第百十六話 雪片くん、友人を連れて行く
前作主人公、雪片視点です。
詩恩達がこちらを発って二日が経った日、俺達も彩芽さん達の故郷に行くこととなった。ただし今回は桔梗と詩恩の代わりに二名ほどゲストがいるのだが。
「よろしくお願いします、彩芽さん、楓さん」
「構わないよ。あっちの二人も会いたいって言ってたし」
「助かります。カナと会うのは久し振りだし、アオとは会ってみたかったから」
そう、今回の旅には雛菊と桐矢も着いてくる。二人とも自分達で旅行の計画を立てていたらしいが、その計画が鈴蘭経由で彩芽さんにバレ、かつ車の席に空きがあったため一緒に連れて行くことになった。
「そういえばお前らカンナとは幼馴染でも葵とは初対面になるのか」
「あんまり初めてって気もしないけど。何せあのカンナの幼馴染兼彼氏だもの」
「カナの彼氏ってだけで、意気投合出来る自信がある」
「そうか」
「むしろ意気投合してくれないと困るんだよね。二人にはそれぞれの家に泊まって貰うんだから」
もちろん彩芽さんもただで承諾したわけではなく、連れて行く代わりに雛菊はカンナの、桐矢は葵の家にそれぞれ泊まり、帰りの日まで問題を起こさないことを条件に付けた。甘すぎる条件だと思うがそれだけ信じているということだろう。
「もちろんわかってます」
「大丈夫です」
「よろしい。それと僕が連れて行くのは片道だけだから、帰りは二人で何とかしてね?」
「お盆には戻っててくださいね?」
「「はい」」
彩芽さんと楓さんの言葉に頷く二人。俺にはいまいちピンとこないがお盆は先祖の霊を供養し墓参りなどをするらしく、さすがにそれまでには帰らせて欲しいと雛菊や桐矢の両親に言われたそうだ。
「じゃあ出発しようか」
「休憩を何度か挟みますので、そこで済ませることは済ませましょうね?」
「「「「はい」」」」
話すべきことを話し終わって、ゆっくりと車を出す彩芽さん。ナビは楓さんに任せ、俺達四人は後部座席でカードゲームを行い、三度目の対戦が終わったところで、俺は気になっていたことを桐矢達に質問した。
「それで、葵やカンナの家に泊まること、あいつら自身には連絡してるのか?」
「ご両親には話したけど、本人には口止めして貰ってるわ。鈴蘭達は言ってる?」
「言うも何も、わたしに口止めしたの雛菊さんだよね?」
「俺は口止めされてないが、葵達からも聞かれてないから言ってない。聞かれても言わなかったが」
そもそも葵とのやり取りのあとで雛菊と桐矢が同行することを聞いて、以降葵とは連絡取ってないから言いようが無い。
「どうして?」
「こういうのはサプライズが一番だからな」
前回行ったとき俺は葵に驚かされっ放しだった。向こうからすれば何も言わず去っていった俺への仕返しなのだろうが、やられたままというのも面白くない。
「正論ね。カンナと葵の驚く顔が楽しみ」
「予定調和じゃ詰まらない。驚きがあった方が楽しい」
「まったくだな」
「でも、きっと二人とも喜んでくれるよ」
それは間違いない。俺や鈴蘭が冬休みぶりに遊びに行くだけでも嬉しがっていたのだ、そこに幼馴染二人が加わって盛り上がらないわけが無い。
「雛菊さん、実はお盆の少し前に向こうでお祭りがあるんだよ。よかったら一緒に行こうよ」
「いいわね。その頃には桔梗達も合流してるんでしょ? 全員で楽しい思い出を作りましょう」
「おれ達も行く。ユキは夏祭り初めて?」
「そうかもしれん」
覚えてないくらい昔にお袋と行ってた可能性はあるが、記憶にある限りでは行った経験は無い。出店で買い食いしたのも去年の文化祭と今年の初詣くらいだ。
「だったら、浴衣を着て楽しむ」
「浴衣と言われても持ってないし着方も知らないんだが」
「それなら僕が買うし、着方も教えるよ。先に言うけど遠慮しなくて良いからね?」
運転席の彩芽さんから返事が来た。確かにこの人なら男物も女物も普通に着付け出来そうだ。遠慮するなと釘も刺されたので、ありがたく受け取っておこう。
「お願いするっす」
「あたしと桐矢の浴衣の代金は受け取って貰いますよ。ただでは受け取れませんし」
「わかったよ」
「浴衣、いいの選びましょう」
浴衣の良し悪しは俺にはわからないので恐らく鈴蘭の好みになるだろうが、それはそれでいいと思う。初めてなのだから、経験のあるやつらから楽しさを教われば。
(千島の家から解放されてそれなりに経つが、まだまだ知らないことは多いな)
そうしみじみと感じながら車に揺られ数時間、普段なら夕飯を食べているくらいの時間に鈴蘭の実家に到着し車から出たのだが、家の前で意外な人物が待っていた。
「みんな久し振りだね!」
「雪片、驚いた?」
「お前ら、どうしてここに!?」
「えっ、カンナさんに葵くん?」
待っていたのは葵とカンナだった。どうやら楓さんから母親の紅葉さんにもうすぐ着くと連絡が行き、さらに紅葉さんが二人に知らせ出迎えるため家で待っていたそうだ。
「驚いてくれると思ってたよ。ドッキリ大成功だ」
「いいリアクションだね!」
さすがは俺の親友と元ガキ大将、どちらも大人しく待ってくれているはずも無かったか。だがこいつらの余裕な顔もすぐに崩れさることになったが。
「カナ、久し振り。アオは初めましてになるかな?」
「久し振りね、カンナ。葵、初めまして」
「「へっ?」」
車から下りてきた雛菊と桐矢から話しかけられ、二人とも呆けた顔になる。それもそうか、カンナからしてみれば十年近く会ってない幼馴染が急に現れたのだから。葵はもっと単純で、顔も知らない友人が急に押しかけてきて驚かないはずがなかった。
「雛菊に桐矢!? 二人とも何でここにいるの!?」
「ちょっと、君達が何で雪片達と一緒に来てるんだよ!」
「そう驚くな。夏休みだから連れて来ただけだ。お前らも会いたいとは思ってただろう?」
「確かにいつか会いたいと思ってたけど!」
「とりあえず近所迷惑になるから、続きは中に入ってからだ」
「誰のせいだと......まあいいか」
反論しても仕方ないとわかったのか、素直に家の中に入ってから雛菊達と名乗り合った葵。友人が増えたことは喜んでいたが、俺が秘密にしていたことが気にくわないようだった。
「雪片がおれに隠し事するなんて......昔はあんなに素直だったのに」
「うるさいぞ葵」
「ユキの昔話、あとで聞きたい」
「あたしも興味あるわね」
「そんなこと、いつでも聞けるし話せるから。それよりも鈴蘭ちゃん、桔梗ちゃんは!?」
「ちょっと事情があって、数日後にあの子の大事な人と来る予定だよ」
この場に桔梗がいないことに気付いたカンナから所在を聞かれ、あとから来ることを告げる鈴蘭。詩恩のことを大事な人とぼかしたのはもちろん葵達に驚いて貰うためだ。
(さて、詩恩と会ったこいつらがどういう反応するのか楽しみだ)
どう考えても葵は会ったこと無いだろうし、会っている可能性がありそうなカンナにしてみても、鈴蘭や雛菊ですら誤解した詩恩の性別を見破っていたとは思えない。数日後を楽しみにしながら、それぞれの家に帰る葵たちを見送ったのだった。
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