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君のいる世界

 吐く息も凍てつく冬が訪れ、暖房のない部室は途轍もなく寒い。それでも世界はコートを着ず、セーターを着込むこともしなかった。それすらも買い与えない叔父と叔母、仄暗い恨みの念が募るものの、世界の笑顔はそんな荒んだ心を解して、そして溶かして、穏やかなものへと清めてくれる。


「悪いな、いつもいつも。慎吾は寒くないのか?」

「むしろ暑い。死ぬほど中に着込んでるからな。だからコートは世界が使ってくれて構わないよ」


 ぶかぶかのコートに身をくるみ、指先だけがちょこんと見える。その姿が愛らしくて、素直にそう言えればいいのだけれど、やっぱりなんだかこっ恥ずかしくて、想いは心の内に留めておいた。


 コートだってセーターだって、できるなら世界に与えてやりたい。しかし世界は、そんな施しを望まなかった。これ以上は受け取れないと、対等でいさせて欲しいと。それに叔父と叔母に取り上げられてしまうかもしれない。実際、世界は中学までの品の数々や、遺品まで根こそぎ奪われて、質に売り払われてしまったそうだ。


 だけど、そんな世界へ贈り物を渡す。クリスマスが近づき、この時ばかりは渡そうと決めた。マフラーか手袋も考えたが、家に持ち帰るのは憚れるだろう。だから俺がいま渡すべき最善のプレゼントは――


「にしても寒いな。これでは手がかじかんで、上手く絵が描けなくて困るよ」

「だろうなぁ。そんな世界に、これを見ろよ」


 少し早めのクリスマスプレゼント。当日は学校は休みだし、そして俺と世界が出会うのはいつだって、この空き教室なんだから。


「こ、これは! 屋内で使って危なくないのか?」

「ちゃあんと電気式だ。でも見た目はランタンで、冒険者気分だろ」


 それはアウトドア向けのミニストーブ。画材とかも考えたけれど、今はこうして描ける環境が重要だ。共有財産なら受け入れやすいし、奪われる恐れもないだろう。


「か、か、かわ――」


 可愛いぞ、ってか。興奮して、はしゃぐ姿が目に浮かんで―― 


「可愛いなぁ。とても嬉しい……本当に、本当にとても……」


 あ、あれ? 喜んでくれるのは嬉しいけれど、その目に浮かんでいる水玉は。


「な、泣くなよ! 別に大したもんじゃ――」

「ううん、とても大きい。大きくて暖かいよ。今の私はとても幸せ。心の奥底から、暖かい気持ちが溢れてるの」

「世界――」


 溢れる世界の感情に、俺も気持ちを抑えることができなくって。


 そっと、世界を胸に抱き寄せた。二人してコートにくるまり、ストーブの暖を共にした。冷えきった世界の手を包み込んで、そして口づけを交わした。重ねることでなだれ込む、内に秘める想いの数々。世界、君はひょっとして――


 死にたかったんじゃないのか。口では転生と言ったけど、本当は辛くて、苦しくて。死を望んでいたんじゃないのか。そして同時に、今の世界は心の奥底から、幸せを感じているということも分かるんだ。


 異世界なんていらない。俺がいつまでも、世界の生きる世界に寄り添おう。

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