第八話 詩恩くん、桔梗ちゃんに質問される
歓迎会が終わり外が暗くなり始めた頃、千島先輩達が席から立ちあがった。三人ともそろそろアパートに戻るとのことなので、僕もお暇しようとしたところ、千島先輩に制止された。
「お前はもう少しここにいろ」
「どうしてですか?」
「鈴蘭達の両親がそろそろ帰ってくる時間だから、帰るなら挨拶してからにしろ」
「......確かに千島先輩の言うとおりですね」
これからお世話になる機会もあるだろうし、親御さんには早めに挨拶しておくべきだ。そんなわけで僕一人だけ、桔梗ちゃん達の両親が戻ってくるまで佐藤家に留まることとなった。
(桔梗ちゃん達も家に女の子二人だけでは不安があるでしょうし)
この辺は治安がいいらしいけど過信は禁物だ。こういう場合、本来なら鈴蘭さんの彼氏である千島先輩も佐藤家にとどまるべきだと思うのだが、生憎彼はこれからバイトなので今は僕が二人の騎士役だ。
「それでは、少しの間ですがよろしくお願いします」
「はい。しーちゃん、いっぱいお話しましょうね」
「それじゃ、わたしはお鍋の片付けするから二人ともゆっくりしててね」
「あの、お片付けなら私が」
「いいから、桔梗ちゃんは詩恩さんを頼むよ。幼馴染同士積もる話もあるだろうし」
「わかりました」
手伝いを申し出る桔梗ちゃんを窘め、後片付けを始める鈴蘭さん。僕と桔梗ちゃんは鈴蘭さんの邪魔にならないよう、ひとまず和室へ場所を移すことにした。
「さて桔梗ちゃん、何を話しましょうか? といってもご両親が帰ってくるまでなので、あまり長話は出来ないと思いますけど」
「その、でしたらしーちゃんのこと、聞きたいです。好きな食べ物とか苦手な食べ物とか」
「わかりました。僕も聞きたいことがあるので、一問一答形式にしましょう。ちなみに僕の好物は唐揚げで、さっきも話しましたけど辛いものが苦手です。桔梗ちゃんはどうですか?」
「わ、私は卵料理が好きで、しーちゃんと同じで辛いものが苦手です。カレーも甘口しか食べられません」
「そうですか」
どうやら桔梗ちゃんは僕よりも辛味に耐性が無いらしいので、個人的な心配事が一つ減った。これから彼女に家事を教わる身としては、作る料理を食べられないという状況は避けたいから。
「では次は僕から質問です。桔梗ちゃんの得意な科目と苦手な科目を教えてください。僕は勉強全般得意で、経験不足で家庭科が苦手なのと、体力が無いので体育苦手です」
「家庭科は私得意ですよ。あと得意なのは美術です。勉強は平均点くらいですし、体育は大の苦手ですけど」
「体育が苦手なのは見てわかります」
「はぅぅ」
米袋を持ち帰るのにも苦戦していたくらいの体力と腕力の持ち主が、体育が得意科目になるわけがない。とはいえ学業が平均点くらいなら僕が教えることでいくらか恩返し出来るかもしれない。
「桔梗ちゃん、美術って何が得意なんですか?」
「絵画です。しーちゃんに送っていたお手紙のイラスト、私が描いてたんですよ?」
確かに桔梗ちゃんからの手紙には毎回、デフォルメされた干支やら動物やらが描いてあった。てっきりそういう便箋なのかと思っていたので、幼馴染に意外な才能があることがわかった。
「そうなんですか? すごく上手でしたから、売り物とばかり」
「はぅぅ、ありがとうございます。しーちゃんもすごく字が綺麗でしたよ?」
「達筆とはよく言われますね」
「すごいです」
これも勉強と同じで、入院中することが無かったので練習し続け、得意になったことだ。ノートのまとめ方も字が綺麗で読みやすいとよくクラスメートに評されていた。
「えっと、次は――」
「二人とも、お片付け終わったよ」
「はぅぅ」
桔梗ちゃんが次の質問を口にしようとしていたが、鈴蘭さんが和室にやってきたことで中断された。
「鈴蘭さん。意外と早かったですね」
「お鍋だったからね。作りながらお片付けして、あとは食器と土鍋くらいしか無かったし。ところで盛り上がってたみたいだけど、何の話をしてたのかな?」
「普通の雑談ですよ。桔梗ちゃん、次は何を聞きたいですか?」
「でしたら、しーちゃんに聞きたいことがあります」
そう訪ねると、何故だか急に桔梗ちゃんは神妙な面持ちとなった。何か大事な質問をするように思えたので僕は姿勢を正し身構える。
「しーちゃん、私のこの靴下、どう思いますか?」
「......はい?」
しかし桔梗ちゃんの口から出た質問はよくわからないもので、僕は目が点になった。桔梗ちゃんが今履いているのは、かなりダボッとしたルーズソックスだけど、それがどうかしたのだろうか。疑問に感じ首を傾げる僕を見て、鈴蘭さんが追加で説明してくれた。
「桔梗ちゃん、言葉足りなさすぎだよ。一応補足すると、うちの決まりで大事なお話をするときに女子が履くことになってるんだよ」
「そういえば、桔梗ちゃんの部屋を訪れたときから履いてましたね。ちょっと変わった決まりごとですけど、そういうことでしたら特に何も言いません」
考えてみれば真面目な話をしているときに履くのはちょっと不自然かもしれない。ただ、他人の家族の決まりに口を出す権利は無いと思うし、家の中で完結しているのなら問題ないだろう。
「しーちゃん、ありがとうございます」
「いえいえ。個人的にも桔梗ちゃんに似合っていて可愛いと思いますから、学校以外なら履いてていいと思いますよ」
「はぅぅ///」
可愛いと褒められ露骨に照れる桔梗ちゃん。学校以外と限定したのは、校則で禁止になっているからだ。僕どころか親が生まれるくらいに社会問題化して、未だに続いているのはどうかと思うけど。
「詩恩さんって意外と天然だよね」
「そうでしょうか?」
「だって、下心無しで照れたりもせず普通に女の子を褒められる男の子って、本当に少ないんだよ?」
「千島先輩は違うんですか?」
「雪片くんは、面と向かって褒めないで去り際に不意打ちで褒めるタイプだから」
彼女である鈴蘭さんの形容は非常に的確で、例えられた光景が僕でも容易に想像出来るほどだった。男である僕からするとそれはそれで格好いいと思うのだけど、鈴蘭さんは違うようだ。
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、わたしだけ照れさせるのはズルいと思う」
「見えないところで悶えてると思いますよ?」
「どうせなら一緒に悶えてくれる方が嬉しいんだよ」
そういうものだろうか。彼女いない歴イコール年齢の僕にはよくわからない。いつかわかる日が来るのだろうか、そんなことを考えていると外から男女の声が聞こえてきた。
「あっ、とと様とかか様帰ってきたみたい」
「お出迎えしましょう」
「でしたら僕も行きます」
鈴蘭さんと桔梗ちゃんの両親が帰宅したようなので、挨拶をするため僕は二人と共に玄関へと向かったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
 




