前を向いて歩こう
部活は休みの日を除いて、絶えることなく続けられた。居心地は悪くないし、嫌だと思ったことも一度もない。だけど大会もなければ目標もない。目指すところは、あると言えばあるのだが、それは転生なのだから、実戦する訳にはいかないだろう。
そんな曖昧な部活動。毎日集まって、一体何をすることがあるのか。端からみればそう思われて仕方がない。しかし世界は俗を知らない。漫画もアニメも、何も知らないのだ。今更それらを知るとなれば、時間は幾らあっても足りやしない。
俺の家は金持ちなんかじゃないが、それなりに不自由のない生活を送らせてもらえている。そんな当たり前の幸せを、世界に少し分けてあげよう。
代わりに世界は絵を描いた。俺は写真に残せるけれど、世界が想い出を振り返るには、その方法しかないのだから。
世界が異世界を創造し、俺と共に巡り歩く。世の中では価値も付かない、けれど二人にとってはかけがえのない、二つとない傑作の名画。日を重ねる毎に、それらはロッカーへと溜められていった。
そして風の冷える頃合い、金木犀の香る秋となる。
「さて、慎吾。今日は一体なにをしようか」
「それがな、時には課外活動をしようって思ってるんだ」
普段は何をしても晴れやかな顔が、途端に陰っては黙り込んでしまう。しかし怒っている訳でもなければ、不機嫌でもなくって、その面持ちは躊躇いと気遣い。
「いいのだが……その、つまらんぞ?」
「はぁ? 何がだよ」
「だって私には……お金がない」
俺たちは高校生で、公園で駆け回る歳でもないのだ。外出すればお金は掛かるが、けれど世界にお小遣いはない。だけどそんなことって、提案するからには織り込み済みに決まってるだろ。
「じゃぁああん。見ろよ、近くの美術館のチケットだ。芸術の秋に相応しいだろ? 親が貰って、使わないからくれたんだよ」
「ほ、本当か! それは幸運だな!」
ほぉんと俺って運がいい。なんて、そんな都合いいことあるはずない。俺は世界に嘘を吐いて、当然チケットは自分で買った。真実を話せば気遣うか、頭を下げて遠慮するか。だったらこれは、世界の望む奇跡ということにしておこう。
早速学校を出ると、その足で美術館へ。歩くには少しばかり遠いものの、交通機関は使えない。でもそれが一層なにより、冒険気分を醸し出した。世界の足取りはとても軽やかで、まるでチートを得た主人公みたいだなと言うと、今の私は生まれ変わったかのように晴れやかだと、微笑みながらにそう答えた。
思えば美術館なんて、小学生の頃に訪れた以来だろうか。幼い俺には芸術よりも、迫力やスリルの方がよっぽど楽しく、静かに絵を見て何が楽しいのかと、退屈で仕方がなかったことを記憶している。今でもそれは変わらないし、今後もそれは変わらないだろう。ただし――
世界が隣にいるだけで、いかなる場所も異なる世界の入口に様変わりするんだ。
「見ろ、慎吾!」
館内では静かにしないと、そう何度言い聞かせても、世界は逐一声を上げた。
世界は展示される作品の中でも、特に風景画に興味を示した。こんな世界を旅してみたいと、まるで子供のような願い事だ。もしかしたら世界の心は、事故に遭ったその時から、ずっと止まり続けていたのかもしれない。
「楽しかったな。でも、世界の絵の方が個人的には好きだけどな」
「お世辞にしろ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「お世辞なんかじゃないよ。本当に俺は――」
「慎吾。私は今回、この美術館を訪れて絵の奥深さを知ったんだ。私の絵には、まだまだそれが足りんのだよ。美術道具は買えないが、私はそれを培いたい。いずれバイトでもして絵の道を進もうと、今はそう思うんだ」
世界が語るのは夢の話。画家を目指すなんて止めなさいと、人の親ならそう言うかもしれない。けれど転生を望むより遥か現実的で、そしてなにより、叶えることができる夢なんだ。
世界の心は今、未来に向かって動きはじめている。