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第百十二話 詩恩くん、桔梗ちゃんと両親の家に行く

 八月に入ってすぐあった登校日を終えた翌日、僕は朝起きて準備しておいた荷物の確認を済ませた。今日から帰省するためで僕の実家に五日間、桔梗ちゃんの実家に一週間ほど滞在する予定だ。合わせて半月近くという長期の旅になるので、事前に着替えなど必要なものは送ってある。宿題など送るわけにはいかないものを入れた旅行鞄を持って階段を下りると、駐車場で掃き掃除をしている土橋さんと遭遇した。


「おはようございます、土橋さん」

「おはよう桜庭くん。今日から戻るんだったっけ?」

「ええ。時水さんにもよろしくお伝えください」

「わかったわ。それとお土産よろしくね」

「了解です」


 普段彼らにはお世話になっているし二人揃って旅行好きなため、各地の名所の写真や名物などお土産はしっかり買って帰りたい。掃除を続ける土橋さんと別れ佐藤家に向かうと、すでに雪片先輩を含む全員が僕達を見送るために外に出ていた。


「こんなに朝早くから見送りなんて、ちょっと大袈裟ですよ?」

「何日かあとで合流するが、それまで別行動なのは事実だからな。気を付けて行けよ?」

「詩恩くん、桔梗ちゃんのことよろしくお願いしますね」

「二人とも無事にわたし達の実家まで着いてね」


 僕のことも心配してくれているが、それ以上に桔梗ちゃんが自分達の元を離れて旅するのが不安なのだろう。そんな彼女達の懸念を払拭するかのように、桔梗ちゃんが自信満々に返す。


「大丈夫です、私だって子供じゃ無いんですから。それにしーちゃんだっています」

「桔梗ちゃんは責任を持って預かります」

「なら、そろそろ車に乗って。駅まで送るからさ」

「「わかりました」」

「「「二人とも、行ってらっしゃい(行ってこい)」」」


 残る三人から見送られ、僕と桔梗ちゃんは彩芽さんの車に乗り込んだ。旅行の計画を立てた当初は駅まで徒歩で行くつもりだったので、送ってくれるのは非常にありがたかった。


「ありがとうございます、彩芽さん」

「いいってこのくらいは。旅費だって僕が半分出す予定が、遥馬さんが出すことになったから、三分の一になったしさ」


 父さんから電話があり旅費について聞かれ、彩芽さんが全部出すという話を正直に伝えたところ、最終的に父さんの『私達のワガママでこちらに来るのだから、その代金くらいは負担させて欲しい』というひと言で彩芽さんが折れてそうなった。


「彩芽さんのお気持ちは伝わりましたから。むしろ僕が出す分を残してくださっただけありがたいです」

「さすがに一円も負担させないのはどうかと思ったからね。それにしても、今回の旅は大変な道のりだね。電車で空港のある町まで行って、そこから飛行機だよね?」

「問題ありません。電車も飛行機の席も予約しましたし、余裕のあるプランを立てましたから」


 受験の際に使った交通手段をそのまま使い、さらに渋滞などのトラブルも加味して行程を練り上げた。これなら多少ずれこんでも当日のうちに向こうに辿り着けるはずだ。


「さすが詩恩、学年主席の頭脳は伊達じゃないね」

「ありがとうございます」

「はぅぅ、私全然お役に立てていません」

「そんなことないですよ?」


 時刻表とにらめっこしながら予定を組み上げる作業は思いのほか疲れたので、傍にいてくれるだけで癒やしになった。それに桔梗ちゃんの役目は向こうに着いてからが本番なので、今のところ何もしなくても問題なかったりする。


「それじゃ、向こうに着いたら遥馬さんと歌音さんによろしくね」

「わかりました。ではまた来週」

「パパ、行ってきます」


 駅に着き彩芽さんにしばしの別れを告げ、改札を抜けホームで待つこと十五分、空港のある町へ向かう電車がやって来た。夏休みだからかほぼ満席で、事前に席を予約しておいてよかったとしみじみ思った。


「直通便ですから、乗り換えや途中下車は考えなくていいですよ」

「でしたらしばらく眠ります。しーちゃんとの旅行が楽しみで昨日は眠れませんでしたから」

「楽しみにしてくれていたのは嬉しいですけど、夜はちゃんと寝てくださいね?」

「はぅぅ、わかりました」


 注意しておいて何だけど、僕も寝不足気味なので桔梗ちゃんのことをあまり言えなかったりする。彼女が寝息を立て始めて安心したからか、これまで我慢してきた眠気が一気に押し寄せてきた。


(これ以上起きてるのは無理、ですね)


 ここで眠気に抗っても仕方ないので僕もすぐ眠りにつき、目覚めたのは終点に着いてからだった。駅のバス乗り場で空港行きのバスへと乗り換え空港へと移動する。ちょっとした渋滞に引っかかったけど概ね順調で、想定通りの時間に空港に着いた。


「搭乗手続きは時間がかかるので、その前にお手洗いやお土産を買いに行きましょう」

「そうですね。あとその、お昼ご飯はいつでしょうか?」

「向こうの空港に着いてからですね」


 二人とも乗り物酔いしやすい上、桔梗ちゃんは飛行機に乗った経験がほとんどないため、搭乗前や機内で食事して酔ってしまう恐れがある。なので食事の時間は比較的酔いにくい電車に乗る前にしている。買い物とトイレを済ませ、搭乗手続きを終わらせ機内に乗り込む。


「しーちゃんとお空の旅です♪」

「今のうちに慣れておきましょう。修学旅行でも乗るでしょうから」


 そのとき隣の席に座れるかわからないので、今こうして一緒に飛行機に乗れてよかったと思う。窓の外に見える景色に感動していたり、案の定酔ってしまった彼女に苦笑したりしているうちに飛行機は着陸し、僕がかつて暮らしていた県に到着し、少し遅めの昼食を取った。


「これだけ離れると大分お料理も違うんですね。私の実家ともちょっと違います」

「地区は同じですけど、太平洋側と日本海側で距離ありますからね」


 それでも今暮らしている場所よりは近いので、中学時代に桔梗ちゃんの実家の住所を知ってたら夏休みを利用して行ってたかもしれない。行こうとしても当時だと両親の許可が出なかったと思われるが。電車で両親の住む町まで移動し、着いたのは夕方近くになってからで、そこからはタクシーでとある店の前まで送って貰った。


「着きましたよ。お疲れ様です」

「はぅぅ、遠かったです......あの、このお店」

「ファンシーショップカノン。ここが僕の家かつ母さんの店です。店名はサイトなんかで見たことあると思いますが」


 名前の由来は母さんの名前の音読みで、店のロゴマークは花と音符という非常に女の子らしいものになっている。母さん個人としてはカノン繋がりで大砲も入れたかったそうだけど、従業員二名が反対し今のロゴになったそうだ。


「さあ、あまり店の前で話すのも何ですし、入りましょうか」

「はい」


 この家を出た当時と比べて、僕はどれくらい成長出来ただろうか。ここで過ごす数日間で、少しでもそれを実感出来たらいいなと思いながら、僕は桔梗ちゃんの肩を抱いて入店したのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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