異世界への階段
翌朝は雲一つない快晴だった。積雪が陽の光を照り返し、この世界は一際美しく輝いて見える。できれば学校を休みたかったけれど、さぼって面会に来ることを世界は嫌がった。だからその日も授業を終えてから見舞いに行くと、差し込む陽射しに照らされる、清き世界の姿がそこにあった。
「来たか、慎吾。待ちわびたぞ」
外を眺める世界の瞳は、こちらを見てはいなかった。だけれど、なぜだか世界には俺が訪れたことが分かっているみたいだ。
隣に座ると、世界はゆっくりと振り返る。窓からの光は後光のようで、まるで神様みたいに清らかだ。
「今日はな、とても調子がいいんだ。なぜだろうな」
「当然だろ。世界は良くなってるんだから。その内もっと、元気になるよ――」
それから暫くの間、俺と世界は雑談を続けた。次の活動は何にするだとか。来月、異世界ものの新刊が発売されるだとか。他人が聞けば何の変哲も無いありふれた話。しかし俺には何よりも尊く、この先の未来を綴る、希望に溢れた――幻想だった。
気が付けば俺ばかりが話していて、世界は穏やかに相槌を打つだけ。一段落がついたところで、ようやく世界は口を開く。
「慎吾、人はなぜ異世界に憧れるのだろうな」
「それは強くなれたり、自由に世界を生きることができるからじゃないかな?」
「そう答える者がほとんどかもしれないな。しかしそれ以前に、人間は本能的に異世界を憧れる様にできているのだよ」
「本能……でか? 欲望じゃなくて?」
世界の天を仰ぐ眼差しは、狭い病室の遥か先を見据えているようだった。
「己の思い描く理想の世界。そこへ死後に辿り着ける。それって、天国を目指すのと何も変わりないように思える。人は死を恐れるだろう? だから天国に、そして異世界に憧れる訳だ」
「なんだか難しい話だな。俺にはよく分からないよ」
分からないし、分かりたくない。だってその話は、まるで世界が死を受け入れているように思えるから。しかしその顔に死相はなくって、出会った時と同じか、それ以上に希望に満ちた、妙なる笑みを咲かせている。
「ふふ、要は私は今も昔も、異世界が好きだってことだな」
今なお変わらない。伊勢原世界は異世界が好き。でも俺は異世界なんて行きたくない。理想の世界は、今この世界に存在しているのだから。
「そういえば、慎吾に一つ、見せたいものがあるんだ――」