第百話 桔梗ちゃん、詩恩くんと婚約する
桔梗視点です。
しーちゃんのご先祖様のお墓参りに行ったあと、私達は家に帰ったのですが、遥馬さんと歌音さんは私としーちゃんを置いて再びご両親の家へと向かって車を走らせました。
「多分これから親子で飲むのでしょうね。もしかしたら悠馬おじさんも連れて行かれるかも」
「仲直りしたのはいいことだと思いますよ?」
「そうですね。さあ、彩芽さんに報告に行きましょうか」
無事に遥馬さんとしーちゃんの祖父母が仲直りしたこと、お墓参りに行ったことを和室で一人本を読んでいたパパにお伝えしたところ、私達のことを労いつつ喜んでくれました。
「二人ともお疲れ様。詩恩の家族がちゃんと和解出来て安心したよ。親族間でトラブルを抱えるのは、雪片のあれで懲りたし」
「彩芽さん、雪片先輩の家庭環境は特殊すぎると思いますけど」
「それでもだよ。彼らだって詩恩と桔梗ちゃんの結婚式で、彼らが言い争ってる光景は見たくないだろうからね」
「はぅぅ///」
ただのたとえ話だとわかってはいますけど、私としーちゃんの結婚式とパパから言われて、一気に心拍数が上がりました。
「あの、サラッと僕達の婚約認めてませんか?」
「元々否定するつもりなんてなかったからね。正直、和解出来ずに絶縁したらどうしようって思ってたくらいだし」
「ならそれを婚約の条件にしないでくださいよ。遠流お祖父さん達を楽に説得出来たので結果オーライですけど」
確かに私が婚約の話を持ち出してから、トントン拍子で和解へと進んでいきましたけど、先に遥馬さん達との和解の話をしていたらどうなっていたのかわかりません。
「説得出来たなら、まあよかったじゃないか。うちの親族はこれといった問題は抱えてないから安心していいよ。問題があるとすれば歌音さんのところだけど」
「あっ、パパそれは」
「彩芽さん。お話してなかったですけど、母さんの両親は僕が生まれる前に亡くなっているんです」
私もつい先ほど、墓参りから帰る途中に聞いて知ったのですが、歌音さんのお父さんはお二人が結婚してすぐに、お母さんもしーちゃんが生まれる前に亡くなられたそうです。
「......ごめん詩恩」
「別に気遣わなくていいですよ。祖父母が亡くなったのは僕が生まれる前ですし。言い方は悪いですが実感無かったですから」
「そっか。でも実感無かったってことは、今は違うのかな?」
「帰りに母さんから話を聞いて、間違いなく僕の祖父母だと確信しました。せっかくですしその件について話そうと思います」
「それなら全員が揃う夕飯のときにして貰おうか」
「わかりました」
そうしてお夕飯の時間となって、私としーちゃんの婚約が正式に決まったことを報告し、さらにしーちゃんの祖父母についてのお話を始めました。
「実はなんですけど、今日まで僕は母方の祖父母について、ほとんど何も知りませんでした。知っていることといえば祖父の字が上手だったこと、祖母の見た目が僕と似ていたこと、そして二人とも僕が生まれる前に亡くなっていたことくらいです」
「へえ、詩恩さんって歌音さんの母親に似てたんだね」
「遠流お祖父さんの家で写真を見せていただきましたけど、とてもよく似ていました」
さすがに瓜二つというほどではありませんでしたけど、親子と言われれば信じられるくらいでした。お祖父さんはお祖父さんで有名な書道家だったそうで、しーちゃんが書く字とちょっと似ていました。
「生まれる前なら、聞かされても実感湧かなかったんじゃないか? 俺もそうだったし」
「ええ。ですから先ほど母さんから話を聞かされるまでは、家族だという認識はほとんど無かったです」
「あの、でしたらどうして詩恩くんは今になって繋がりを認めたのでしょう?」
「それは二人の死因が病死で、祖父は肝臓を、祖母は肺を悪くして亡くなったと聞いたからです」
「「「「!!!」」」」
しーちゃんの告白に、事前に聞いていた私以外の四人が絶句しました。奇しくもお二方の死因が、しーちゃんが長期に渡る入院の原因と一致していたからです。
「病名は違いますけど、偶然にしては出来過ぎですよね。そのおかげで故人だった祖父母を身内だと思えるようになりましたが」
「......それは、皮肉としか言いようが無いね」
「ええ。ですけど、悲観してるわけじゃ無いですよ。むしろ祖父母がそういう病気を抱えていたからこそ、二人の分まで長生きしようと思うくらいです」
「実際にしーちゃん、歌音さんに向けて宣言しましたものね」
それを聞いた歌音さんは『そう口にしたのなら、必ずあたし達よりも長生きしなさい。出来なかったらあの世からでも連れ戻すから』と、目尻に涙を浮かべながら返していました。
「そういう桔梗ちゃんだって『私がしーちゃんの傍に一生いますから、安心して任せてください』なんて母さんに豪語したじゃないですか」
「素敵なプロポーズじゃないですか。さすがわたしとあやくんの娘です」
「桔梗ちゃん、格好いいね」
「はぅぅ///」
あの場では勢いで言ってしまった言葉でしたが、シチュエーション的にどう考えてもプロポーズなわけでして、今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきました。
「まあうちの身内も桔梗ちゃんのこと気に入ってたし、嫁に来るならいつでも大歓迎だと言ってましたね」
「好評じゃないか」
「だったら、近いうちに家族全員で詩恩のお祖父さんのところに挨拶に行こうか」
「ありがとうございます。きっとどちらの祖父母も喜びますよ」
今回はパパへの報告があったり、遥馬さん達のこともあって長居出来ませんでしたけど、機会があればお二人とじっくりお話したいと思います。
「そっか。話はこれで終わりかな?」
「ええ。皆さん、ありがとうございました。桔梗ちゃん、部屋に行ってもいいですか?」
「もちろん構いませんよ」
「ありがとうございます。今日一日いろいろありすぎて、桔梗ちゃんといちゃつけなかったので、思う存分愛でてあげます」
「お、お手柔らかに......はぅぅ///」
このあと、私の部屋でしーちゃんに抱きしめられ、頬にキスされたり頭を撫でられたりして、お返しに彼に膝枕してあげたり耳掃除をしてあげました。そうしてしーちゃんとラブラブな時間を過ごしているうちに、あっという間に就寝時間になってしまいました。
「あとちょっとで九時ですね。桔梗ちゃん、寝ましょうか」
「はぅぅ......もう少し、しーちゃんと......」
「駄目ですよ。しっかり寝ないと桔梗ちゃんはすぐ体調崩すんですから。運んであげますから大人しくしててください」
せっかく婚約者になったのですから、もっと彼と一緒にお話ししたい。頭でいくらそう思っていても、長年染みついた習慣には抗えず、強烈な睡魔が襲って来ます。しーちゃんはそんな私を抱き上げ、ベッドまで運んで優しく寝かせました。
「はぅぅ......すみません」
「別にいいですよ。このまま添い寝してあげますから、夢の中の僕と思う存分いちゃついてください。いつか現実でも出来るように、一歩ずつ進みましょう」
「はい......しーちゃん、おやすみなさいです」
「ええ、おやすみなさい。僕の愛しい桔梗ちゃん」
私の隣で添い寝する彼に撫でられながら、私は眠りにつきました。恋人だった頃とあまり変わらない過ごし方ですけど、無理をしてもよくないですから、私達なりのペースでこれからも進んでいきたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございます。ひとまずここで恋人編は終わりです。




