第百十三話 詩恩くん、実家に戻る
店に入るとアンティーク調の扉に取り付けられたドアベルがカランカランと小気味よい音を響かせた。久し振りに聞く音に、改めて実家に帰ってきたのだと実感出来た。感傷に浸る僕とは対照的に、桔梗ちゃんは目を輝かせていた。
「わぁ、たくさん可愛い小物があります♪」
「そういう店ですから。適当に見ていって構わないですよ」
「はい♪」
うちのネットショップの常連である桔梗ちゃんからすれば、実際に手にとって商品を見られる本店は興味津々だったようだ。決して大きくない店舗だけど、商品の種類は女子向けのファッションアイテムやインテリア雑貨など多岐にわたるため、見ているだけでも割と楽しかったりする。
(しばらく見ない間に新商品が増えてますね)
売っている商品には業者から仕入れているメーカー品なんかもあるけど、大半は母さんが心の赴くままに手作りしたものだ。それでいて黒字が出ているくらい売れているのだから、世の中不思議なものだと思う。何気に失礼な感想を抱いていた僕に、不安そうな顔をして戻ってきた桔梗ちゃんが質問を投げかけてくる。
「あの、このお店、歌音さんがお一人でお店してるんですか?」
「いいえ。僕も手伝わされることありますが、あと二人従業員がいますよ。それが何か?」
一応店長は母さんだけど、他人に対してフランクすぎるところがあるため、表に出るのは瀬尾さんという女性だ。もう一人の従業員の根津さんも事務方や仕入を担当していて、二人がいなければ店が立ちゆかなくなるほどだったりする。
「でしたらどうして誰もいないのでしょう?」
「二人とも用事があったらしく午後から休みにしたみたいです。表の看板もclosedになっていましたから」
「......気付きませんでした。ですけど入り口開いてましたし、電気も点いてますよ?」
「それは、詩恩達を出迎えるのに店が暗かったら雰囲気出ないからよ」
「きゃぁぁぁぁっ!?」
桔梗ちゃんの疑問に答えたのは母さんで、いつの間にか店の奥から出て来ていたようだった。突然声をかけられ、絹を裂くような悲鳴を上げて驚く桔梗ちゃん。
「母さん、いつから聞いてたんですか?」
「従業員のくだりからよ。ドアベルの音であんた達が帰ってきたのは気付いたんだけど、どうせなら二人一緒のときに声をかけようと見計らってたの」
「はぅぅぅぅ!!」
「そうですか。桔梗ちゃんが怯えますから、今度からは普通に声をかけてください」
「ええ、気を付けるわ。桔梗ちゃんごめんなさいね」
母さんにしては珍しく反省した様子で桔梗ちゃんに謝っていた。娘みたいに思っている子が自分のせいで軽くパニック状態になっているのを見れば当然か。
「ちょっとビックリしましたけど、大丈夫です」
「あれでちょっと? まあいいけど。それにしてもあんた達意外と早かったわね」
「ええ。自分でももう少し時間がかかると思いました」
乗り継ぎが順調だったのと、予想より渋滞していなかったことが幸いし、無事に日が沈むまでに来ることが出来た。この時間なら冬場でも日没前なのでもし冬休みに来ることになっても安心だ。
「あの、歌音さん。改めましてお久しぶりです」
「ええ。二人とも疲れたでしょう? ひとまず家に上がりなさい」
「母さんは作業続けててください。桔梗ちゃんは僕がおもてなししますから。桔梗ちゃん、こちらです」
「は、はい!」
再会したときに桔梗ちゃんにおもてなしされたので、今度は僕が返す番だ。彼女を連れて店の奥へと向かい、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを開け、靴脱ぎ場でスリッパに履き替え先にある階段を上がると住宅部分となっている二階の廊下に出て振り返る。
「改めまして桔梗ちゃん、僕の家にようこそ」
「お邪魔します。しーちゃんのお家って、お店の二階にあったんですね」
「ええ。僕も退院したとき初めて見て驚きました」
自分の家の一階が店舗になっていたことも、それがファンシーショップだったことも。余談だけど退院して早々階段の昇降で足を痛め、学校への復帰が遅れたので、ちょっと母さんを恨んだ時期もあったけど、今ではいい思い出だ。
「しーちゃん、お店のこと好きなんですね」
「手伝いで女装するのを受け入れる程度には好きですよ。それと桔梗ちゃんが泊まる部屋ですが、普段は空き部屋になっているこの部屋を使って――」
「えっ!?」
部屋のドアを開けて絶句する。それも当然で、桔梗ちゃんに紹介した部屋には物置になっていて、エアコンも設置されていなかった。ちなみに我が家で空き部屋になっている部屋はここだけだ。
「桔梗ちゃん、ちょっと僕の部屋で待っててください。母さんに確認してきます」
「えっ! し、しーちゃん!?」
ひとまず桔梗ちゃんには空き部屋の隣にある僕の部屋で待って貰うことにして、僕は再び店舗へと向かい、ちょうどイヤリングを作り終えた母さんに平静を装い話しかけた。
「母さん。これから五日間、桔梗ちゃんはどの部屋で寝泊まりすればいいんですか?」
「言ってなかったかしら? あんたの部屋よ。知らない家で婚約者を一人で寝させたいなら話は別だけど」
「それもそうですね――って、着替えや寝るときはどうするんですか?」
母さんの言い分がもっとも過ぎて一瞬納得してしまった。確かにこの五日間は部屋で宿題するか母さんの手伝いをする予定なので、桔梗ちゃんが僕の部屋にいても大丈夫だ。とはいえ僕の部屋で一緒に寝るのはマズいだろうし、着替えに至ってはアウトでしかない。
「着替えはあたしの部屋でさせるけど、寝るのは極論どっちの部屋でもいいわよ。ただし、手を出したら婚約破棄させるつもりだけど」
「一緒に寝ても抱き合う以上のことはしません」
「正直でよろしい。じゃあ桔梗ちゃんにもそう伝えておいて」
「......わかりました」
母さんに言いくるめられ、僕はすごすごと退散せざるを得なかった。泊まる部屋について伝えられた桔梗ちゃんはとても嬉しそうにしていたので、いろいろとどうでもよくなってしまった。ちなみにこの夜桔梗ちゃんは母さんの部屋に泊まったのだけど、あまりにも早寝過ぎて病気ではないかと母さんが本気で心配していて、ただの体質だと説明するのに苦労したけど、何とか理解してくれた。
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