第百八話 詩恩くん、水族館へ行く
外から聞こえてくる蝉の声で目を覚ます。カーテンを開けると外は雲一つない晴天で、今日も暑くなりそうだと思いつつ蒲団を片付け身支度をした。本日は彩芽さん達や雪片先輩達を加えた六人でトリプルデートに出掛ける日なので、あまりラフな格好は避けておく。
(さて、どんなデートになるのでしょうか?)
部屋の戸締まりをしてから、同じように身支度を終えた雪片先輩と一緒にアパートを出る。デートということで僕も雪片先輩も彼女達が寝静まってからアパートに戻ったわけだけど、おかげでどこに行くかさえ聞かされていない。
「八時までに家に来いと言われたが、どこに行くにも早すぎだよな」
「まさかぞろぞろと並んで散歩を楽しむとかじゃないでしょうけど」
若干不安を感じつつ雪片先輩と佐藤家の前に差し掛かると、私服姿の彩芽さんが車の窓ガラスを拭いていた。デートの前なのにわざわざ洗車しているということは、車で行くような場所へ向かうことが察せられた。
「「おはようございます、彩芽さん」」
「おはよう。もうちょっと時間あるから、二人とも家の中で待ってなよ」
「いえ、手伝うっす」
「僕も手伝います。こういうとき男手は多い方がいいでしょう」
「ありがとう」
男三人で洗車と荷物の積み込みをしたあと、全員で車の中に乗り込んだ。楓さんが助手席で後ろに四人が座る形だけど、僕と雪片先輩が窓側なので桔梗ちゃんの乗り物酔いが心配だ。
「事前に酔い止めは飲んでるので大丈夫です」
「ならいいですけど」
「忘れものも無いようだし、出発するよ」
そう言って車を走らせる彩芽さん。通勤以外にも帰省の際も運転しているそうなので、非常に慣れた手つきでハンドルを握っていた。妙齢の女性にしか見えないので、その様がシュールに思えてちょっと可笑しかった。
「雪片も詩恩もその内こうなるよ。桔梗ちゃんはもちろん、鈴蘭ちゃんも免許厳しそうだし」
「はぅぅ」
「わ、わたしは取れるもん! もうちょっと大人になったら」
抗議する鈴蘭さんだけど、同年代の頃の彩芽さんより自分の顔が幼いのを自覚しているからか、微妙に自信なさげだった。
「心配しなくても、俺はバイクも車も免許取得するつもりだぞ?」
「知ってるけど、それとこれとは話が違うもん」
「すみません、わたしが子供っぽいばかりに娘にもあなた達にも迷惑をかけて」
「いえいえ。むしろやる気の原動力になりますから。ですよね、雪片先輩?」
「そうだな。たとえ鈴蘭が免許取れても、運転は俺がしたい」
自らの力で好きな人の助けになりたい。車やバイクの運転はその象徴みたいなもので、体力のない彼女達を速く遠くまで連れて行くことが出来る。そう考えるとこの役目は譲れない。
「ありがとうございます、雪片くんに詩恩くん」
「娘達をそこまで大切に思ってくれて僕も嬉しいよ」
「ところで、行き先はどちらになるのでしょうか?」
「水族館だよ。ここからはちょっと遠いけど」
「水族館ですか? 確か遠くにありましたけど」
水族館と聞いて、昔住んでた頃に遠くの市にあったものを思い浮かべる。病気だったので行けず終いだったけど、宣伝でそれなりに大きかったと聞いたことがあり、子供心にいつか行ってみたいと思っていた。
「そこで間違いないよ。ただ詩恩がいた頃から大分変わってるけど」
「行ったこと無いので変わってても問題ないです。皆さんは行ったことありますか?」
僕の問いに全員が首を横に振った。去年越してきた雪片先輩はともかく、彩芽さん達も初見だとは思わなかった。というか行ったこと無いなら道順は大丈夫なのだろうか。
「有名スポットだしナビもあるから大丈夫だよ」
「そういうものでしょうか」
念のため地図アプリを呼び出し目的地と道を確認してみたが、どうやらこのままで大丈夫そうだ。基本的に国道沿いなので迷うことは無いだろう。
「水族館といえば、桐矢が前に雛菊と行ったらしいな。そのときは春先だったが楽しかったとさ」
「お魚だけじゃなくて水辺の動物もいて、ショーとかもしてるって言ってたね」
「楽しみです。ペンギンさん、いるでしょうか?」
「きっといますよ」
ペンギンは人気の生き物なので小さな水族館でも優先して飼育しているはず。ただ暑いので動き回っているところが見られるかというと難しいかもしれない。あの不器用な歩き方がここにいる彼女達を連想させるので、僕も見てみたいと思うけど。
「他に見てみたい生き物はいるかな?」
「実際に行かないとなんとも言えませんね」
「俺も同じく」
「わたしはクラゲさんかな? 海で会うと困るけど見てるだけなら綺麗だから」
「わたしはショーをしてる動物さん、アシカさんでもイルカさんでも見てみたいです」
鈴蘭さんの希望しているクラゲは、大抵の水族館で特設コーナーを設けているくらいなので見られると思う。問題は楓さんの希望のショーだけど、順調に辿り着けば一度くらいは見られるはず。
「責任重大ですね、彩芽さん?」
「はは、もし迷ったときは頼むよ詩恩」
なお、渋滞に引っかかったものの大して迷うこと無く水族館に辿り着けた。しかもイルカショーがもう少ししたら始まるというタイミングだったので、まずは屋外プールに向かうことにした。
「イルカさん、可愛いです♪」
「ええ。やっぱり直に見るのが一番ですね」
「計算あってる、すっごく賢いね♪」
「あれで子供並みの知能あるらしいからな」
「わぁ、イルカさんがジャンプしました♪」
「思ったよりも高いね。というか水がここまで飛んで」
「「「きゃぁぁぁぁっ♪」」」
外は暑いにもかかわらず僕達が着いた頃にはもうほとんど席が埋まっていた。それでも何とか座る場所を見付けてイルカショーを鑑賞したのだけど、まるで子供のように楽しむ彼女達を見て、来てよかったと思ったのだった。その後館内にあるレストランで早めの昼食を取ってから、展示を見て回ることにした。
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