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第九十八話 詩恩くん、桔梗ちゃんを墓参りに誘う

 父さんと佐藤家の面々との顔合わせが済んだあと、女性陣が和室に移動し、残った男四人でテーブルを囲み親交を深めることにしたのだけど、意外にも父さんと雪片先輩が共通の話題で盛り上がった。その話題が先輩の親族への愚痴だとは思いもよらなかったけど。


「本当に、あの男の親戚で苦労したのだな、君は」

「たった数ヶ月でも、三島の部下だった遥馬さんも大概っすよ。あの男の元から離れて正解っす」

「自分でもそう思う。ただ再就職するのに苦労したが」

「確かに、数ヶ月で仕事を辞めたなんて、いい風に見られませんからね」


 父さんが昔人間関係で悩んで仕事を辞めたことがあるなんて初耳だし、その相手が雪片先輩の親類縁者だったなど誰が予想出来ようか。正直父さんが雪片先輩に文句を言いやしないかと思っていたけど、取り越し苦労だったようだ。それどころか雪片先輩が僕の恩人でもあるためか、かなり好意的に接している。


「もしあの男に会っても、今ならどうにでも出来るがな。雪片くん、君も何かあったら私に相談するといい」

「大丈夫っすよ。あの男は今収監されてるっすから」

「ならいい」


 父さんは心底安堵した様子だった。三島という男は鈴蘭さんにさえ暴力を振るおうとしたので、関わりたくない気持ちはわかる。話で聞いた僕でさえそう思うのだから、実際に知っている父さん達は冗談抜きで二度と顔も見たくもないのだろう。


(世の中には酷い人もいたものですね......んっ、電話ですか?)


 二人の話を聞いていた最中、ポケットに入れていた携帯が振動する。確認すると悠馬おじさんからの電話だったので、廊下に出て内容を聞いたところ、夏休みの予定について質問された。


「夏休みの予定ですか? 今のところ決めてないのでこれから桔梗ちゃんや父さん達と話し合います」

『そうか。いやちょっと待て、遥馬達もそちらにいるのか?』

「ええ」

『だったら、二人がこっちにいるうちに俺の家に来いと伝えてくれないか? それとついでに親父の家と墓参りにも行くようにともな』

「いいですけど、お祖父さんの家とお墓参りはちょっと難しいかもしれません」


 悠馬おじさんのところに行くだけなら父さん達も反対しないだろう。だけどお祖父さんの家と墓参りとなると難色を示す可能性がある。どちらの家の墓も父方の祖父母が管理しているのだけど、父さんとお祖父さんの折り合いが悪く、ほぼ絶縁状態になっているからだ。


(昔から不仲だったらしいですけど、僕を遠くの病院に移すことを相談無しに決めたのがトドメになったんですよね)


 お祖父さんが最後に見舞いに来た日の、あの憤怒の表情は今でも目に焼き付いている。相談したからどうなったというわけでもないので、理屈的には父さんの方が正しい。ただ何の相談も無しに決められて腹を立てるお祖父さんの気持ちもわからなくも無い。


(二人とも頑固ですし、父さんは自分が間違ってなければ謝らないですからね)


 理屈は正しくとも、人には感情というものがあるわけで、だからこそ今も二人の不仲が続く要因となっているのだ。そのことはお祖父さんの息子で、父さんの兄である悠馬おじさんが一番理解しているはずだ。


『詩恩の不安はわかる。だが親父達にもいつ何があるかわからない。だからまだ元気なうちに和解して欲しいんだ』

「確かにそうですね。とりあえず父さんを説得してみます」

『助かる。駄目なら駄目で連絡をくれ』


 それでも悠馬おじさんは二人を会わせて関係改善させたいと考えているようだ。僕としても身内が険悪なままでいるのはよろしくないと思うので、最終的に協力することにした。悠馬おじさんとの通話を終えダイニングに戻った僕は、単刀直入に話を切り出した。結局のところ父さんをどうにかしないと始まらないからだ。


「父さん、久し振りに墓参りに行きましょう」

「詩恩、いきなり何を言い出すかと思えば......首謀者は悠馬兄さんか?」

「ええ。理屈的に父さんが正しいのはわかりますけど、いつまでも不仲なのもよくないですよね」

「ふん、そんなこと言われるまでも無くわかっている。しかしあちらに対話する意思が無いのだから、どうしようもあるまい? 私の電話はもちろん、歌音からのものでさえ拒絶されたのだ」


 説得を試みて初めてわかったことだけど、父さんの方には歩み寄る意思があるとわかったものの、お祖父さんの方が対話のドアを閉じていて、父さん及び父さんに味方する人間を拒絶しているみたいだ。


「でしたら、僕や悠馬おじさん、久遠兄さんからの電話を途中で代わったら」

「それで済めば、とうの昔に和解出来ている。だから、もう私は生きている父と和解は出来ないと考えている」

「あの、遥馬さん。差し出がましいようですけど、そうやって理由を付けて諦めるのはよくないと思いますよ」

「子供は親の背を見て育つと言うっすからね。俺の親父みたいに尊敬出来ない親になるつもりっすか?」


 説得に失敗したと悟り諦めかけたところ、彩芽さんが口を挟んできた。正直彼の言葉は僕にも当てはまったので、耳が痛かった。


「では彩芽さんに雪片くん、君達ならどうするつもりだ?」

「そうですね、僕なら遥馬さんのお父さんが話を聞かざるを得ない状況に持ち込みます」

「俺も同じ意見っす。たとえば、詩恩が彼女を祖父さんのところに連れて来たら、どうすると思うっす?」

「そこは婚約者がいいと思うよ。彼女じゃインパクト薄いから」

「「......はっ!!」」


 彩芽さん達からされた例え話を聞いて、いくらお祖父さんでもそれは無視出来ないだろうと直感した。しかし、問題はその婚約者だ。桔梗ちゃんと将来結婚したいという希望は当人や彩芽さんに伝えてるけど、正式に婚約はしていない。


「ですから遥馬さん、うちの娘とあなたの息子の婚約を認める代わりに、ちゃんと和解して墓参りに行ってください」

「すまない」

「彩芽さん、雪片先輩、ありがとうございます」

「礼はいい。桔梗を説得するのはお前だからな」

「わかってますよ」


 方針が決まったので、事情を説明するため桔梗ちゃんを呼び出し、彼女の部屋へと向かった。


「桔梗ちゃん、実は彩芽さん達と話しているときに、悠馬おじさんから電話がありまして、墓参りに行くことになったんです」

「その、いいと思いますよ。ご家族で行くの、かなりお久し振りでしょうから」

「ええ。そこでなんですけど、将来桔梗ちゃんも僕の家族になるわけですから、一緒に来ませんか?」

「はぅ、えっ、えぇぇぇぇっ!?」


 いきなりうちの墓参りに同行して欲しいと言われ、彼女の顔が驚きと困惑の色に染まる。普通に考えてもおかしい内容だから、この反応が自然なのだけど。彼女が落ち着くのを待ってから、経緯を話す。


「僕の父さんとお祖父さんが仲悪かったの、覚えてますか?」

「はい。確かよく口げんかしていましたね。それが何か?」

「こちらから引っ越すとき、二人の関係が完全に終わってしまいまして、お祖父さんが父さんを拒絶してるんです」

「はぅぅ、大ごとです」


 うん、僕達にとってもこれは大ごとなんだよね。お祖父さんが父さんに会ってくれない以上、将来僕と桔梗ちゃんが結婚する際に父さんとお祖父さんの間でもめ事が発生する可能性が出て来るから。


「なので、仲直りさせようということになりまして、お祖父さんも僕が婚約者を連れて来たら無視出来ないだろうという話になり、彩芽さんから正式に認める代わりに、父さん達の仲を取り持てと」

「お話はわかりました。私もしーちゃんと正式に婚約したいですから、同行します。頑張ってお祖父さんを説得しましょう♪」

「はい」


 桔梗ちゃんも僕との婚約に乗り気なのか、積極的に協力を申し出てくれた。そんな彼女を連れ、僕達は悠馬おじさんの家を経由し祖父母の家へと向かったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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