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あの日以来、図書館で時々シンとおしゃべりするようになった。


最初こそ私はシンのことを意識していたけど、話すうちにだんだん気も使わなくなった。

呼び方も「シンさん」から「シン」に変わった。

年上を呼び捨てで呼ぶことには最初抵抗があったけど、シンから「さん付はやめて欲しい」と言われたのだった。「そういうへりくだった感じって、ちょっとうんざりなんだよね…」とシンはいった。そういうときのシンは、どこか遠くを見つめるような感じで、それ以上何か聞いてはいけない雰囲気を漂わせる。

図書館にいるときはシンはいつもだいたい新聞を読んでいて、新聞をめくる紙のすれる音が自習室に静かに響いていた。

私達はいつも自習室を出てすぐ横の休憩室で私の進路のこととか、なんでも無いことをたくさん話した。



「タッキーは大学入ってどんなことがしたいわけ?」


「どんなこと・・・アルバイトとかかな」


「勉強じゃないのか」


「大学行って、勉強しながらアルバイトとかサークルとかして、その後は就職してオフィス街を颯爽と歩くOLになるの。ガーデンパーティとか持って」


「ガーデンパーティってなに?」


「ブランドのかばん。この前テレビのキャリアウーマンの女性が持ってたの見て、格好よかった。高いけど」


「へええ…タッキーはそういうブランドバッグが好きなのね」


「男の人だって車とかに興味持つ人多いじゃん。そんな感じじゃない?」


「そういうもんかな」


「シンは何が好きなの?」


「俺?…彼女」


「言うと思った」


シンと話していると時々彼女の話が出る。

彼女のことがとにかく好きなのが分かった。


「シンの彼女どんな人?写真とか無いの?」


「写真?……無いよ」


「ウソつけ」


「恥ずかしいから見せない」


「何それ。見せてよ」


「…今度ね」


そう言って、ふらっと自習室に戻ったシンはまた新聞を読み始める。

シンが新聞を読み始めると今日のおしゃべりは終了という合図で、わたしも勉強を再開する。

しばらく経ってからシンの座っているブースをみると、いつもいつの間にかいなくなっている。



文化祭の日が近づいて、テンションの高い笑い声や、バタバタという足音で放課後の空気がざわざわと興奮する。

その日は図書館が休みだったので、私はクラスの合唱の練習が終わったあと学校の図書室で自習をしていた。みんな文化祭の準備に忙しい生徒ばかりなのか、図書室にいる生徒は数えるほどしかいない。

窓に差し込む光がオレンジ色になったのに気づいて、顔を上げて室内を見回すといつの間にか図書室で一人になっていた。帰りの準備をしようと教科書やノートをかばんの中に片付け始めると、不意に後ろの本棚のほうに人の気配を感じた。驚いて振り向くと本棚の脇に男子生徒が立っていて、こちらを見ている。


「滝原さん?一人で勉強してるの?」


 同じクラスの杉山くんだった。


「びっくりした。うん。いつの間にか一人になってて、今気づいたわ」


「真山ちゃんは?いつも一緒じゃないの」


「佳奈美は今日は塾があるから、先に帰ったの」


「滝原さんは塾行ってないの?」


「私?行ってるよ。今日は授業が無いだけで」


「そうなんだ」


「杉山くんは?」


「彼女の部活終わるまで時間つぶしてる」


「彼女…?今誰だっけ?」


ヤバい。思わず心の声が出てしまった。

杉山くんはぷっ吹き出すと、笑いながらこちらを見てくる。


「直球だね」


「ごめん。だって間違えても失礼だからさ」


「滝原さん。あまり話したことないけど、面白いね。」


「…そうかな」


かばんをを肩にかけてから、ちらりと杉山くんを見る。

爽やかな見た目の中に、少し軽薄そうな雰囲気が見える気がする。先入観なのかな。


「今は実花と付き合ってる。滝原さんと同じクラスの」


「吹奏楽部も練習終わる頃じゃないの?」


「そうだね。でも今滝原さんともう少し話したいな」


「え?話すこと特に無いけど…」


「やっぱり面白いね。滝原さん好きだわ~」


やっぱりこの人なんか軽いな…なんか図書室に二人だけってよくない気がする。誰かに見られたらなんか変な噂でもたてられそうだし、しかも彼女いるのに他の女の子に「好き」とか言ってもいいものなの?彼女の立場からすると嫌だと思うけどな…

と色々考えていると杉山くんがじっと私の目を見つめてくる。

何・・・?長いけど。


「な…何?杉山くん。ちょっと近いけど」


「…あれ。」


何か腑に落ちないように、私を見つめる杉山くん。なんだろう…もういいだろうか。


「もう、私行くね・・・」


その場を離れようすると、杉山くんが私の肩を持つ。


「…あのさ。滝原さん。最近この街にすごく格好いい男の人を見かけるって噂を聞くんだけど、どこかで見たことないかな?」


「え・・・?」


私はすぐにシンのことを思い浮かべる。

そして、なぜだか分からないけど私の中の何かが、この人にそれを言ってはいけないと警告する。


「そんな格好いい人いるの?私は知らないけど…見てみたいな」


何も知らない風を装って返事をするけど、気づかれなかっただろうかと心配になる。


「…そっか。そうなんだよね。そんなに格好いいなら俺も会ってみたいと思っててさ」


そう言って再度私を見つめてくる。


「そうなんだ。杉山くんもイケメン気になるの?笑」


私は少し後ずさりそうになりながらも、何でもないようにちゃかしたふりをした。

…この人、なぜかシンを探している。憧れとかじゃない。何かもっと別の理由で。

キケン。

というか杉山くんってこんな人だっただろうか。


「じゃあ。私帰るね。またね」


「うん。バイバイ」


杉山くんは笑顔で手を振る。私は早くその場から立ち去りたいのと、動揺が悟られないようにするので心臓がバクバクだった。


「杉原さん」


後ろから再び声をかけられて、ビクリとする。


「何?」


そっと振り向くと、杉原くんが笑顔で言った。


「その人、見かけたら教えて」


「…オッケーまかせてよ」


喉が乾いていてうまく声が出せない。

私はなんとか図書室を後にした。



杉山くんとの一件の数日後、図書館でシンに会った。


なんとなく心がざわざわしてしまう。

なんで杉山くんはシンのことを知りたがってるんだろう。

目立つ人だからやっぱり気になるのかな…

確かに私もシンとこうやっておしゃべりしていることに、優越感みたいなものを感じているし…お知りあいになりたいというやつだろうか…


でも、杉山くんの目は何かもっと切羽詰まっているような感じがした…

考えすぎだろうか。


ぷしゅっと炭酸飲料の缶を開ける音で、ハッと我に返る。

シンがいつものようにジンジャーエールを飲んでいる。


「たっきーどうしたの?なんか悩んでる」


「え…うん。ちょっとテストの結果が…」


「そっか…落ち込むのもわかるけど、切り替え大事だよ」


あなたのことで考え込んでましたとも言えず、咄嗟に嘘をついてしまった。


「考え込んでたらもたなくなるよ…」


シンが時々見せる、物憂げな雰囲気でつぶやく。

シンはいつも明るい。

でもこの人の内側はどうなんだろうか…ふとそんなことを思う。


ときどき私は自習室にいるシンをこっそり観察することがある。

シンには気付かれないように。


シンはいつも新聞を読んでいて、何故か過去のものを読んでいることが多いことにも気づいた。

なんで過去の新聞を読んでいるのかと直接聞いたこともあるけど、


「色々調べものしてるの」


と言ったきり、それ以上は教えてくれなかった。


新聞を最後まで読み切って、バサッと閉じる時のシンはなんだかとてもやりきれなさそうな雰囲気に見える。私は自分の進路のこととかをよく話すけど、私はシンのことをよく知らない。あまりシンは自分のことを話したがらない。


少し空気が重くなったので、

何か話題を変えようとして私はシンに話しかける。


「あのさ、シンの彼女って何ていう名前なの?」


「え…名前?」


「いつもみたいな内緒は無しで!名前くらい教えてよ」


「ええ…」


「ほらほら」


「えっと…」


「…」


「…アン」


「アンさん?」


「そう」


「どんな人?」


「明るい人。優しいんだよね。怒ると超怖いけど」


「あはは。そうなんだ」


シンが笑顔になったのを見て、私はホッとした。


「ちょっとタッキーに似てるかな。ずけずけ話すとこ」


「なにそれ!?ずけずけ言ってるのはシンじゃない!?」


「あはは。そうだね」


こうやって楽しそうにシンが笑うと、私も嬉しくなる。


「ずっと言ってるけど、写真見せて欲しいなー」


「えーやだよ。ほら、早く勉強に戻りな」


「はいはーい」


そう言って、笑いながら自習室に向かう。

杉山くんとの出来事のことは聞けなかった。

自習室の窓から見えるいちょうの木から、黄色に変わった葉がひらひらと落ちていく。

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