プロローグ 思い返す詩恩くん
新連載です。今作は前作よりも重い話になることはないと思います。
四月、始まりと出会いの季節。外を見れば満開の桜が咲き誇り、空は青く澄み渡っている。今日は高校の入学式で、僕こと桜庭詩恩はアパートの一室で真新しい制服に身を包み、携帯のカメラで記念写真を撮っていた。別に自撮りが趣味というわけではなくて、遠く離れた場所にいる両親に写真を送るためだ。
(はぁ、何と言いますか、これを見て誰も僕が男だと思わないですよね)
たった今撮影した画像を見て、落胆のため息をつく。そこに写っていたのは、男子の制服を着た少女......正確に表現すると少女にしか見えない少年だった。
(わかってたことですけど、ちょっとくらいは男っぽく見えてもいいと思うんですけど)
身長は平均以下だけど極端に低いわけじゃ無いのに、僕の顔立ちと線の細さが男らしさを大きく減らしている。さらに冬場髪を切れず伸びてしまっていることと、男子の制服がブレザータイプということの二点が、女子っぽさに拍車をかけているのかもしれない。
(でも、送らないと両親から何を言われるか)
実家から遠い場所に進学することについて両親から猛反対された。ただ、どうしてもこちらの高校に進学したかった理由があったので、最終的に向こうが折れた。さらに一人暮らしに関しても、当初は親戚の家で暮らすように言われたが、その親戚が僕に味方してくれたため、条件付きではあるがこうして一人で暮らすことも認められた。その条件の一つが節目ごとに自身と部屋の写真を送ることなので、気を取り直して今撮影した画像を送信した。
(これでいいですね。さてと、そろそろ出ますか)
携帯をポケットにしまい込み、筆記用具だけが入った学生鞄を持つ。時間にまだ余裕はあるけれど、通学途中に何が起きるかわからないので早めに出た方がいい。そう考え、一人暮らしをしているアパートを出立した。
(そうですね。約束ですしあの子と一緒に行きませんと)
暖かな春の日差しの下を歩き、一戸建ての家に着いてインターホンを鳴らす。すると、すぐに一人の少女が出て来た。どうやら彼女も今家を出ようとしていたみたいだ。
「あの、おはようございます。しーちゃん」
「おはようございます、桔梗ちゃん。制服、とてもよく似合ってて可愛いですよ」
その少女、佐藤桔梗ちゃんはうちの学校の制服を着ている。同級生だから当たり前なのだけど、どこをどう見てもそう見えない。僕を見て一目で男と見破るのと同じくらい、桔梗ちゃんの年齢を当てるのは困難かもしれない。
「はぅぅ......ありがとう、ございます。しーちゃんも、すごく似合ってて綺麗です」
「どういたしまして」
桔梗ちゃんの見た目は完全に小学生、それも十歳にも満たないくらいの幼さだ。決して高い方じゃない僕から見ても低すぎる身長に、整っているけれど童顔過ぎる顔立ちと、高校の制服を着ていてもランドセルを背負い小学校に通っている方が違和感がないくらいだ。
(桔梗ちゃんって、昔から年齢よりも見た目が幼かったんですよね)
昔の彼女の姿を思い返し軽く頷く。言い忘れていたけど、僕と桔梗ちゃんは所謂幼馴染というやつだ。ただ離れていた期間が長く、文通以外ほとんど交流が無かった。そのため、再会した当初は出会ってもすぐには気付かなかった。
「桔梗ちゃん、そろそろ行きましょうか?」
「そうですね。パパ、ママ、行ってきますね」
桔梗ちゃんを連れ、改めて通学路を歩く。実情はともかく他人から見ると、男装した女生徒と高校生の制服を着た小学生の組み合わせはそれなりに目を引くようで、すれ違う人達から二度見された。それが何度も続くものだから、桔梗ちゃんが服の裾を摘まみながら不安そうに聞いてきた。
「はぅぅ、何だか見られてませんか?」
「見た目が見た目ですからね。学校に行ってもこんな感じでしょうから、諦めましょう」
「はぅぅ」
あっけらかんと答える僕に、隣で困った顔をする桔梗ちゃん。こう答えた理由は、一人で行動しても目立つだろうから、二人でいる方がまだマシだという考えからだ。むしろ僕がこういう見た目をしてなかったら、桔梗ちゃんと普通に歩いているだけなのに通報されかねない。
(そう考えれば、僕のこの外見も少しは好きになれそうですね)
誰かの役に立てるのならそれでいい。それが親しい友達ならもっと嬉しい。一方で桔梗ちゃんの幼い外見も、色々ありまともな子供時代を過ごせなかった僕にとって、その頃のやり直しをしているように感じられるので役に立っているといえる。僕自身男らしくなりたいにもかかわらず、しーちゃんという可愛らしいあだ名で呼ばれるのを容認しているのもそのためだ。
「そうそう、学校で思い出しましたけど、桔梗ちゃんに言い忘れていたことがあります」
「なんでしょう、しーちゃん?」
一度足を止めて桔梗ちゃんの方を向くと、彼女も立ち止まって上目遣いで僕を見ていた。桔梗ちゃんと幼い頃のやり直しをするのならば、ここで言うべき言葉はこれしかない。
「同じクラスに、なれたらいいですね」
「はい!」
嬉しそうに頷く桔梗ちゃん。この素直で子供っぽい幼馴染が、こっちに戻ってきて最初に出来た友達でよかった。しかも引っ越し当日に再会なんて、中々に運命的だといえるだろう。ただその日、同時にちょっとした騒動も起きたのだけど、今ではいい想い出だ。そのときのことを、通学路を歩きながら僕は思い返す。あれは三月の終わりのことだった。
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