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第百二話 詩恩くん、ライバルから宣戦布告される

 HRの時間、天野先生から期末テストの範囲が発表されたことで、今日からテスト期間に突入した。今回の期末テストでは紫宮さんや近衛くんとの首位争いはもちろん、明日太達とも勝負することになっているため、より一層気を引き締めてかかりたい。


(特に明日太達との勝負は、前回の僕自身との勝負でもありますからね)


 明日太達との勝負の内容は、中間テストの点数と期末テストの点数を比べてどれだけ増減しているかを競うものなので、単に彼らに勝てばいいというものではなく、過去の自分にも勝たなければならない。


(だからこそ気が抜けないし面白いのですけど)


 勝負の内容にワクワクしているうちに休み時間になったので、自習でもして備えようと思った矢先、紫宮さんが教室を訪れ脇目も振らず僕の席まで歩いてきて、挨拶もそこそこにこう言い放った。


「桜庭詩恩。テスト期間に入りましたわね」

「もちろんわかってますよ。僕の教室に来たということは、宣戦布告でもするつもりですか?」

「肯定ですわ。そうでなければ一人で来ませんわ」

「なるほど」


 言われて初めて、近衛くんの姿が無いことに気付く。宣戦布告を行うのに同伴者がいては格好がつかないのも確かだが。近衛くんがいない理由を語った紫宮さんは、気を取り直してコホンとせき払いする。


「さて、桜庭詩恩。改めてあなたに宣戦布告いたします」

「紫宮理良さん。望むところだと言わせていただきます」


 紫宮さんが人差し指を突きつけながら宣戦布告を行い、僕は席を立ち笑みを浮かべつつ応じた。元々勝負する約束だったのでこの行為に意味は無いのだけど、それをツッコむのは無粋というものだ。僕もこういう演出は嫌いじゃ無いし。


「それでこそわたくしの好敵手ですわ。引き分けが二度も三度も続くのはごめんですから、今度こそ白黒ハッキリさせますわよ」

「同感です。だからといって負けるつもりなんて毛頭ありませんし、勝つことしか考えてませんが」

「それを聞いて安心しましたわ。わたくしも勝ちを譲るつもりは無いですし、お互いベストを尽くし戦いましょう」

「ええ。正々堂々、真っ向勝負をしましょう」

「望むところですわ」


 真正面からの勝負を誓い合い、僕は紫宮さんと固い握手を交わした。彼女のこういう真っ直ぐなところは好感が持てるくらいだけど、だからといって勝負するからには遠慮や手加減なんてするつもりはない。来たときと同様に堂々とした足取りで教室を去って行く彼女を見送り、隣の席の桔梗ちゃんを見ると、何故か緊張した面持ちをしていた。


「桔梗ちゃん、どうしました?」

「はぅぅ、ドラマのワンシーンみたいで、見ててハラハラしました」

「そんな大袈裟ですって」

「ウチは桔梗ちゃんに一票かな? 明日太くんは?」

「昨日弟と見た番組に、同じシーンがあったな」


 宣戦布告にしては極めて穏便に終わったと自分では思っていたけど、どうも桔梗ちゃんはそう感じなかったらしい。しかも通りがかった明日太と御影さんまで同意してるし。


「平和裏に済んだと思ってたんですけど」

「誰も口を挟めないような雰囲気出しておいて、よく言えたものだ」

「邪魔したら駄目な空気だったよね。ただ話してるだけなのに、近寄りがたい感じ出すのって一種の才能だと思うよ」

「そんな才能要りませんよ」


 もしかして、僕がクラスメート以外から話しかけられないのってそれが原因だったりするのだろうか。昨日の新聞部の人にも、話してみたら意外と親しみやすかったなんて評されたし。肩を落とす僕を見て、明日太は満足した様子だった。


「まあ、詩恩弄りはこのくらいにして、テスト勉強について話し合うとするか」

「そうだね。基本的には前回と一緒の流れでいこうと思うけど、どうかな?」

「いいんじゃないか? ただ、今回は詩恩に頼らないようにしないとな」

「どうしてですか?」


 今回も桔梗ちゃんや明日太達と勉強会を開いたり、クラスメートに勉強を教える前提で考えていた僕としては寝耳に水だった。むしろ他の人がテスト勉強に使いやすいよう、中間テストが終わってからノートの取り方を変えたくらいなのに。


「いや、さすがに勝負する相手に甘えるのはどうかと」

「それに、桜庭くんの負担が大きくなっちゃうから」

「なるほど。ですが負担といってもテスト範囲のノートをコピーするだけでそんなでもないです。あと勝負する相手に云々を言い出すと桔梗ちゃんが僕に頼れなくなります」


 明日太達との勝負に桔梗ちゃんも参加しているので、彼の理屈を厳密に適用すると彼女との勉強会もアウトになり、各々が一人で勉強しなければならなくなる。詭弁ではあるけれど一理あると思ってくれたのか、明日太達が手を挙げて降参の意を示した。


「わかった、僕の負けだ」

「そこまで言われて遠慮するのも失礼だよね。桜庭くん、出来る範囲で頼っていいかな?」

「ええ。放課後になったらテスト範囲のノートをお二人に預けますので、明日の朝までに手分けしてコピーお願いします」

「ん? 今日はテスト勉強しないのか?」

「ええ。諸事情で早めに家に帰らないといけませんし、帰っても勉強出来る状況じゃないので」


 あえてぼかしたけど、言うまでもなく桔梗ちゃんとの婚約に関するあれこれのことだ。父さん達がこっちにいる間に済ませておきたいので、残念ながら今日は予習復習をする余裕は無いだろう。


「そうか。なら責任を持って預かっておくから、放課後はそのまま帰っていいぞ」

「もしやり残したこととかあったら、代わりにやっておくから心配しないでね」

「「ありがとうございます」」


 事情について深くは聞くことなく、僕達を気遣ってくれる明日太と御影さんは本当にいい友人だと思う。放課後、彼らにノートを預けてから僕達は帰路についたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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