第百十四話 詩恩くん、父親と語り合う
翌日、目を覚ますと懐かしい天井が見えた。そういえば実家に戻っていたのだと思い出しながら、ぼんやりとした頭で洗面所へと向かう。その途中で、すでに起きていた桔梗ちゃんとバッタリ出会い、挨拶を交わした。
「おはようございます、桔梗ちゃん。昨日は眠れましたか?」
「しーちゃん、おはようございます。その、少し緊張しました」
「そうですか。今日は父さんが帰ってくるらしいので、それまでは夏休みの宿題をしましょう」
「はい!」
せっかく戻ってきたわけだし、父さんもたまの休みなのだから親孝行くらいはしておきたい。たとえ多少問題のある両親だったとしても。朝食を終え、店へと下りる母さんを見送ってから、桔梗ちゃんを部屋に招き入れた。
「しーちゃんのお部屋、本以外のものはあまり置いてないんですね」
「入院中や退院後よく読書してましたから。なので本棚に並んでるのは教科書や参考書が大半なんです」
僕の部屋構成は勉強机とベッド、それと壁の一面を覆うほどの本棚と、ある意味でアパートのそれよりも味気ない部屋だった。本棚の蔵書も勉強に使うものが多いため、勉強部屋と表現した方が正確かもしれない。
「だからしーちゃんの成績が良かったんですね」
「かもしれませんね。では宿題をしましょうか。クッションも無いので僕の枕を代わりに使ってください」
「そ、それは申し訳ないですよ!!」
「本人がいいって言ってるんですから、使ってください」
無理矢理桔梗ちゃんに枕を押し付け、勉強を始めた。宿題自体は順調に進んだのだけど、終わるまでの間ずっと桔梗ちゃんが僕の枕を抱いていたので、変に意識してしまった。
(次からはクッションを用意しましょう)
なお、母さんの店でカバーも含め普通に売っていたので、こっちにいたときに買っておけばよかったと今さらながらに後悔したのだった。そんなこんなで昼を過ぎ、休憩に入った母さんと昼食を食べたのだけど、後片付けの最中に父さんが帰ってきた。食事は先に済ませたそうなのでゆっくり休んで貰おうと思ったら、彼の口から意外な発言が飛び出した。
「詩恩、久し振りに二人で話をしないか?」
「父さん? それは構いませんけど、お疲れでは?」
「疲れているが、それはそれだ。桔梗さん、すまないが詩恩をしばらく借りるぞ?」
「えっと、わかりました」
「では詩恩、私の車に乗れ。歌音、桔梗さんを頼む」
「了解よ。行ってらっしゃい」
強引に話を進めた父さんに連れられ、二人でドライブすることとなった。話をするだけならわざわざ車に乗らなくてもいいはずで、しかも父さんから誘ったにもかかわらず話を切り出そうとしない。なので僕は苛立ち混じりの声で父さんに話しかけた。
「父さん、一体何の話ですか?」
「何、たまには男同士で本音を語り合おうと思ってな」
「男同士で、ですか?」
「そうだ。詩恩、桔梗さんとの関係はどうだ?」
「どうと言われましても、順調に交際してますよ。よく彼女の部屋で一夜を過ごすことはありますけど、キスすらまだの清い関係です」
父さんから桔梗ちゃんとの関係を本音で話すように請われたので、包み隠さず正直に語った。当然彼女と同衾している事実も。
「そうか。いや、桔梗さんの部屋で寝ているのかお前は」
「ちゃんと彩芽さん達の許可は得てますから」
「それならまあ、それでいい。褒められたことではないが、あちらの許可があり手も出してないのならな」
てっきり止めるよう言われるかと思ったけど、意外にも黙認してくれた。僕というよりは桔梗ちゃんや彩芽さん達への信頼が主だろうけど。聞きたいことを聞き終えたのかしばらく無言でのドライブが続いたのだけど、突然父さんからとんでもない質問がぶっ込まれた。
「......しかし我が息子ながら、性欲は無いのか?」
「性欲って、父さん何を聞いて!?」
性欲という単語を聞いて頬が紅潮するのが自分でもわかった。巫山戯た内容かと思ったけど父さんの表情は先ほどから変わっていない。
「一応真面目かつ重要な話ではあるぞ? まったく無いのなら孫の顔も期待出来ないのでな」
「それはまあ、僕も男ですから多少はありますけど」
そういう欲が同年代に比べたら薄い方だという自覚はあるが、桔梗ちゃんともっと強く結びつきたいし、彼女との子供もいつかは欲しいと思っている。
「多少か。出来れば具体的に聞きたいな」
「父さんって、そういう話する人でしたっけ?」
「仕方ないだろう。私がもっとも適任なのだ。それともこういった話題を歌音やあちらの二人から聞かれたいのか?」
確かに父さんの言うとおりだ。母親や彼女の両親からそういう話題を振られても困るだけだ。実の父親でもどう反応したらいいか悩むけど、それでもまだ気が楽だった。
「......その、グラビア雑誌などを見た際の反応が女子っぽいとクラスメートに指摘されました」
「......詩恩、それは男子として致命的だと思うが?」
「桔梗ちゃんがグラビアアイドルと同じポーズしてたり、同じ服着てたらどきどきしますよ?」
載っているのが桔梗ちゃんだと思って見ると、耳まで真っ赤になってしまったくらいだ。当然それもみんなから思い切り弄られたわけだけど。
「なるほど桔梗さん限定か。しかしそれなら逆によくこれまで手を出さないでいられたな」
「手を出せば婚約がおじゃんになりますし、桔梗ちゃんにも迷惑かかりますからね」
それにしっかり手順を踏まずに手を出した場合、彼女の気絶癖が悪化する恐れがある。症例の少ない病気だ、慎重になって悪いなんてことは無いだろう。
「ふむ、よくわかった。お前が一応そういう欲があることも、それを上手く自制していることもな」
「あの、こんなこと聞くために車を走らせたんですか?」
「そうだ。万が一でも桔梗さんには聞かせられないだろう?」
「それはそうですけど、燃料代の無駄です」
「問題ない。歌音から買い出しのメッセージも来ていたから、ついでに買い物も済ませるぞ」
母さんから送られてきた買い物リストには、食材や洗剤、果ては掃除用具まで遠慮無しに書かれてあって、帰りには後部座席の半分ほどが埋まったのだった。
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