天下を歩いて義理の祖父母に挨拶に行くのもいやだろう?」
「助かります。第一印象がダレた姿というのはよろしくないですからね」
再会の喜びを抱き合って表す姉妹を横目に、僕は雪片先輩と軽く打ち合わせをする。これからすぐに桔梗ちゃんの祖父母への挨拶が控えているためだ。雪片先輩の心配りに感謝しながらタクシーに乗り込む。四人だと手狭だったけど。
「先に言っておくが、桔梗の祖父母はお前達が来るのを家で楽しみに待っているからな?」
「逆に不安になってきました」
「大丈夫だよ。じじ様達に詩恩さんがどういう人か話したら、会ってみたいって言ってたし」
「それに私にお手紙を送ってくれたしーちゃんのことは四人とも知ってますから」
桔梗ちゃんの祖父母が全員在宅という情報に不安を感じたが、彼らが僕のことを知った上で会ってみたいと評していたことで多少軽くなった。彼女の実家の前に着くと彩芽さん達が出迎えてくれて、僕と桔梗ちゃんを家のリビングへと通した。
「桔梗、無事に来られて安心したわ。そちらの子の采配かしら?」
「は、はい。撫子グランマ」
「そう」
リビングにはすでに四人の男女が座っていて、彩芽さんに似ている女性が桔梗ちゃんに話しかけた。見た目が若々しいのは彩芽さんの母親だからだろうか。撫子と呼ばれた女性は桔梗ちゃんとの話を終えると、今度は僕に声をかけてきた。
「感謝するわ。確かあんた」
「桜庭詩恩と申します。桔梗さんとは幼馴染の関係です」
「ああ、しーちゃんね。あたしは撫子、彩芽の母親よ。それと入院してた頃からずっと、桔梗のこと支えてくれてありがとう」
「楓の母の紅葉です~。しーちゃんさん~、ありがとうございます~」
「楓の父親の一咲だよ。詩恩さん、桔梗ちゃんのこと普段の生活でも助けてるんだよね。ありがとう」
「樹、彩芽の父だ。鈴蘭から聞いている。うちの孫のこと、感謝する」
名乗っただけで全員から感謝されるなんて思わなかった。それぞれの口から出た話からすると、一通りの事情が鈴蘭さんの口から伝わっているのかもしれない。
「あの、僕のことどこまでご存知なんですか?」
「君が桔梗ちゃんと再会してから婚約したところまでは聞いてるよ」
「ですね~。こんなに美人さんを捕まえるなんて~、桔梗ちゃんも隅におけませんね~」
「でしたら、婚約に反対したりとか苦言を呈したりとか」
別に反対されたいわけじゃないけど、高校も卒業していない子供同士が婚約なんて聞いたら、将来のことを考え進路を決めてからと忠告するくらいはされてもおかしくない。
「鈴蘭と雪片のときにも同じこと言ったけど、彩芽と桔梗が許可したんだから、私達は何も言わないわよ」
「そういうことだ。苦言にしても君はまだ高校一年生なのだ。将来どうするなんてこれから決めればいい」
「そうそう、何なら彩芽くんは君よりもずっと遅い時期に将来の悩みを相談してきたくらいだから」
「そうなんですか?」
一咲さんからの話を聞いて驚く。彩芽さんは学生時代もちゃんとしていたイメージがあったので意外に思えたからだ。
「ああ。だけどああして大人になったんだ。その頃の彩芽よりもしっかりしている君なら何の問題もない」
「どっちかっていうと問題あるのは桔梗よね。詩恩さんに愛想尽かされないようにしなさいよ?」
「はぅぅ!?」
「大丈夫ですよ。僕は桔梗ちゃんのすべてを愛してますから、愛想を尽かすなんて絶対にあり得ません」
撫子さんをはじめとする義理の祖父母に向かい、僕は堂々と宣言する。この小さな体も、可愛らしい性格も、恥ずかしがり屋なところも、全部含めて桔梗ちゃんのことを愛しているのだ。
「は、はぅぅぅ!?」
「なら安心ね。このままだと桔梗が気絶するから、この辺にしておきましょう」
「そうだな。夕食の場で君の歓迎会をするから、心の準備はしておいて欲しい」
「あっ、やっぱりするんですね」
どうやら彩芽さんが祝いごと好きなのは、親の影響らしかった。このあと開かれた歓迎会で、桔梗ちゃんの昔話が沢山聞けてますます彼女のことを好きになった。当人はずっと恥ずかしがっていたけど。
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