第百七話 詩恩くん、夏休みが始まる
終業式を終え学校から帰った僕は、母さん達に成績の報告を行ったあと、桔梗ちゃんと夏休みの宿題に取り掛かった。初日から急ぎすぎだと思わなくもないけど、今年の夏休みはすることが多いので仕方ない。
「別に僕に付き合って宿題しなくてもいいんですよ?」
「いえ、元々宿題は早めに終わらせるようにしてましたから」
桔梗ちゃん曰く、長期の休みになると毎回実家に戻って過ごすので、少しでも荷物を減らすため最初の数日間は宿題を片付けるのに専念していたそうで、鈴蘭さんも雪片先輩を誘っているとのことだ。
「なるほど。でしたら桔梗ちゃんが楽になるよう、ペースを上げませませんとね」
「はぅぅ、お、お手柔らかに」
「ええ。ただ桔梗ちゃん達が実家に戻る時期によっては、無理させることになりますけど」
「えっと、去年なんかは八月に入ってから戻って、お盆過ぎまで向こうにいましたよ?」
「そうですか。結構長期間の帰省なんですね」
だとしたら七月中に半分くらい終わらせておかないと厳しいかもしれない。彩芽さんに相談して夜も使うべきだろうか。
「あの、しーちゃんの方はいつ、どれくらいの期間戻られるんですか?」
「お墓はこっちにありますから、向こうに戻るのは長くても五日間くらいですね。時期は桔梗ちゃん達に併せて八月上旬にするか、もしくはお盆が過ぎた辺りのどちらかにしようかと」
僕の実家に戻るだけならいつでもいいのだけど、さすがに滞在期間中父さんと一度も会えないのはどうかと思うので、父さんが連休を取っているその辺りにしようと考えている。
「でしたら八月上旬にしましょう。そうすればしーちゃんに着いていけますし、そのあと私の実家にも行けますから」
「その辺は彩芽さん達に相談しないとですね」
ここと僕の実家と桔梗ちゃんの実家、それぞれの位置を考えると、飛行機を使わないと移動だけでかなりの時間を要する。途中でホテルに泊まるにしても飛行機を使うにしても、相談無しだと問題しか起きない。
「何にしても、僕と一緒に行くつもりでしたら、七月中に大半終わらせる前提で頑張りましょう」
「はぅぅ、わかりました」
夕方まで二人で宿題をしてから、佐藤家で晩ご飯を食べた。その席に家族全員いたので実家への帰省予定について聞いたところ、やはり八月になったら戻るらしい。
「詩恩も一緒に来てくれると嬉しいけど、君の予定はどうなってるのかな?」
「僕の方も父さんが八月の初めに連休取ってるので、その辺りに戻って、五日ほど滞在したら彩芽さん達に合流しようと思ってます」
彩芽さんから予定を聞かれたので答えた。帰省の日程についてはすでに母さんに伝えて、了承は得ている。先日あちらから会いに来たこともあり、滞在日数の短さについては特に何も言われなかった。
「大忙しだね。僕達と一緒に来られないのは残念だけど、詩恩にも都合があるから仕方ない。それより桔梗ちゃんは詩恩に付き合うのかな?」
「そのつもりですけど、駄目でしょうか?」
「いいよ。何なら旅費も条件付きで僕達が半分ほど出してあげるよ」
「「条件ですか?」」
「うん。何しろ可愛い娘を君に任せるわけだからね」
婚約者になったからか、桔梗ちゃんとの二人旅をあっさり許可してくれた。ただまさか条件付きとはいえ旅の費用まで出してくれるとは思わなかった。
「「条件ですか?」」
「何しろ可愛い娘を君に任せるわけだからね。条件は二つ、まず一つ目が移動は必ずその日のうちに済ませること。つまり道中での宿泊は認めず、必ず目的地である僕の実家か桔梗ちゃんの実家に泊まって欲しい」
「まあ、当然の要求ですよね。わかりました」
この時代誰がどこで見ているかわからないので、もし知り合いに見られたら大ごとになる。それに桔梗ちゃんという見た目小学生の女の子を連れ回していたら通報されかねないため、移動の時間を出来るだけ短くすることには賛成だった。
(出来るだけ早いうちに道中の交通手段は決めておくべきですね)
目的地と大まかな日程は決まっているので、今日明日中に移動手段を調べ、出来るだけ早く旅券を予約しておいた方がよさそうだ。満員電車や渋滞に捕まって外泊しちゃいましたなんて言い訳にもならない。
「話が早くて助かるよ。もう一つの条件だけど、明後日僕達に付き合ってトリプルデートすること」
「えっ?」
二つ目の条件として出されたのは意外なものだった。トリプルデート自体は楓さんからもいつかしてみたいと言われていたけど、まさかそれを彩芽さんが出してくるとは思わなかった。
「詩恩が実家に戻らなければ僕達と一緒に来られるんだから、その埋め合わせってやつだよ。それとも、僕達と出かけるのが嫌なのかい?」
「そんなことないですよ? いつかこの六人で出かけたいなと僕も思ってましたし」
「じゃあ決まりだね」
「ありがとうございます、詩恩くん。おかげで夢が叶っちゃいました♪」
トリプルデートが決定したことで、これまで話を聞いていた楓さんが喜びを隠しきれず、子供のようにはしゃいでいた。きっと桔梗ちゃんが大人になっても、この人みたいに可愛いままなのだろう。
「なあ鈴蘭、俺達も参加なんだよな?」
「雪片くんは行きたくないの?」
「いいや。むしろ楽しみなんだが、デートと帰省で宿題が心配でな」
「確かにそうかもだけど、頑張れば何とかなるよ」
「お前が言うなら、そうなのかもな」
雪片先輩の懸念はよくわかる。だけど実際に毎年帰省しながら終わらせている鈴蘭さんの言葉には説得力があった。
「宿題が心配なら、テスト期間中みたいに雪片と詩恩に宿泊許可を出すよ。それなら一人でやるより早く終わるよね?」
「「「「本当ですか!?」」」」
「うん。夏休みだしサービスしないとね」
桔梗ちゃんと毎日一緒に朝から晩まで過ごせるとなると、俄然やる気が出て来る。今年の夏休みは宿題を片付けることでさえ楽しいものになるだろうと、心の中が弾むのを実感する僕だった。
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