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異世界転生研究部に入りたまえ!

「転生に興味のある者、異世界転生研究部に入りたまえ!」


 登場は劇的で、足は大地を駆け巡り、飛び上がれば海すら跨ぐ。無敵チートを得た彼女は遥かな異世界の舞台に立ち、最強の誇りに胸を張り、声高に志を掲げる。


 女生徒の名は、伊勢原(いせはら) 世界(せかい)。体育館で開かれる部活動紹介の時間を見計らい、生徒の合間を搔い潜り、壇上へと跳び上がると、会場の注目を一身に集めた次第。しかしこの世はファンタジーではなく現実で、教師たちに取り押さえられ、抵抗やむなく速やかにフェードアウトする。



 伊勢原世界は、異世界転生研究部の部長だそうだ。部と銘打ってはいるものの、活動は非公式で、一部の風変りな教師は惹かれているようだが、結局は正式な部活動として認められていない。そしてそこには、確たる三つの理由が存在する。


 一つ、伊勢原世界の人間性。決して不良ではないのだが、思い付けば行動に走る。此度の乱入が良い例で、つまり伊勢原世界は学園一の問題児であるということ。


 二つ、行動の目的が理解を得難い。部として活動するからには、正当な目標は必須事項だ。しかし異世界転生研究部の最終目標はというと、まさしく異世界に転生することを掲げている。つまり認めるということは、一度は死ぬことを認めること。死の文言が含まれる以上、倫理的にも許可を出すのは難しい。


 それでも一つめと二つめは、あくまで冗談で済まされるかもしれない。しかし最後の三つめ、これが致命的な要因だった。この仮初めの部活だが、なんと部員は伊勢原世界を除いてゼロである。それでは部を発足することもできないし、予算を獲得することだって無理な話だ。


 結局のところ伊勢原世界は、在学中たった一人で活動を続けてきた、とびっきりの変人という訳だ。



 この俺、水上(みかみ) 慎吾(しんご)は、部活とはいえない帰宅部を選んだ。生来スポーツなど得意じゃないし、音楽や絵画など、芸術の分野にもめっぽう疎い。日がな一日、ゲームを嗜み漫画に耽る。だからその日も、ホームルームを終えた俺は、誰とも挨拶を交わすことなく直帰していた。


 思うに異世界転生という事象、漫画を見る身として、もちろんその存在は知っている。物語を読んだことだって勿論あるし、創作としては面白い。毛嫌いをしている訳ではないのだが、しかし実在するかと言われれば――ある訳ない。


 魂の行き先だとか、火を生み出す魔法とか、レベルとかスキルとか。どれも物理や化学を超える世界で、ありえないからこその創作なのだ。だから転生とか転移とか、空想を企む奴なんて、端から見れば自殺志願者と変わりなくて――


「あ、あぶねぇ!」


 信号待ちで、隣の人が一歩踏み出し、合わせて俺も一歩出て、そこでようやく、信号が未だ赤色であることに気付いた。しかしその者はまた一歩踏み出し、咄嗟に肩へ手を伸ばすと、体ごと歩道の内側へ引き倒す。すると直後に、大型トラックが鼻先を横切った。


「ば……馬鹿かお前、何してんだ!」


 自殺を図ったと、傍目にはそう見える。しかし思いのほかその者に、死を望むような面持ちは見えなかった。ゆっくりと立ち上がり、汚れた腰をぱっぱと払うと、凛とした眼差しで俺を見据える。


 額から、腰まで流れる黒髪に、吊った眉尻は意志の強さを。海と大地をその目に宿す、ヘーゼルの中でも特に稀なるアースアイ。この世界と、異なる世界、二つの世界を同時に重ねる、伊勢原世界の瞳が輝いた。


「君は、神様か?」

「――――は?」


 いやいや、俺はなんの取り柄もない、根暗なだけの高校生だ。ただまあ、命の恩人を神様と、そう比喩することもあるだろう。


「あ、ああ。見ようによってはそうかもな。そんなことより、一体あんたは――」

「やはりそうか! では私は今まさに、転生に成功したのだな! 神よ、一体どんな異世界に、この私を連れて行ってくれるというんだ!」


 ク、クレイジー過ぎる。せっかく容姿は整っているのに、現実は二物を与えない。話すと残念な人の典型だ。伊勢原世界という少女は、やはり噂に違わぬ、変人偏屈ぶりだった。


「どこにも連れて行きゃしないよ。俺は本物の神でもないし、ただの一高校生だ。そして、あんたの生きる世界は今ここ、この伊邪那美(いざなみ)町だよ」

「そ、そうか……」


 がくんと、肩が外れたかのように、項垂れる伊勢原世界は、ありもしない空想に、どれだけ期待しているというのか。


「じゃあ、神ではない君。君は一体何者なんだ? 見たところ、同じ高校の生徒のように見えるが」

「俺は、水上(みかみ) 慎吾(しんご)だ。月詠高校に入学してばかりの、なりたてほやほやの新入生だよ、伊勢原先輩」


 自己紹介をしたのは俺だけで、伊勢原世界は未だ名乗っていない。しかし校内の者であれば誰だって、それが伊勢原世界と認識できる。あれほどのパフォーマンスをしておいて、名が知れてないとは本人も思わないだろうと、そんな矢先のことだった。


「なぜ――」

「え?」

「なぜ、私の名を知っているんだ……」


 まぁるく見開かれたつぶらな瞳は、月面から見る地球のようで、つまり伊勢原世界は、まさか自分が有名人だと、本気で気付いていないのか。


「しかも君は、”みかみしんご”だと? ”み神……神ご”。やっぱり君は神じゃないか! しかも”3神 神5”と置き換えれば、間に入るのは4、死だ! 君は死と転生を司る神なのでは? だから私の名も分かったんだ! なぁ、そうなんだろう?」

「ど、どどど……どういう思考をすれば、そんな大それた深読みができるんだ!」


 舌も(ゆた)かなら、頭の回転が速いのだろうか。しかしやっぱり、阿呆の子だということも否めない。ただ一つ言えること、それは伊勢原世界という人間は、なんだかよく分からないってこと。


「まあいい。君が神であれ、どうであれ、こうして出会えたのも何かの縁だ。どうだ、水上慎吾。異世界転生研究部に入らな――」

「断る」


 どさくさに紛れて勧誘とは、やはり伊勢原世界は抜け目のない奴なのかもしれない。俺はそんな胡散臭い部活に興味はないし、それよりゲームや漫画に――って……


「おまっ! ざけんなっ!」


 ぷいと、そっけなくそっぽを向いた。その隙に、伊勢原世界はまたしても車道への侵入を試みる。慌てて肩を引き寄せて、再び歩道に戻してやる、つもりだったのだけれど――


 世界の体はふわりと浮かんで、俺の胸の中に収まった。


 あわや唇の触れかねない距離に、鼻をくすぐる春の香り。顔が火照るのが見ずとも分かって、高鳴る鼓動が聞こえるかもって。そんな杞憂を知ってか知らずか、囁く伊勢原世界の甘い吐息が、しっとりと柔く頬を撫でた。


「好きだぞ、慎吾。だから、異世界転生研究部に入れ」

「……はい……」


 唐突な告白を前にして、思わず”はい”と答えてしまう。


 そうして俺は珍妙奇天烈、伊勢原世界が部長を務める、異世界転生研究部に入部することになってしまった。

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