第百一話 詩恩くん、桔梗ちゃんと朝を迎える
新章、開幕です。
桔梗ちゃんと婚約して一夜が明けた。日の出と共に目覚めた僕は、腕の中ですやすやと眠っている桔梗ちゃんをギュッと抱きしめた。このままキスでもしようかなと思い顔を寄せたところ、熟睡中にも関わらず彼女の息が荒くなり鼓動も急に早まって、まるで気絶癖が出る前兆のような症状が現れたため、即座にベッドから飛び起きしばらく様子を見た。
(......気絶癖は、出なかったみたいですね)
すぐに傍から離れたのが効いたのか、再び桔梗ちゃんはすやすやと規則的な寝息を立てていた。ひとまず安堵しつつ、睡眠学習よろしく寝ている間に額や頬にキスして少しでも慣れさせようという考えは甘かったと身を持って実感した。
(焦っては駄目だということですね)
婚約者になってもこれまで通り地道に関係を築いていくしか無いのだと気持ちを切り替え、ベッドの中でモゾモゾ動き始めた桔梗ちゃんにおはようと声をかけた。僕に話しかけられた彼女は、恥ずかしそうにしながら挨拶を返す。
「はぅぅ、お、おはようございます」
「はい。桔梗ちゃん、昨晩はしっかり眠れたようですね」
「お、おかげさまで。しーちゃんはどうでした?」
「僕もぐっすり眠って、さっき起きたところです。今携帯見たら、寝てる間に父さんから何度か着信やメッセージがあったらしいです」
話しながら枕元に置いている携帯に手を伸ばし画面を見ると、不在着信が三件とメッセージが五件ほど来ていた。ほとんど父さんからで、僕があまりにも電話に出ないからメッセージに切り替えたみたいだ。
「あの、それはそれでよくないような。それで、何が書かれてあったのでしょう?」
「電話に出なかったことへの文句や、あとは遠流お祖父さんの家に泊まって、朝になったらこちらへ戻るという報告ですね」
メッセージの文面にところどころ誤字があったり日本語がおかしいので、泥酔しながら打ったのだと思われる。ちなみに母さんからも一件だけメッセージが入っていたけど、完全に解読不能の文章だったので放置することにした。
「うちに戻られるということは、今日もお二人ともこちらにいられるのでしょうか?」
「そうだと思いますよ」
「でしたら、今日はしーちゃんの婚約者として、義理の両親をしっかりおもてなししませんと」
「意気込むのはいいですけど、残念ながら今日は平日ですよ」
「はぅぅ、そうでした」
うちの両親をもてなそうと張り切っていた桔梗ちゃんだったけど、僕のひと言でガックリと肩を落とした。その気持ちは非常にありがたかったのであとで両親に伝えておくとして、ひとまずこの場では慰めてあげた。
「ですので、もてなすなら帰ってからにしましょう」
「そうですね。しーちゃん、朝ごはんの準備をしてきます」
「わかりました」
桔梗ちゃんが朝食の準備をしている間、僕はアパートに一度戻って、制服に着替えたりなど身支度を整え、再び佐藤家を訪れた。玄関では楓さんが花の水替えをしていて、僕の顔を見るなりたおやかな笑みで出迎えた。
「あっ、詩恩くん、おはようございます♪」
「おはようございます、楓さん。何かいいことでもありました?」
「桔梗ちゃんが詩恩くんと正式に婚約しましたから。お二人ともわたしとあやくんが辿った道をなぞっているのも、嬉しいところです」
言われてみて初めて気付いたけど、離れ離れになった幼馴染との再会から、恋人を経て婚約に至るまで、僕達と彩芽さん達の足跡は酷似していた。似ているからといって今後も同じとは限らないけど、悪い気はしなかった。
「彩芽さん達仲良し夫婦や、雪片先輩達みたいなお似合いカップルと似ているなら光栄です」
「詩恩くん達も負けてないですよ。さてと、あまり桔梗ちゃん達をお待たせするのもよくないですから、早く行きましょう」
「ですね」
楓さんとダイニングに向かうと、すでに全員席に着いていたので挨拶を交わし、僕も輪に加わった。食事中、彩芽さんから父さん達の予定を聞かれたので、今日はまだこっちにいることを伝えた。
「そっか。だったらかえちゃん、二人が戻ってきたら頼めるかな?」
「わかりました。あやくんの妻としても、桔梗ちゃんの母親としてもしっかりお二人をおもてなしします」
今日は月曜日なので彩芽さんも仕事で、家にいるのは楓さんくらいだ。とはいえ楓さんも子供みたいな見た目やおどおどした態度とは裏腹にちゃんとした大人なので、この人に任せておけば安心だろう。
「遥馬さん達のことはこれでいいとして、とりあえず詩恩も桔梗ちゃんも、婚約者だからって羽目を外さず学生らしい交際を心掛けるようにね?」
「大丈夫ですよ。雪片先輩達を見習いますから」
「なら安心だ」
楓さん以上に大人をしている彩芽さんから、定型文とも言える注意事項を述べられる。もちろん節度を守った付き合いをするつもりだけど、ちょうどここに高校生にも関わらず婚約を済ませ、かつ問題を起こしてない人がいるので彼を例に挙げた。
「......手本にされても困る」
「でも事実怒られたことは無いですよね?」
「まあ、無いが......詳細を聞くなら鈴蘭に聞け」
「はぅぅ? えっと、うん、いいよ」
そう発言しそっぽを向く雪片先輩。急に話を振られた鈴蘭さんは困惑していたが、妹のためだからなのか乗り気な様子だった。食事を終えていつも通り四人で登校している間、鈴蘭さんから学校で雪片先輩としていることを聞き、二人と別れ教室に入り、クラスメート達に桔梗ちゃんと婚約者になったことを話した。
「婚約者って、お前らもう夫婦みたいなものだし今さらだよな?」
「でも両親が認めたのは違うと思うよ。重いと思うところはあるけど」
「まあ、悪いことじゃ無いし祝おうぜ? おめでとう」
「「「「おめでとう!!」」」」
学生で婚約するのはあまりピンときて無さそうなクラスメート達だったけど、それでもみんなちゃんと祝ってくれたのは嬉しかった。
「皆さん、ありがとうございます」
「当然だよ。ところで婚約のこと、学校にはどう説明するの?」
「将来結婚する前提で、学生らしい健全なお付き合いをしていますと正直に話します」
むしろ学校に説明するだけなら楽になったとさえ言える。学校側としても清い交際を心掛けているのなら、口出しはしてこないだろうし。
「まあ二人のこと知ってたら、不純異性交遊とか言わないわな」
「清白せんせーも応援してくれてるのは大きいよね」
「お姉ちゃん、恋バナ大好きだから。二人とも、早いうちに話しておかないとお姉ちゃん拗ねちゃうよ?」
「元々そのつもりです」
天野先生は僕と桔梗ちゃんの交際について応援してくれているので、話さない理由が無いくらいだ。それに既婚者でもあるので将来桔梗ちゃんと暮らすときのために、詳しい話を聞いておきたい。
「でもさ、だとしたら清白せんせーって今が一番楽しいのかもね」
「確かにそうだな。俺らも彼女作るかな?」
「作ろうと思っても作れないけどな」
そう笑う江波くんと杉山くんだったが、彼らも言うほどモテないわけでもないと個人的に思う。うちのクラスの男子って割と女子に対して紳士的だし、女子は女子で満更でもなさそうだから。なので何かきっかけがあったら付き合う人達が出てきてもおかしくない。彼らにいい相手が見つかることを祈りつつ、僕達はHRが始まるまでクラスメート達と楽しく会話したのだった。
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