もう二度と言わないよ
翌日も異世界転生研究部は招集される。呈としては聞こえはいいけど、なにぶん非公式の部活だし、端から見てしまえば、お遊びとなんら変わらない活動なのだが。
そしてその日、俺は趣味の漫画を持ってきた。極めて厳粛な活動ならば、それは不要物ではなく参考書。活動に関わる重要な参考文献であって、異世界転生を題材とした漫画だ。
なんて、甚だ言い訳がましいけれど、それを目にした世界は目を輝かせ、子供のように飛び跳ねた。合わせて靡く黒髪も、活き活きと宙を舞い踊る。
「素晴らしいぞ、慎吾! 早くそれを見せてくれ!」
「落ち着け落ち着け、その前にメイドなら言うことがあるんじゃねぇか?」
すると世界は背筋を伸ばして、掌を重ねては古風なメイドらしく、懇ろに腰を折り曲げる。まあ実際に、本格派なメイドを見た訳ではないんだけど。
「ご主人様。どうか私めにその漫画本を――」
「よろしい」
と、その一言で優雅な立ち振る舞いはどこへやら。世界はまるで犬猫のように、漫画へ飛び付くと胸に抱えた。
震える細指が表紙に触れて、期待を胸にページを捲る。世界は端末の操作に不慣れだし、本の方が馴染みはある。これなら扱いに困ることもないし、それに俺は一人で読むのが好きなタイプだ。皆そういうものだと思っていて、だから俺は世界を気遣い、いったん席を離すことに。
だが読みはじめるや否や、すぐに世界は立ち上がる。そして俺のところまで駆け寄ると、驚きに目を輝かせ、興奮ながらに息を巻き、熱弁を終えて席へと戻る。と思えば席を立ち、それの延々繰り返し。
「やっぱり、異世界への転生はトラックなのだな!」
「こんなすごい能力を与えて貰えるのか! 私にはどんな力が似合うかな」
「お金もあっという間だ。欲しいものは、なんでも買うことができるんだな」
これ全部、世界が話した言葉の数々。言葉を返す隙もなければ、俺はただ相槌打つのが精一杯。でも、これほどに喜んでくれるなら、それはそれで、まあ悪くはないかって思ったんだ。そして――
「これは知ってるぞ。助けられたこの女――ほら見ろ! 主人公に惚れたぞ! これがチョロインという奴なのだな」
「へぇ、それは知ってたんだ」
「話の一つをちらと聞いてな。助けてくれたら好きだと返す、それが異世界だ」
「はは、それは極端だよ――って、そういえばあの時――」
世界と出会ったその日のこと、俺は彼女を二度助けた。一度目には神と言われて、二度目には好きと言われたのだが、これはそういう真似事だったのか。つまり世界は、助けてくれれば誰でもいいと。
ちぇ……何か、やだな。
「やめとけよ。誰もかれも好きだと言うのは」
「なぜだ?」
「なぜってそりゃあ――」
って、あれ? なんでそれを口にしたんだろ。世界が何をしようが、そんなのは世界の勝手だし。それが俺じゃないしろ、好きになるのも世界の自由――
「言わないよ」
「――――え?」
「もう、二度と言わない。慎吾以外の人間にはな」
一冊の漫画本。ただそれだけに、とても時間が掛かったな。空き教室は黄昏に染まり、だから俺も世界も、赤らんで見えているに違いない。