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第百十一話 鈴菜ちゃん、明日太くんと夏休みの宿題をする

鈴菜視点です。

 夏休みが始まってから一週間。ウチと明日太くんは毎日朝から晩まで一緒に宿題を片付けていた。しかもウチの家で二人きりというシチュエーションでだ。教育者であるお母さんが年頃の男女を家で二人きりで放置するなんて本来あり得ないのだけど、これには理由があった。


「すまないな。僕の家のことで鈴菜の母親や天野先生に迷惑かけて」

「気にしないで。話を聞いて介入しようって選んだのはお母さんとお姉ちゃんだから」


 そう、明日太くんの家庭がただの賑やかな大家族ではなく、幼い子供達だけで留守番させ遊びに出たりなどするような、育児放棄とまでは言えなくても無視できない問題を抱えた家庭と判明したからお母さんが介入を決意し、さらに明日太くんの担任のお姉ちゃんまで巻き込んだのだ。


「まあ、二人の立場を考えれば口を挟みたくなる気持ちはわかる。順調に交際が続けば身内になるわけだからな」

「もう、気が早いよ明日太くん///」

「詩恩や紫宮を見ればそうでもないと思うが?」

「あっちは例外――でもないか。うん」


 明日太くんが引き合いに出した彼らとは状況が違いすぎると一瞬思ったけど、ウチらも正式に婚約してないだけでお互いの両親と顔見知りで交際を認められているという意味では似たようなものだった。


「というか幼馴染でもないのに両親公認の仲になれているウチらが一番おかしいんじゃ?」

「......そうかもな。特に鈴菜の母親に家庭環境の問題が発覚している今、僕への心証が悪くなってもおかしくないのだが」

「もしそうだったらウチと二人きりにさせないから、それはないと思うよ?」


 元々明日太くんの人柄はお姉ちゃんを通じて伝わっているし、あの家庭環境でグレずに真っ直ぐ育ち、成績も非常に優秀でその上さらにちゃんと弟くん達の面倒まで見ている明日太くんの株が両親の中で上がることはあっても下がることはない。むしろお父さんなんかはそれだけ人間の出来た彼氏を絶対に逃すなと言っているくらいだ。


「それもそうか。だったら鈴菜の両親からの信頼を裏切らないよう、勉学に励むとするか。今のペースなら七月の内に全部終わらせられそうだからな」

「そうだね。八月の間思いっきり遊ぶために、頑張ろっか」


 明日太くんと雑談するのは楽しいし、出来たらもうちょっと恋人らしいことをしてみたいけど、今はやるべきことはやらないと。集中力の続く限り宿題を解いて、正午を回った辺りで一度ペンを置いた。


「お昼ご飯だけど、食べたいものあるかな?」

「特にないが、作るなら材料費くらい払わせて欲しい」

「別に要らないよ。一人分も二人分も大して変わらないし」

「だが世話になって何も返さないというのは」

「どうしてもお金を出したいなら、デートのときに出してくれればそれでいいよ」


 真面目なのは明日太くんの美徳だけど、真面目すぎもよくない。ウチは彼の言葉を遮りウインクしながらそう言い放った。別に贅沢したい訳じゃないけど、デート中にお金を全額彼女に出させるような格好悪い彼氏に、明日太くんがなったら悲しいから。


「鈴菜、お前いい女だな」

「明日太くんみたいないい男の彼女だから、このくらい当然だよ」

「......わかった。その分デートを楽しみにしておいてくれ」

「うん♪ じゃあご飯作っちゃうから、ちょっとだけ待っててね」


 食べたいもののリクエストが無かったので冷蔵庫の食材を見てエビフライとおみそ汁、それとシーザーサラダを作った。料理の出来映えは上々で明日太くんからも好評だった。


「鈴菜は八月中に家族で遠出したりする予定はあったりするのか?」

「今のところはお墓参りくらいだよ」

「そうか」


 食後明日太くんから遠出の予定について聞かれたが、基本的にみんな忙しいので帰省くらいしかどこかへ行く予定はない。もしあるとすれば夏祭りくらいだけど、それぞれ別行動で家族で行くという感じではなかったりする。


「うちも帰省や海水浴場、夏祭りに行く予定はあるな。まあ両親がまともになったらの話だが」

「その場合、金陸くんと土長くんみたいな小さい子をお母さんが預かってから、ご両親と四人の弟くん達で遊びに出かけて貰うようになると思う」

「鈴菜、普通に僕を除外したな?」

「だって明日太くんが一緒に行ったら、おじ様もおば様も弟くん達も明日太くんのこと頼っちゃうだろうし」


 彼の家の問題点は結局、真面目で責任感の強い明日太くんが最終的にどうにかするだろうという甘えをご両親や弟くん達が持っているところなのだ。それなのに明日太くんが同行してしまうと台無しになる。今はまだいいかもしれないけど、数年後には明日太くんはそれどころではなくなるだろうから。


「だから、ちゃんと更生するまで明日太くんは自分のことだけ考えて。将来のための予行演習だと思ってさ」

「そうだな。高校受験のときはどうにかなったが、あのときと同じ状況で大学受験なんて考えたくもないからな」

「理解してくれて何よりだよ。手始めに宿題を今日中に終わらせて、明日は普段しないようなデートをしよっか」

「ああ」


 つい先日桔梗ちゃんから水族館で家族とトリプルデートしたという報告を受けたので、ウチらも遠出してみるのもいいかもしれない。夏だからきっと外は暑いだろうけど、それでも明日太くんと一緒なら楽しいデートになると思う。先の予定を頭に浮かべながら、ウチは問題集を明日太くんと解いていったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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